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陶器市

 銀行に金おろし&納税に行った帰り、近所の商店街にて
『陶器市』なる催しが開かれていた。

 こういうのは、とりたてて「何か買う」ワケではなく
ただ陳列された商品を眺めてブラブラするだけでも
結構楽しかったりする。
 ただ、それだと地方からやってきた売人さんは
商売にならなくて不満だろうけど…と思ったら
とあるブースのオッちゃんは「この辺の客は財布の
ヒモ固過ぎて、全然売れねーよ。宿泊代とか払ったら
大赤字だわ」…と、こぼしていたり。

 まぁそりゃムリもないわ。たとえば↓コレ。

Gallery"TEKITOH"-tsubo

 見えにくいだろうけど、二割引したところで
¥480,000では、そうそう手ェ出す奴はいないわな。
ましてや昼間の客は、年金暮らしで大変な婆ちゃんだし。

 とはいえ、眺めている分には面白いんだよな。
皿とか壷とか湯呑み以外にも、龍の彫り物とか根付け等の
フィギュア系もあったりするから。

 そして当然↓コイツらも。

Gallery"TEKITOH"-tanu

 なんか「写メ撮られてぇー」な感じで寄り集まって
いたので一枚。
ホントなら一匹連れて帰りたいところだったけど
小さいヤツでも¥4,000近くするのでは躊躇するわ。
しかしフグリでけぇ(笑)。
 

それぞれの武蔵

 先日、最寄り駅前のコンビニを覗いてみたら
小学館より、コンビニ単行本として石ノ森章太郎御大の
萬画作品が発売されていた。

 『歴史的傑作云々』という触れ込みで『HOTEL』が刊行されて
いるのは「同社発行誌掲載作」という事で、まぁ納得するが
同時に『仮面ライダー』が発刊されていたのは、萬画作品の
ファンとしては複雑な心境だったりする。

 そりゃ知名度でいえば代表作扱いにもなるのだろうけど
同氏の著作中でいえば割と微妙な扱いにならざるを得ない
…というか『実写テレビ映画』という媒体がメインステージ
という事を意識し過ぎたのか、こちらが実写のライダーを
知り過ぎているせいか、萬画作品として読んだ時の『ブレ』
みたいな雰囲気を、どうしても感じてしまうせいかもしれない。

 それでいて、雑誌やらムック本やらで石ノ森作品を語る頁が
あった際は、その書き手が単なるオタ公であるせいか
ライダー等の所謂『変身モノ』しか読んでない向きが
そちらのジャンル作品基準での狭量な評価を下していたりで
そんな傾向に対するジレンマもあるのかもしれない。

 まぁ個人の好き嫌いってのは他人にも自分にもあるワケで
それをして「仮面ライダーなんて面白くねぇ」と断じる気も
ないのだけど、こういった刷り込みを繰り返されると
「メジャーなモノはよりメジャーに、マイナーなモノは
闇に埋もれてしまう」て危惧もあったりするのだ。

 …などと言ってる間に待ち時間ができてしまい、
渋谷東急本店に新店舗を構えた…とウワサのジュンク堂にて
参考資料を物色しつつ、漫画のコーナーを覗いてみると
前述の『仮面ライダー』と同じ時期に連載されていた
石ノ森作品が眼についた。ので↓購入。

宮本武蔵 (キングシリーズ 漫画スーパーワイド)/石ノ森 章太郎

¥680
Amazon.co.jp

 流通の関係で(まずセブンイレブンには入荷しない)
発刊されていたのを知らなかった小池書院のコンビニ単行本。
メディアファクトリー版では持っているのだが、やはり一冊で
一気に読めるのは有難い。
 …にしても、いいビジュアルを表紙に持ってきたモノだ。
特にタイトルが被さっている武蔵の姿は、vs吉岡伝七郎戦の
決闘場に、雷雨を伴って現れた時の姿。
B2くらいに引き延ばして壁に貼っておきたい画だ。
この直後、顔面パンチ→奪った木刀で脳天を一撃…という
瞬殺ぶりを読者に披露するワケだが、この辺り(吉岡一門との
対決)のギラギラした感じの武蔵が異様にカッコいい。
何というか、アウトロー的な雰囲気が溢れていて。

 ちょっと面白いのは、本作と同時期あたりに連載中だった
『佐武と市捕物控』で『燕返し』というエピソードがあって
『武蔵』より先に巌流島の決闘をビジュアル化しており
劇中で『新巌流』を確立した武芸者(そういえば名ナシ)が
小次郎の敗れた原因は心の「若さ」にあり…と断じたのに
対し、決闘後の市やんはそれを否定する。以下引用。

「…小次郎が武蔵に敗れたのは……“心”でではなかったのさ。
 やはり技で負けたのさ。
 —武蔵の剣は“変態”にあった。もし武蔵が燕を斬るとすれば……
 ひるがえり反転し滑空する行くえを見定めてから太刀を
 出していたろう。
 その時や場所に応じてどうにでも変われる自由な剣さばきに
 小次郎の理詰めの剣が負けたのだった!

