日本は、本当に豊かな国だと思います。
お金さえあれば。
街へ出れば欲しい洋服や靴などが買え、お腹が空いたら徒歩で行ける距離に食べ物があります。
本当に、お金さえあれば、豊かに暮らしていけます。
じゃあ、「豊かな心」を得るには、何が必要なのでしょうか。
以前テレビで。
アラスカの小さな部族(?)の家族をおった番組がありました。
確か、彼らは生きていくために狩猟をし、自然と向き合いながら生活をしていく家族を紹介する、というような内容でした。
その家族の中にいた10歳くらいの男の子に、日本人スタッフが質問しました。
「ここのボスは誰ですか?」
わたしはてっきり「父親(又は母親、あるいはお年寄り)」と答えると思いました。
しかし、少年の答えはこうでした。
「Wind(風だよ)」
それはまるで、「風に決まっているじゃないか。他に何があるの?」とでも言いたげな、とても真っ直ぐで、一切の迷いや偽りが無い瞳は、今も心に残っています。
別の話で。
世界一星空が美しいと言われている、とある国の村をおった番組で。
(番組を観た人から聞いた話なので、正確ではないかもしれませんが。)
そこでワインを製造している男性が、こんなことを言っていたそうです。
「わたしたちと宇宙は、繋がっている。星の動きや月の形で、ワインの味は違うんだよ。」
アラスカの少年しかり、ワインの男性しかり、このような豊かな精神(=心)は、どのようにして得られるのでしょうか。
もし、やらせなどではなかったら、心
が豊かでないと先の発言はないと思います。
しかしきっと、彼らのよう心を持つまでには、現代のわたしたち日本人の生活とはかけ離れた経験があってからこそだと思うのです。
常に「自然」と対峙しているその生活は、想像を超える壮絶な背景があるのでしょう。
日本にもその昔、このような豊かな心はあったはずです。
豊かな心であったからこそ、日本独特の繊細な建造物や、絵や、彫りものなどが作れたのではないかと思います。
しかし現代で、こういった類の話をすると、ロマンを超えて 宗教だと思われがちです。
文明の進化とともに、その精神は退化し、あるアーティストが歌っていたように、記憶喪失になってしまったのでしょうか。
もし、豊かな心がお金で買えるのなら、全額を叩いて買いたいです。
確かに、オシャレな服も靴も、美味しいご飯やスイーツも欲しいです。
でも、嫉妬や恨み、憎しみなどの呪縛から解放されるのなら、豊かな心が欲しい。
個人的に、物でありふれた所にいたって、結局のところ何も満たされません。
沢山の物をもっていたり、沢山の人と繋がって豊かになれるには、それはそれで良いのですが、一時的なように感じるのです。
そうではなくて、もっと核となる部分を豊かにしていきたいと、そう願ってやまないのであります。