福島遠征記2
昨日のブログは、
少し気の重い内容でした。
気をとりなおして、
後編に参ります。
山親父です。
もう一つのイベント、
ってかミッション。
あくる日の日曜日の午前中、
交流のあるいわき市の
勿来 ラグビースクールの子供達に、
私たち2人が指導するって、、、
ある意味、
とっても無謀な企画だったのです。
(笑)
猪◯は一応近所の小学校で教えているので、
指導員の資格を持って居るのですが、
私はもう25年ほどラグビーを教えた事がありません。
(笑)
しかも、
教えられるとすれば、
(気合いと根性)しかありません。(笑)
何処かの小学校の校庭かなんかで、
チョロチョロ教えるものだと思っておりましたが、
下見として案内してもらったグラウンド、
素晴らしい芝生の、
2面ある大きなグラウンドでした。
冷や汗ものです。(笑)
土曜日、
市内のビジネスホテルで荷物を解いて、
ホテルの一階にある和食料理屋で、
向こうのスクールのコーチの方々と、
意見交換?情報交換、
指導プランなんかの打ち合わせを兼ねた懇親会に参加しました。
完全にノープラン(実際は指導のイメージってか、想定はしておりました)
で、、、
ですが、
そこはお酒も入れば、
ラグビーの話は尽きない訳で、
(笑)
二次会に場所を移しても、
喧々諤々と、
どっぷりと遅くまでラグビー談義に励みました、
日曜日は06:30起床。
スッキリと(嘘)目覚めました。
なんでしつこくラーメンで〆たんだろう。(笑)
身支度を済ませ、
昨日の料理屋で和食朝定食。
ちゃんとご飯を半分残し、
体調を整えました。
07:20に迎えに来ていただき、
車で5分ほどのグラウンドに、
子供達がどんどん集まって来ました。
元気に挨拶して、
孫の様な子供達に取り囲まれます。
(笑)
おっちゃんのこと怖くないのかな?
(笑)
みんな素直でした。
練習は、
普段通りに進めていただき、
我々が気がついたことを、
ポイントポイントでアドバイスするって形を取りました。
まあ、
指導内容はここに書くほどの事もないので。
(笑)
大きな声でコーリングするって事や、
その意味、
ボールを受ける瞬間のあれやこれや、
パッとみて、
勘がいいってか、
上手い子がいて、
その子は女の子で、、
それは直ぐに猪◯も気がついたようで、
2人の意見が一致しました。
クドいくらいに、
その子にはずっーっとラグビーを続けてねって言い続けました。
その他にもみんな上手かっです。
何よりも、
日曜日の早朝から本当に楽しそうにラグビーをやってました。
私も本当~に楽しかったです。
2時間たっぷり走り回って、
記念撮影。
片付けてると、
1人の幼稚園生の男の子が、
うちの大学の応援の小旗を手に、
「さいんください!」
って、
(笑)
サインか~。(笑)
私たちのサインねぇ~。
断るのも気の毒なんで、
パパッと書いてあげました。
なんだか恥ずかしい。
まあ、喜んでくれたからいいか、
着替えて、車で昨日の小名浜港に行き、
諸々と海産物のお土産を買い。
湯元駅に、
温泉町なんで、
日帰りの施設があるって言うんで、
昼食のあと、
30分ほどノンビリと湯船につかり、
いわき市をあとにしました。
いやいや、
充実した2日間でした。
今回、
本当に訪れて良かったと、
何度も思いました。
いわきはとっても良いところでした。
おしまい。
iPhoneからの投稿
福島遠征記。
どこから書こうか?
最初から?
山親父です。
3連休の前半の土日。
福島県のいわき市に遠征してきました。
ええ、遠征です。
旅行ではありません。
ことの始まりは、
昨年末の最後の国立競技場でのラグビー早明戦。
ここで、選手入場のエスコートキッズをしていただいた、
いわき市のラグビースクール。
それ以来、交流が続いているんですが、
その中で、
1度こちらからOBが現地に赴き、
いわき市の現状を確認しようという話が持ち上がりました。
しかし、
なかなか皆の日程が揃わず、、、
今回は私と、
ご存じ部屋っこ猪◯の2人。(笑)
まるで、仲良しおとっつぁんの湯治旅行の様になってしまったのです。
(実際、先のOB戦でこの2人が揃って負傷退場するってアクシデントに見舞われていたのですが)(笑)
そこはそれ、
2人で有る種の使命感を持って、
出かけてきました。
土曜日の早朝、
スーパーひたち号であっと言う間にいわきの泉駅へ、
この日は海岸線を車で北上し、
震災の被害の現状と復興の様子。
目的地は、
仙台との開通間も無い国道沿いから第1原発を望もうと。
一応、念のために線量計を用意してくれていました。
(ここから何度か確認しましたが、その数値はアップしません)
まずは小名浜港へ、
観光じゃないのでアクア マリンはパス!
その横の(いわき・ら・ら・ ミュウ)
ってところの展示室で、
震災時の惨状を展示品と映像で再確認。
何度見ても恐ろしいなぁ。
四倉の道の駅で、
美味しい海鮮丼で腹ごしらえしてから、
どんどん進んで行きました。
海に面した、
以前は素晴らしいロケーションだったと思われる、
現在は廃校となった中学校。
手付かずです。
海岸線はそこかしこで防潮堤が建設されております。
以前は庭先から綺麗な海が見渡せたのでしょうが、
無機質なコンクリートの壁が連なります。
しかし、
ホンのちょっとの差で、
全て流されてしまった村や、
建物の基礎だけ残った村、
浸水はあったものの、
なんとか補修して住むことのできる町。
運とかそんなもので片付けられませんが、
やっぱり複雑だろうなと思いました。
そして、いよいよ
帰宅困難地域に、、、
線量計の数値は跳ね上がりました。
人っ子一人歩いていません。
(正確には脇道に入り込む人間が居ないようにガードマンや警察官が立ってます)
もちろん車を降りることや、
窓を開けることは出来ず、
エアコンも止めなければなりませんでした。
福島第1原発です。
窓を締め切ってるからかもしれませんが、
精神的に息苦しく感じました。
うーん、
滞在?時間は15分ほどでしたかね。
市内に戻り、
道路脇に植樹の始まった、
(桜プロジェクト)を確認。
その後、
仮設商店街で買い物をしたり、
避難者の住む仮設住宅街を車で通ったり。
私がどうこうできる事はありませんが、
見に行って本当に良かったと思います。
こうしてザッとしか書けませんでしたが、
結構走り回り、
どっぷりと日が暮れるまであちこちウロウロといたしました。
この遠征でもう一つイベントがあったのですが、
それはまた改めて、
つづく、
iPhoneからの投稿












