スペースランナーA
今日、スペースランナーAのPKG-AP35UMに初乗車しました。
西武バスの上石神井営業所です。23区内につき210円均一で前乗り前払いでした。運賃箱は遠州鉄道と同じレシップのNF-3ですね。岐阜バスにも導入されています。


ひばりヶ丘駅南口にて。

右が上の画像ですm(_ _)m
新座栄にて。
一番左(上)がスペースランナーAです。

車内LED表示器は東京ベイシティ交通と同じ3段のタイプでした。上段に次バス停名・中段にお知らせで、下段は使用していない様子でした。中段が有る為滝山営業所の様にスクロールする必要が無いんですね。
ハンドルのエンブレムは日産ディーゼルで、窓等はスリーダイヤです。

スリーダイヤの画像です。
右が上の画像ですm(_ _)m
西武バスの上石神井営業所です。23区内につき210円均一で前乗り前払いでした。運賃箱は遠州鉄道と同じレシップのNF-3ですね。岐阜バスにも導入されています。


ひばりヶ丘駅南口にて。

右が上の画像ですm(_ _)m
新座栄にて。
一番左(上)がスペースランナーAです。

車内LED表示器は東京ベイシティ交通と同じ3段のタイプでした。上段に次バス停名・中段にお知らせで、下段は使用していない様子でした。中段が有る為滝山営業所の様にスクロールする必要が無いんですね。
ハンドルのエンブレムは日産ディーゼルで、窓等はスリーダイヤです。

