おはようございます。
今日も、母の体験記(講演録)を書きます。
全部で7回位になると思います。
なお、第1回と第2回のタイトルを変更しました。
うつの息子との体験記1~息子がうつ病!?
うつの息子との体験記2~私の心も落ち込む
では第3回、いきます。
(※今回は特にリアルですので
場合によってスルーして下さい)

それから2週間後、
本当にマンションから飛び降りるとは。
今日も、母の体験記(講演録)を書きます。
全部で7回位になると思います。
なお、第1回と第2回のタイトルを変更しました。
うつの息子との体験記1~息子がうつ病!?
うつの息子との体験記2~私の心も落ち込むでは第3回、いきます。
(※今回は特にリアルですので
場合によってスルーして下さい)

それから2週間後、
本当にマンションから飛び降りるとは。
飛び降りてから1週間位あとに
書いた日記にはこうあります。
2005年8月16日夜10時半過ぎ、
和夫は急に家を出て 自転車に乗った。
「どこへ行くの?」
と聞くと、
「ビールを買ってくる」
という。
ビールは冷蔵庫にあるし、
何となく胸さわぎがして、
私もすぐ自転車で追っていった。
が、
ものすごいスピードで、
暗闇の中、見失ってしまった。
あちこち探しまわったが見つからず、
家に電話すると主人が
「和夫が帰ってきたが血を流している」
とのこと。
急いで帰ると玄関に血だらけで棒立ちになり、
茫然自失の和夫がいた。
救急車で運ばれる中、隊員に聞かれて
「マンションから飛び降りた」
と知り、頭が真っ白になった。
救急病院で足のおさらがかけたり、
鼻、目の骨折があったものの、
命の心配はないと聞いて一安心した。
と、日記に書いてありました。
書いた日記にはこうあります。
2005年8月16日夜10時半過ぎ、
和夫は急に家を出て 自転車に乗った。
「どこへ行くの?」
と聞くと、
「ビールを買ってくる」
という。
ビールは冷蔵庫にあるし、
何となく胸さわぎがして、
私もすぐ自転車で追っていった。
が、
ものすごいスピードで、
暗闇の中、見失ってしまった。
あちこち探しまわったが見つからず、
家に電話すると主人が
「和夫が帰ってきたが血を流している」
とのこと。
急いで帰ると玄関に血だらけで棒立ちになり、
茫然自失の和夫がいた。
救急車で運ばれる中、隊員に聞かれて
「マンションから飛び降りた」
と知り、頭が真っ白になった。
救急病院で足のおさらがかけたり、
鼻、目の骨折があったものの、
命の心配はないと聞いて一安心した。
と、日記に書いてありました。
病院の先生によれば、
うつで自殺未遂の時、
入院している先でまた自殺するケースが
多いとのことでした。
和夫は、
けがで動くこともできない状態でしたが、
私はかなり緊迫感をもって過ごしました。
半月後に救急病院を退院して、
すぐ精神科病院の閉鎖病棟に入院しました。
うつで自殺未遂の時、
入院している先でまた自殺するケースが
多いとのことでした。
和夫は、
けがで動くこともできない状態でしたが、
私はかなり緊迫感をもって過ごしました。
半月後に救急病院を退院して、
すぐ精神科病院の閉鎖病棟に入院しました。
その時の先生と息子のやりとりです。
先生 「どうですか?」
和夫 「死ねなかった」
先生 「今も死にたい気持ちありますか?」
和夫 「あります」
この言葉を聞いた時の
強いショックは忘れません。
飛び降りて20日、
奇跡的に助かり、
まわりの人達に励まされ、
力を頂いて今があるのにまだ
「死にたい」と思っている。
私は怒りでいっぱいでしたが、
病気のせいだから、
と気を落ち着かせました。
この病院で2ヶ月位過ごしました。
鍵がないと出られない外界と遮断された病棟は、
異様な威圧感のようなものを感じて、
重い足どりで毎日通いました。
10月28日、
退院して家での療養生活になりましたが、
うつ症状は相変わらずで、
殆んど寝ている状態が続きました。

お医者さんに
「まだ死にたい」
と言った時、
母が「えっ!?」って
動揺した感じだったこと、
ぼくとしては
「そんな簡単に、変わらないよ」
って思ったことは
今でもよく覚えています。
では
また明日
お会いしましょう

(第4回に続く)