 —世の中は“理屈”じゃねえ!」

 …と言わしめ、後に『武蔵』の劇中でも武蔵本人に
同様の事を呟かせていたりして、何かウマい事フィードバックが
出来てたりするんだなーと思うと共に、この人の萬画自体にも
そんな千変万化、変幻自在ぶりがあったりするよな…と
いちファンとしては膝をたたく要素テンコ盛りだったりする。

 また『武蔵』本編においては、二刀流の系譜が成立せず
武蔵一代で絶えたことについても、次のような解釈を記している。
(以下引用)

「(前略)しかし—この事は少しも武蔵とその剣法の価値を
 減ずるものではない
 むしろ『それほどに優れていた』ことの証拠であろうと
 作者は思う
 ひとつの技ひとつの芸というものは 本来それをつくりあげた
 個人の[個性の]ものであって それを理論化できるというのも
 おかしいし 細分化して誰でも“金さえだせば買える”ような
 ことのほうが『まがいもの』である と感ずるのである」

(引用ここまで。二重鍵括弧部は本来、作者独自の傍点による表現)

 ひょっとしたら『マンガ家入門』等のハウツーものを幾つか
著した経験からも来ているのかもしれないが、基礎的な技術や
技法なんてのはマニュアル(最近でいえばTIPSか)の模倣にて
一定のカタチにはなるが、そこから先…独自の作風や画風を
確立するには、自身で考え、推敲を重ねなければならない
…という意図あっての記述かもしれない、と勘ぐってみたり。
独自性を確立しすぎて「わかりにくい漫画家」の筆頭に
あげられる事も多かった大先達の、貴重な言葉として
受け取っておきたい。

 作画的な観点で見てみると、この時期の「劇画を意識した画風」
てのは、それ以前のファンには違和感あるみたいだけど
個人的には佐武市ファンという事もあってか、こちらの方が
好きだったりする。…のだけど、同時期の作品に比べると
多少粗いかもしれない。
 何せこの時期といえば月産ン百枚という、今の漫画家では
想像もつかない枚数をこなしている上、その背景画も江戸時代の
街並に侍や町人、現代のビル街にクルマやら何やら、原始時代に
暴れまわる恐竜、果てはワケわかんねぇショッカーの基地まで
描かなきゃならないんだから、当時の作画スタッフの疲労も
ハンパじゃなかっただろう。一体何人倒れたのやら。

 内容的には五輪書+二天記+吉川英治版+それからの武蔵、
それに作者独自の解釈をつけ加えた感じだが、読み応えは
十二分にあってお気に入りの作品だったりする。



 で、待ち時間を利用して喫茶店にて上記の本を読み耽っていて
ふと「久々にアレも読み返してみるか」と思い立ち、帰宅後に
書庫から引っ張り出してきたのが↓こちら。

宮本武蔵 (ビッグゴールドコミックス―石ノ森版立川文庫)/石ノ森 章太郎

¥683
Amazon.co.jp

 晩年の作。前の『武蔵』から25年の歳月が流れているとはいえ
「ホントに同じ人が描いたのかよ?」と疑いたくなるような
ラフなタッチで(尤も'80年代中盤以降、こういった軽妙な
画風で定着してはいたのだが)、その辺が長年のファンからも
敬遠されがちな感じでもある…が、個人的には大好きな一編。

 『マンガ日本の歴史』以降の「伝わりやすく=わかりやすい
コマ運び及び演出」を色濃く受け継いだこの一連、立川文庫の
名の通りに『戦前以来、子供に愛された物語』を題材に萬画化
しただけあって、『大人が読む児童マンガ』という、字にすると
一種異様なカテゴリーながら楽しく読める。