スリーダイヤの画像です。
右が上の画像ですm(_ _)m
4中田島線
中田島住吉じゅんかん
↓
中田島佐鳴湖線
↓
中田島泉高丘線
↓
中田島線
浜松駅~竜禅寺町~中田島砂丘~中田島車庫の路線。
浜松まつりの際は中田島砂丘折り返しとなる。中田島砂丘が凧場の最寄りバス停で、たこ直(路線・シャトル)の発着地点ともなる。
その為、中田島車庫経由で浅田米津線を運行する(例:4で浜松駅⇒中田島車庫→休憩→14で中田島車庫⇒浜松駅)運用は組まれていない。
2007年度は、シリーズ式ハイブリッド電気バス(エアロスターHEV)の399に固定された運用(HEVの398・399は固定運用)が土日祝の15時40分頃中田島砂丘に着くコースだった為、浜松まつり見物客に御目見えしていた。(たこ直シャトルには入らない為、乗車したい場合は陰に有る路線バスのりばを利用する必要が有る。)
2008年3月15日以降は399は中田島線に入っていないが、
2009年1月に399が浜松南営業所に回された際に久々に中田島線に運用された。それ以来は中田島線に入っていない。
以前は舘山寺営業所(中田島佐鳴湖線の名残)・三方原営業所(51の関係)・浜松南営業所(主管)の共同管轄だったが、現在は三方原営業所は撤退、舘山寺営業所も殆ど無い。
因みに元旦の朝も中田島砂丘折り返しで、初日の出号も中田島砂丘発着である。
↓
中田島佐鳴湖線
↓
中田島泉高丘線
↓
中田島線
浜松駅~竜禅寺町~中田島砂丘~中田島車庫の路線。
浜松まつりの際は中田島砂丘折り返しとなる。中田島砂丘が凧場の最寄りバス停で、たこ直(路線・シャトル)の発着地点ともなる。
その為、中田島車庫経由で浅田米津線を運行する(例:4で浜松駅⇒中田島車庫→休憩→14で中田島車庫⇒浜松駅)運用は組まれていない。
2007年度は、シリーズ式ハイブリッド電気バス(エアロスターHEV)の399に固定された運用(HEVの398・399は固定運用)が土日祝の15時40分頃中田島砂丘に着くコースだった為、浜松まつり見物客に御目見えしていた。(たこ直シャトルには入らない為、乗車したい場合は陰に有る路線バスのりばを利用する必要が有る。)
2008年3月15日以降は399は中田島線に入っていないが、
2009年1月に399が浜松南営業所に回された際に久々に中田島線に運用された。それ以来は中田島線に入っていない。
以前は舘山寺営業所(中田島佐鳴湖線の名残)・三方原営業所(51の関係)・浜松南営業所(主管)の共同管轄だったが、現在は三方原営業所は撤退、舘山寺営業所も殆ど無い。
因みに元旦の朝も中田島砂丘折り返しで、初日の出号も中田島砂丘発着である。
大平台線(旧:佐鳴湖西岸線)
8の頃は4と浜松駅経由の直通で、中田島佐鳴湖線
8-22・9-22の初期は8-22は中田島佐鳴湖線、9-22は路線名無し
その後4との直通終了時より佐鳴湖西岸線(4は51泉高丘線と直通し中田島泉高丘線)
という流れ。
そして殆どの便を佐鳴湖西岸北発着から大平台一丁目発着に変更する際に大平台線に改称。
尚、中田島佐鳴湖線時代は浜松駅~安座が同じ8、同じ幕、同じ経路の4からの直通が中田島佐鳴湖線として運行されていた(実際には中田島線→富塚じゅんかんの安座どまりなので事実上中田島富塚じゅんかんに近い)が、その先せいれい病院・(一周して)浜松駅方面へは行かなかった。
尚、この名残で佐鳴湖西岸線となってからも大平台線に改称するまで、路線図に於いてこやぶ~パークタウン~安座に平行して佐鳴湖西岸線のラインが引っ張ってあった。(路線図でのみの存在。実際には直通便はなく、浜松駅発も富塚じゅんかんの扱い。)
尚、中田島佐鳴湖線とは関係なく(路線図のラインも繋がってない)
朝の通勤・通学・通院直通便として
浜松駅・伝馬町・学芸高校前・せいれい病院経由聖隷健診センターゆきが運行されていた。
これは、浜松駅からは名目上※8富塚じゅんかんの扱いである(中田島線から聖隷健診センターゆきに直通の形)。この聖隷ゆきは他路線では現存するが、4が51と直通し始め中田島泉高丘線となった際に泉・高丘方面ゆきに吸収され消滅した。
現在は直通を取り止めたが、朝数便のみ泉・高丘経由姫街道車庫ゆきを運行している為、事実上当該便は姫街道車庫まで延伸した事になる。
※実際は8と51の共同区間である上、どちらの路線にも携わっていない営業所の便も有るが、
51は7住吉じゅんかんの(浜松駅~)市役所前~せいれい病院~聖隷健診センター~大正坂下の廃止(その後文丘線として残りの浜松駅~市役所前~鹿谷町~浜松北高~文丘~大正坂下のみ2004年3月31日まで残存)時に浜松北高・和地山経由からせいれいまわりにした経緯が有り、当区間の親路線は富塚じゅんかんとなっている。尚、7住吉じゅんかんは文丘線になるまで4と直通しており中田島住吉じゅんかんだった。
8-22・9-22の初期は8-22は中田島佐鳴湖線、9-22は路線名無し
その後4との直通終了時より佐鳴湖西岸線(4は51泉高丘線と直通し中田島泉高丘線)
という流れ。
そして殆どの便を佐鳴湖西岸北発着から大平台一丁目発着に変更する際に大平台線に改称。
尚、中田島佐鳴湖線時代は浜松駅~安座が同じ8、同じ幕、同じ経路の4からの直通が中田島佐鳴湖線として運行されていた(実際には中田島線→富塚じゅんかんの安座どまりなので事実上中田島富塚じゅんかんに近い)が、その先せいれい病院・(一周して)浜松駅方面へは行かなかった。
尚、この名残で佐鳴湖西岸線となってからも大平台線に改称するまで、路線図に於いてこやぶ~パークタウン~安座に平行して佐鳴湖西岸線のラインが引っ張ってあった。(路線図でのみの存在。実際には直通便はなく、浜松駅発も富塚じゅんかんの扱い。)
尚、中田島佐鳴湖線とは関係なく(路線図のラインも繋がってない)
朝の通勤・通学・通院直通便として
浜松駅・伝馬町・学芸高校前・せいれい病院経由聖隷健診センターゆきが運行されていた。
これは、浜松駅からは名目上※8富塚じゅんかんの扱いである(中田島線から聖隷健診センターゆきに直通の形)。この聖隷ゆきは他路線では現存するが、4が51と直通し始め中田島泉高丘線となった際に泉・高丘方面ゆきに吸収され消滅した。
現在は直通を取り止めたが、朝数便のみ泉・高丘経由姫街道車庫ゆきを運行している為、事実上当該便は姫街道車庫まで延伸した事になる。
※実際は8と51の共同区間である上、どちらの路線にも携わっていない営業所の便も有るが、
51は7住吉じゅんかんの(浜松駅~)市役所前~せいれい病院~聖隷健診センター~大正坂下の廃止(その後文丘線として残りの浜松駅~市役所前~鹿谷町~浜松北高~文丘~大正坂下のみ2004年3月31日まで残存)時に浜松北高・和地山経由からせいれいまわりにした経緯が有り、当区間の親路線は富塚じゅんかんとなっている。尚、7住吉じゅんかんは文丘線になるまで4と直通しており中田島住吉じゅんかんだった。