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今日のラクガキ

 児童向けもいいのだが、やっぱりね…という
感じで描いてたブツの一部。

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久々に描くと、顔つき変わってるねぇ。
発表するかどうかは別として。
 

似てねぇ。

 ちょっと前に出た缶コーヒーのミニカーだが
たまたまZがあったので、バクチ気分で抑えてみた。

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 全ッ然似てねぇ。
何だかチョップドトップルーフになったみたいだし
前から見ても上から見てもまるで似てない。
 

渋谷を彷徨う零細個人事業者

 というワケでまた渋谷へ。

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 こんな実りのないお出掛けを続けても
意味ないと思うんだけどな。まぁ仕方ない。
法人には甘く、個人には厳しいこの国よ。

で、また週明けに渋谷行かにゃならねーんだけど。


【今日のデパガ】

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 しっかり交通費と酒代をいただきました。

 

クルマ誌投稿今昔2

 さて、前回何のリアクションも得られなかった記事だが
しつこく今回もやってみよう(笑)。

 んで今回は1990年代以降。景気がよくなって
アレコレと手を広げすぎて収拾がつかなくなり
近年のような細分化→ニッチすぎて不況に陥る
…というスパイラルを辿る一連の時代ですね。
 まぁ専門誌や車種別誌を否定はしないけど
相対的に総合誌がパワー失うのはツライよね。


【ケース4】
ホリデーオート(モーターマガジン社)1991年8/26号
また登場だが…そう、この頃は月2回刊だったんだね。
この号は表紙見ればわかる通り「創刊20周年」とかで
どんな最新アイドルも古臭く写る表紙モデルの変遷とか
人気コーナー『Oh!My街道レーサー』の歴史みたいなのが
非常にバカバカしくて保存しといたんだけど。

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 当時のイラスト投稿コーナーはご覧の通り。
選者の馴れ馴れしい感じとか個人の好き嫌いによる
コメントの多寡(特にウマイ投稿者には嫉妬めいた感情)
なんかがよ~くわかる。
 中には「お前なんかに評価されたくねーよ」と
思っていた人もいたかもしれない。イヤ怖い怖い。



【ケース5】
CARBOY(八重洲出版)1991年10月号
ちょうど本田宗一郎御大が無くなった直後の刊行にて
トップ記事がソレ。但し写真は『Street Classics』誌
(後の『Old-Timer』誌)の流用だったりするが。

 当時のOPT誌とは、取り巻き同士の仲が最悪だったらしい。
特に当時人気のゾク上がりレーサーにその傾向が顕著で、
CB誌で採上げられた人物がOPT誌のイベントに現れた際
「俺はお前ェらの雑誌は嫌いなんだよ!」と、カメラが
回ってないのをいい事に罵りまくったとか。
 それはともかく、コレに載って貰えるステッカーが
実は当時、結構嬉しいアイテムだったりしたのだが。

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 「イラスト」というより、うざってぇ自己主張
アツいメッセージを余白に書き込んだハガキが目立つ。
ココには載ってないけど、この雑誌独特?のディフォルメを
施した絵も結構載ってたりする。

 余談ながら実は俺も昔、ステッカー欲しさに一度だけ
絵描いて送った事があったなー。キチンといい場所に載って
ステッカーは(宛名書きバイトの手違いでか)2通貰ったけど
あまり大事に保存しすぎて、ドコにしまったか忘れた(笑)。



【ケース6】
レーシングオン(ニューズ出版)1997年4/11号
変われば変わるモノだ…という印象が最も強いかな。
後の特集主義が信じられない位、この頃の同誌は
『AUTO SPORT』誌をチャラくした感じ。

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 そうだよ。プロストGPと中野で盛り上がってたんだよ。
…少しだけ。それにしてもこの腐女子ムードは一体。
マシンなんざ描きゃしねぇ。



【ケース7】
CAR&DRIVER(ダイヤモンド社)2006年11/10号
…そういや、いつの間にか「日本版」の表記が消えてるな。
この雑誌のみ、イラスト掲載の趣向が妙だったりするのだが。

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 何か知らんけど、全国のチビッコの力作掲載に
エラく力を注いでいるのが異例。お陰で大きいお友達とか
つけ入るスキがないという(笑)。
将来の投稿マニア育成の為、頑張って下さい。
まぁ購読者は結局、復刻カタログ欲しさに買ってるだけな
気もするんだけど。

 どーでもいい私事なんだけど、例のベテラン声優さんが
月イチで載せてる星占い、私ゃ全く当たりません。
そーか、星座に運命操られてないって事か、アテナよ。



【ケース8】
ど~でもいいクソ雑誌(ドロボウ猫出版)1995年11月号
クルマの事をロクに知らないアニオタ共が編集ゴッコしていた為か
毎回中途ハンパな記事内容と、メーカー写真を貼付けただけの
ワンパターンな誌面。そりゃ潰れるわ。

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 ちなみにこの号、今ではネット検索とWikiのコピペ、
他誌記事の剽窃だけでマンガみたいなのを続けてる御仁が
例によって自前のお絵描きを晒していて目の毒だったりして
とっとと捨てるべきゴミの筆頭みたいな存在なのだが
それでも捨てられない理由がある。
それが↓コレ。

