学生服の変遷
昔のことを書いていたらこんなこと思い出したんで。
中学生のときは3年生の時、学ランは普通でしたが、ズボンはボンタンというやつをはいてました。
隣の校区にあった、(岡忠)という店で、ツータックヨコスカマンボ?なんじゃそりゃってネーミングですね。
高校の入学式もこの格好でしたが、すぐに学ランを替えました、京都市役所のよこの寺町通りにあった店で。
中ランという、普通より少しすそが長くて、裏地はサテン生地で左右に開くと(タイガー&ドラゴン)の刺繍が入ってました。
隠しファスナーで隠しポケットや袖が肘まで開きました。
あわせてズボンも東福寺にあった御用達の仕立て屋でボンタン仕立てました。
股回りとすそを指定して、高校生の癖に生意気です。
結構高かったです。
今と趣味が変わりません(笑)
うちの学校、黒の学ラン上下が決まりなんですが、
高校2年生になって、ラグビー部の一部にだけ伝わる紺色の上下を小嶋さんから継承します。もちろんボンタン。
ヤ○キーが長ラン着ているくらいインパクトありました。
集団のなかでそこだけ色が違うんですから、これは目立ちました(笑)
3~4人しかいませんから。全校で。
っていうか、京都でも紺の学ラン着ているのいませんから。
良い生地と仕立てで、少し厚手で暑かったですが。
お袋は暢気なもので、「あんたの学校制服替わったんか」と言ってました。
高3になって、いきなりアイビーに目覚めます。
学ランは普通のにして、ズボンはリボンベルトのストレートで裾はダブル、コンバースのハイカット履いてイメージチェンジ激しいです。
紺の学ランは杉に伝承しましたがあいつ直ぐにやめてたな。
刺繍のやつは、一年生の制服がキツくなって困っているやつに上げました。
なんだか休日の昼間にする話題じゃないかな。
中学生のときは3年生の時、学ランは普通でしたが、ズボンはボンタンというやつをはいてました。
隣の校区にあった、(岡忠)という店で、ツータックヨコスカマンボ?なんじゃそりゃってネーミングですね。
高校の入学式もこの格好でしたが、すぐに学ランを替えました、京都市役所のよこの寺町通りにあった店で。
中ランという、普通より少しすそが長くて、裏地はサテン生地で左右に開くと(タイガー&ドラゴン)の刺繍が入ってました。

隠しファスナーで隠しポケットや袖が肘まで開きました。
あわせてズボンも東福寺にあった御用達の仕立て屋でボンタン仕立てました。
股回りとすそを指定して、高校生の癖に生意気です。
結構高かったです。
今と趣味が変わりません(笑)
うちの学校、黒の学ラン上下が決まりなんですが、
高校2年生になって、ラグビー部の一部にだけ伝わる紺色の上下を小嶋さんから継承します。もちろんボンタン。
ヤ○キーが長ラン着ているくらいインパクトありました。
集団のなかでそこだけ色が違うんですから、これは目立ちました(笑)
3~4人しかいませんから。全校で。
っていうか、京都でも紺の学ラン着ているのいませんから。
良い生地と仕立てで、少し厚手で暑かったですが。
お袋は暢気なもので、「あんたの学校制服替わったんか」と言ってました。
高3になって、いきなりアイビーに目覚めます。
学ランは普通のにして、ズボンはリボンベルトのストレートで裾はダブル、コンバースのハイカット履いてイメージチェンジ激しいです。
紺の学ランは杉に伝承しましたがあいつ直ぐにやめてたな。
刺繍のやつは、一年生の制服がキツくなって困っているやつに上げました。
なんだか休日の昼間にする話題じゃないかな。
ラグビー人生25初優勝
大学や社会人のラグビーなら当たり前ですが。
ラグビーには、アフターマッチファンクション、という慣例があります。
試合後両チームのメンバーが正装して集まり、パーティーをします。ノーサイドの精神で仲良く飲み食いするんですが、
普通高校の試合ではやらないですよね。
ですが花園では決勝戦のあとだけ行われるんです。
私らみんな知りませんでした。
風呂に入ったあと、ファンクションルームに集まり、高校生ですから紅茶にケーキとお菓子を食べて少し雑談をした後、大工大のキャプテンH瀬さん、(この人も大学でお世話になりました、後に平
さんと神鋼でチームメイトになります)の挨拶の後みなさん立ち上がって部歌を歌いました。
かっこいい勇ましい部歌です。
続いてうちの番なんですが、伏見には部歌がなかったんです。今はどうか分かりませんが、今度聞いてみよう。
結局その場で何を歌うかごそごそ相談をして、先生の音頭で、たまに先生が歌っていた(ウェンシンカム)と発音する、(綴りも意味も判りません)イングランドの民謡みたいなの、歌の意味は、(あいつは、山を越えて俺の村にラグビーをやりにやって来る)なんかこんな感じの歌を、それこそできない英語でぼそぼそとぐずぐずでした。
あれは格好悪かった。
まだまだ伏見が新興チームだった証しでしょうね。
そんなこんなでグラウンドをあとにして宿舎に帰り、勝利の美酒ならぬ、勝利の美すき焼きパーティーで盛り上がりました。
次回はこの次の日の事。
ラグビーには、アフターマッチファンクション、という慣例があります。
試合後両チームのメンバーが正装して集まり、パーティーをします。ノーサイドの精神で仲良く飲み食いするんですが、
普通高校の試合ではやらないですよね。
ですが花園では決勝戦のあとだけ行われるんです。
私らみんな知りませんでした。
風呂に入ったあと、ファンクションルームに集まり、高校生ですから紅茶にケーキとお菓子を食べて少し雑談をした後、大工大のキャプテンH瀬さん、(この人も大学でお世話になりました、後に平
さんと神鋼でチームメイトになります)の挨拶の後みなさん立ち上がって部歌を歌いました。かっこいい勇ましい部歌です。
続いてうちの番なんですが、伏見には部歌がなかったんです。今はどうか分かりませんが、今度聞いてみよう。
結局その場で何を歌うかごそごそ相談をして、先生の音頭で、たまに先生が歌っていた(ウェンシンカム)と発音する、(綴りも意味も判りません)イングランドの民謡みたいなの、歌の意味は、(あいつは、山を越えて俺の村にラグビーをやりにやって来る)なんかこんな感じの歌を、それこそできない英語でぼそぼそとぐずぐずでした。
あれは格好悪かった。
まだまだ伏見が新興チームだった証しでしょうね。
そんなこんなでグラウンドをあとにして宿舎に帰り、勝利の美酒ならぬ、勝利の美すき焼きパーティーで盛り上がりました。
次回はこの次の日の事。
