私の母は中学生の頃から
家族の為にご飯を作っている人でした。
母の実家はお魚屋さんだったので
祖父母はお店があり、
夕飯はお店が終わってから…と言う事が
多かったそうです。
母も中・高一貫の学校へ通っていて
バレーボール部に所属していました。
部活が終わって帰っても、
祖母は仕事をしていてご飯の準備が
されていなかった事がきっかけで
忙しい祖母に代わってご飯を作るように
なったと言っていました。
母は5人兄弟なので、7人分の食事の
用意をしなくてはいけなかったそうです。
そして、祖父は丼でご飯を2杯も
食べる程の大食い…兄弟は食べ盛り…
と言う事で7人前ではなく
10人前くらい作っていたのではないか…と
話してくれました。
おかずはお刺身やお魚があったそうですが、
毎日だと飽きてしまうし、
カレーやコロッケ、ハンバーグに餃子…などの
メニューを作っていたそうです。
そう考えると40年くらいご飯を作り続けている
母ですが、あまりその腕には自信が
無いようです。
でも、美味しいです。
以前、母と和食を食べに行き
お吸い物が出てきたのですが
この味が母の作るお吸い物の味と
似ている…
二人で「これ…お母さんの味だね…」と
話した事があったり、
中学生の頃、クラスメイトが
うちに泊まりに来た時に
ロールキャベツを作ってくれたのですが、
私にとってはいつもの母の味。
ですが、クラスメイトの2人には
印象が残ったようで、20歳を過ぎても
「あのロールキャベツ、美味しかったね。」と
言ってくれています。
母にとってはご飯を作る事は
当たり前。食べたかったら作る。
今も、実家に帰る時には必ず
ご飯のリクエストをしています。
時間があるときには二人でご飯の
支度をして、そこに父が来る。
と言う事がよくあります。
それほど、食事の準備をする事は
楽しみでもあり、幸せな事でもある、と言う事です。
これに気付いたのは高校の頃。
部活の合宿でお弁当生活が続くと
胃腸がまた不調に…。
よく部活のメンバーと3日目あたりから
「お母さんのご飯食べたいよね…」と
それぞれの母の味を思い出して
言っていました。
合宿だと体力的にもかなりしんどいし、
お風呂もシャワーのみなので疲れが
取り切れずにいて、その上
食事も買ってきたお弁当ばかりだったので
本当に辛かった…。
練習内容が云々ではなく、とにかく
それ以外の生活レベルが下がって
すぐに体に反映されてしまうので辛かった。
結局、その後はお弁当やお惣菜が
物理的に食べられない環境にも
いましたが、
日本に一時帰国してスーパーなどに
並んでいるお弁当を見ると、
合宿の辛かった思い出が
蘇って来る、と言うトラウマに
なってしまいました。
26歳頃までは一切、口にしていませんでしたし
仕方なく食べるしかない状況でも
お弁当だけは避けていました。
今はたまにお弁当で済ませてしまう事も
ありますが、やはり食べ終わった後に
やりきれない思いが蘇ってきます。