「長屋」というと、すぐに思い出すのは「銭形平次」と「巨人の星」。
「銭形平次」では、江戸八百八町で事件が起きると、「親分、てぇへんだ!」と神田明神下の長屋に住む平次親分(銭形平次)のところに子分の八五郎 (通称 がらっぱち)が駆け込んでくる。
「巨人の星」では、日雇い人夫として働く父・星一徹が息子・飛雄馬に野球のスパルタ教育を行う舞台がこの長屋だった。
日本の江戸時代以来の伝統的な文化として「長屋文化」というものもある。
そんな「長屋のカフェ」があることを、ブログでたくさんの喫茶店を紹介しているWINさんの記事で知り、行きたいと思っていたが、やっと足を運ぶことができた。
場所は、恵比寿駅と広尾駅の間、都道305号線沿いにある。
恵比寿駅から、15分くらいだろうか、首都高速道路をくぐってすぐのところに長屋が見えてきた。
その中に「tenement」があった。tenementとは、「庶民的な長屋」という意味で、「日常の憩いの場、生活の一部」という思いが込められているそうだ。(お店のショップカードから)
築100年の古民家を改築して11年前に、音楽家の猪野秀史氏がオーナーとなってオープンしたそうだ。
店内は落ち着いた雰囲気。
階段に、一段づつ数字が刻まれている。「4」と「9」はない。
2階は、おもしろいつくりで天窓があり、光が差し込んでいた。見晴らしもいい。
昼が近かったのでランチを注文。ランチが「11時30分から16時まで」というのも珍しい。
オーナーが宮崎出身ということで、ライスをはじめ、料理の食材の多くは、宮崎県をはじめ九州各地から取り寄せているということだ。
長屋の2件先に、もう一件、古い日本家屋があった。
向かいにも、おもしろい建物が。
近くにお住まいの方に、いろいろ聞いてみた。
その方の話しによると、この一帯も空襲に見舞われたが、その2軒と、その間にあった蔵作りの民家が焼け残ったそうだ。
その蔵作りの民家は、小金井の「民家園」に移されたそうで、その跡地に今は高いマンションが立っている。
また、この一帯は、その昔、大地主の持つ広大な土地で、今の305号線の通りは、玄関先から門の外まででる通路としてつくられたそうだ。
今、この都道305号線の道路拡幅工事がすすめられようとしているそうだ。
バス路線にもなっていて交通量も多いのに、片側一車線で狭いためだ。すでに計画は固まっていたが、なかなか着工していなかったようだが、オリンピックも招致が決まり、それを契機に急ピッチで始まるのではないかという。
実際に始まれば、長屋やもう一件の古民家もひっかかり、取り壊すか、他へ移すしかないだろうとおっしゃっていた。
すぐ近くにある首都高速道路を見ながら、「あれも、オリンピックのときに出来たんだ」とポツリと言っていた。
この古民家。3・11の大震災のときも、瓦がひとつ落ちた程度で、耐え抜いたらしい。
地域の事情や、所有者の方の事情、そして自治体などによる開発や予算の問題などもあろうが、いろいろな知恵を絞って、ぜひともこれらの、日本人の生活の原点であり、憩いの場、ゆっくりと時間の流れる空間である、古民家を、保存・継承し、活用していけないものだろうか。
恵比寿駅まで帰る道すがら、通りに並ぶ、個性豊かなショップに足を止めながら、おもしろい街だと思った。
また来てみようと思った。