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 赤枠で囲んだ箇所、今もネットで他人の言に注釈いれて
煙たがられてる御仁の(中途半端な)知識自慢投稿だったり
して、その芸風が今も変わってねぇ所に呆れる(笑)。
しかも、この時の掲載記念で貰ったステッカー(今やゴミ同然)
を自宅の玄関に飾っているという(爆笑)。

 こんな御仁と後年知り合ってつきまとわれた挙句、
全く実績として認められないテレビ番組の絵描き仕事を
おしつけられ、あまつさえソレに6年も支配された俺は
絶対人生呪われてるよな…てのはコッチの話だけど。

 とりあえず、弱味を握る意味でもコレ保存しとこう。
描いた本人は「ハガキサイズじゃ小さくて云々」と
言い訳ブッこいてたけど、人の絵に難癖つけた時に
「テメェもこの程度じゃねーか」と逆襲する為に(笑)。
 

クルマ誌投稿今昔

 先週末の某深夜の雑学番組にて、数多くの
エロマンガ誌をまたいで投稿しているレジェンド投稿者が
ネタになっていたが「そういやクルマ雑誌にもいるよな。
そういう雑誌またいで投稿するマニアが」と思って
その辺の変遷を暴いてやろう…かとも思ったのだが
それは投稿者に失礼というモノな上に、全雑誌を俯瞰
できるほどクルマ雑誌保存しているワケじゃねぇから
それはボツ。
 
 ただ「そもそもクルマ雑誌にイラスト投稿コーナーが
できたのはいつ頃なんだろうな?」という疑問は
漠然として残った。

 そんなワケで、自宅に故あって保存してある古雑誌を
まさぐって、過去の投稿コーナーてのはどんな感じだったか
…を紐解いてみる事に。

 とはいうものの、'60年代中盤あたりの雑誌…手許に
あるのは『モーターマガジン』(モーターマガジン社)、
『モーターファン』(三栄書房)、『CARグラフィック』(二玄社)
といったお歴々で、今も昔もそんな素人のラクガキには
あまり頁を割かない雑誌だったりする。

 どうもイラスト投稿コーナーってのは、そうした平綴じ誌より
後に出現した中綴じ雑誌と共にあった…と推察するんだけど
実際どうだったのかしら。
ひょっとしたらこの本が火付け役なのかもしれんけど
まぁマンガ雑誌や芸能雑誌の『にがおえコーナー』の
ノリだったのかもしれない。


 んで以下、'70年代の中綴じ読み捨てクルマ雑誌(どちらも
生まれる前の雑誌なのに何故持ってる?)から、ちょっとだけ
拾ってみようか。

【ケース1】

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『CARトップ』(交通タイムス社)1972年12月号。
同時に『マントップ』なる雑誌を発刊していたせいか
何だか誌面が男性週刊誌っぽい雰囲気なのだが。
表紙はコレ、ショッカーの人質要員だった人ですね。

 後年読んだ感想としては「何だか洗車の記事ばっか
4色頁に使ってるな」て感じだったのだが。

で、その内容はといえば…。

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 後に続く『イラスト道場』のハシリみたいな雰囲気。
選者は当時、同誌の記事イラストを担当していた方で
後に『激走ルーベンカイザー』の原案にも名を連ねる人。
寸評のポイントは「活版印刷になった時のペンタッチ」
が多いような感じ。


【ケース2】

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『ホリデーオート』(モーターマガジン社)1972年3月号。
創刊して8ヶ月ほど経過した頃で、中には谷岡ヤスジの
作品リストから漏れているマンガも掲載されていたりする
…なんて事はどーでもいいですね。
表紙の絵はウマイんだかどーだかサッパリわかりません。

 んで、その中身。

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 たまたまこの月の読者コーナーがイラスト特集だった
みたいで、コレで2頁使い切っている。
…にしても、上の雑誌でもそうだが、国産車を描く際は
みんなメーカー広報写真を元にしてたのね。


【ケース3】

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 『driver』(八重洲出版)1983年4/20号。
いきなり時代が飛んで何だが、創刊自体は上二誌よりも
前だったりするのよね。
既に月二回刊になっているが、まだ左綴じ(旧い言い回しを
すると『算数開き』か)の時代。
 表紙の松元秀美画伯にしてもそうだが、この会社は割と
JAAA所属(検索すりゃ出る)のメンツばかりを起用して
いたような感じ。

 それはイラスト投稿コーナーにも言えるワケで
中身を見ると↓こんな感じ。

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 毎回テーマを決めての募集な上に、ソレ系の先生が
寸評どころか詳細な評価を下してらっしゃる。
何だか美術の通信教育を受けているような気分だが。

 右下のコラムには「絵を描くならイラストボードに、
画材はマーカーやらリキテックス云々」と、一歩上の
教育(?)をしていたみたいだ。


 いずれにしても、この時期あたりまでは比較的マジメに
「こうすりゃもっと上手くなる」なアドバイス込みで
掲載していたみたい。
 ページ担当者がテキトーなコメントつけて済ませる様に
なるのは、どうやらこの後の時代の事みたい。