 話の方は「立川文庫版」という事で、少年剣士にアレンジされた
武蔵が父の仇・佐々木玄東斎岸柳(小次郎モチーフの敵役)を
探しつつ、盗賊や妖怪変化と闘う冒険譚。コレをサラッと
読ませる手際のよさが心地よく「学校の図書館に置いときゃ
小学生くらいの子も読むんじゃねーか?」と思わされる。

 また、本作を読むと、特に'80年代初頭あたりまでの
少年マンガには、これらの影響が多少なりとも残っている
…て事もよくわかり、それもまた大きな収穫。



 ひとつ面白いのは上2作と『佐武市』にて描かれた巌流島
(『立川文庫』は豊前島)での、武蔵と小次郎が交差した場面。
3作とも見開き2頁で、武蔵はマンガの頁送りの関係でか
(マンガは普通、右から左に読む)見開きの左頁に跳んだ姿で
描かれていたりする。さもソコが『勝者の席』であるかの様に。

 ところが、市やんvs新巌流の対決になると、見開き頁を
使うのは演出上同じとしても、市やんはその右頁に。
「まぁマンガの主人公が斬られて負けるワケねーよな」と
思いつつも、そこは敗者の席では?…と思って次頁を開くと

「…ち、違う!! あ、あたしの方が……
 き、斬られるはずだった。」

 …との事。

うーむ。

呆れ返る話。

 台風接近でクソ寒い中、某所で仕事関連の話の為に
わざわざ呼び出されたのだが、その前後の茶飲み話の中で
専門学校…ま、俺の業種の方面の学校だが…の講師が
「最近の生徒は『自分が何の仕事すりゃいいのかわからない』
だけならともかく『仕事そのものがしたくない』奴が多い」
…ので、講義の初期段階では仕方なく「仕事するという事は
どういう事か」から説明させられる…と嘆いている、という
話を聞かされた。

 …イヤ、何の為に専門学校に入ったんだか。
ただ単に就職先を斡旋して欲しけりゃハローワークにでも
行きゃいいモノを…と呆れたのだが、掘り下げた話を伺って
みたところ「ネット等で業界の悪いウワサを仕入れたせいで
イヤになった奴もいる」とか。

 まぁ確かに、品行方正な聖人君子なんて存在を拝むのは
絶対に不可能な世界(大笑)だったりするのだが
「他人が悪く言ってた=ホントにイヤな奴」とは一概に
言えない場合もあるしなぁ。あぁいうのは私怨だったり
「高みに居る感覚」を求める為に他人を見下すだけの
どうしようもないバカの戯言だったりする場合もあるし。
 ま、専門学校あたりに通う世代の連中だと、ネットの
くだらん妄言に対しても無批判に受け入れたりするんだろうが
それ以前に他人と付き合う=コミュニケーションの取り方を
覚えていった方がいいんじゃねーかという気もする。

 俺自身の経験から言っても、ネチネチとイヤミったらしい
ゲーム屋とかテレビ屋(爆笑)のうざってぇ野郎とか
年中家に閉じこもって同業者程度としか話さないクセに
世界の全てをわかったような気でいるマンガ描きとか
しょうがねぇバカを多数見てきたから、現場のストレスの素に
ついては否定できないけど、それでビビって世に出ないとか
いうのは違うと思うのだが。

 しかし、こんな連中が斯界に蔓延しているとなると
世に出る著作物の数々が『作品』と呼ぶのも躊躇われる様な
同人誌に毛の生えた程度のシロモノにしか過ぎないのも
納得するしかないか。
こういう悪循環は何処かで止めなきゃイカンよねぇ。

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 しょうがない話題なので、キレイな画像でも。
先日、近所でなっていたのだわ。
 
 

我、彷徨ウ者ナリ。

 今日も今日とて↓この辺まで。

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 この他にも別所にもツラを出し、色々と情報収集。
仕事の方はまぁ、別のところから一件やってきたので
とりあえずは糊口をしのげそうな予感はする…が。


【本日の『悪の城』①】

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 最近、間借り人がコロコロと変わる高級住宅。
公僕も「何でこんな連中の警護せにゃならんのよ…?」と
不満顔…かどうかは知らない。
とりあえず、ホット缶コーヒーを2~3本ほど腹に詰めて
寒さをしのぎながら警備していた姿は涙を誘う
…が同情はしない。


【本日の『悪の城』②】

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 他所のサルマネSNSで、ユーザーから悪どく
木戸銭を巻き上げる悪党の城。