女川 史上最大の復興 -9ページ目

あめ細工変幻自在、笑顔の輪 女川

 東日本大震災で被災した女川町の仮設商店街「きぼうのかね商店街」で9日、あめ細工師の馬場さん(神戸市)がパフォーマンスを披露した。


 県内の被災地を励まそうと企画。集まった小学生ら25人を前に、音楽に合わせて熱した水あめを細長く延ばしたり、ストローで丸く膨らましたりして形作っていった。
 はさみで切り込み、食紅で顔や模様を描くなどして竜や金魚、鳥が完成すると子どもたちから歓声が上がった。女川小6年の須田君は「はさみの動かし方が細かくて、驚いた」と話した。
 馬場さんは阪神大震災で父を亡くした。自身の体験を踏まえ「被災地では、つらい思いを抱えている人はまだ多い。今後もあめ細工を通して笑顔を広げたい」と話した。

女川水産加工団地の共同排水施設が完成

 東日本大震災で被災した水産加工会社の再建を支えようと、女川町が水産加工団地に整備していた共同排水処理施設「フィッシャリーサポートおながわ」が完成し、稼働を始めた。団地内の各工場の排水を一括して処理する。水産加工会社の負担を減らすとともに、良好な漁場である女川湾の水質悪化を防ぐ。


 10日に現地であった落成式には、地元の水産業関係者ら約60人が出席した。
 須田善明町長は「環境を守りながら、地域全体で産業競争力を高めていきたい」とあいさつ。女川水産加工業協同組合の鈴木忠吉代表理事組合長は「水産加工のコストを下げられ、水質向上による印象アップにもつながる」と期待した。
 施設は敷地面積約4000平方メートル。排水処理槽や汚泥乾燥設備などを備える。処理能力は1日当たり最大2000立方メートルで、水産加工団地の共同排水処理施設では国内有数の規模という。排水は法律の規制値を下回るようにして放流。浄化の際に生じる汚泥は乾燥させ、肥料にして販売する。


 町は民間の資金やノウハウを活用するPFI方式で施設を整備。町内外の建設会社や水処理専門会社などでつくる特別目的会社「フィッシャリーサポートおながわ」が建設した。同社は維持管理・運営も担い、水産加工会社からの使用料で独立採算を目指す。
 施設を利用するのは女川魚市場を含む計14社で、今後増える可能性がある。

55年前ロケ 女川の記憶、映画で振り返る

 女川町で撮影された映画などを楽しむ「ふるさと女川 映像のつどい」(実行委員会主催)が5日、町総合体育館であった。会場には町民ら約400人が詰め掛け、東日本大震災で被災する前の古里の記憶を思い思いに振り返っていた。

◎津川雅彦さんや岩下志麻さんが出演

 上映されたのは、俳優の津川雅彦さんや岩下志麻さんが出演し、1961年に公開された「あの波の果てまで 完結編」。DVD化されていないため、松竹がフィルムを提供した。
 撮影は公開前年とみられ、当時の女川駅や商店街が登場すると客席から歓声が上がった。町民がエキストラとして出演しており、観客の中には祖父に肩車をされた子どものころの自分の姿を見つけた人もいた。
 捕鯨や水産加工で栄えた女川は当時、人口が2万近かった。震災で自宅が被災し、石巻市のみなし仮設住宅に住む無職女性(78)は「昔の街並みやにぎわいの様子など、何もかもが懐かしかった」と話した。
 実行委の担当者は「映画の撮影は数日間だけだったが、当時の女川には大ニュースだったと思う。震災後の新しいまちづくりとともに、これまでの町の記憶も大事にしていきたい」と話した。

<女川2号機審査>ベント装置の運用方法議論

 原子力規制委員会は7日、東北電力女川原発2号機(宮城県女川町、石巻市)の新規制基準適合性審査(安全審査)会合を開いた。重大事故時に放射性物質を減らした上で格納容器内の圧力を外に逃がすため、新設が義務付けられたフィルター付きベント(FB)装置の運用方法を議論した。
 東北電はFBを実施するタイミングを、冷却機能喪失、格納容器破損、炉心溶融といった事故シナリオごとに想定。FBは格納容器への外部注水量が限界に達した際、発電所長の判断で行うことになっており、実施は事故発生から55~73時間後になると報告した。
 FBを実施した場合、原子炉建屋屋上の排気管(地上36メートル)から排気されるため、従来の排気筒(地上160メートル)と比較した拡散想定も説明。規制委は、福島第1原発事故を踏まえ、FBの成否確認方法や失敗時の対策を求めた。

女川ポスター、仙台で展示会 14日まで

 東日本大震災で被災した女川町の商店などを応援しようと、クリエイターが制作したPRポスターの展示会が1日、仙台市青葉区の仙台三越で始まった。定禅寺通り館1階など3カ所で展示される。14日まで。
 コピーライターやデザイナーら約60人が手掛けた町内42企業・商店などのポスター約200点のうち、代表作44点を展示。ユニークなキャッチコピーやデザインが目を引き、買い物客らが見入っていた。
 名取市のダンス講師太斎直子さん(42)は「作り手の工夫と地元の人の力強さを感じた。復興を応援していきたい」と話した。
 ポスターは、河北新報社などの復興支援事業「今できることプロジェクト」の一環で制作。町内の仮設商店街「きぼうのかね商店街」などで展示されている。

女川原発2号機審査会合で竜巻対策を議論

 原子力規制委員会は31日、東北電力女川原発2号機(宮城県女川町、石巻市)の新規制基準への適合性審査会合を開き、竜巻対策を議論した。
 東北電は、14年9月とことし2月に実施した現地調査の結果から、竜巻で飛来物になりうる鉄パイプ、コンクリート板などの敷地内の資機材2000個を抽出。重要施設の安全性には影響がないことを説明した。

女川再生へ、高校生がアイデア披露

 女川町が東日本大震災で被災した中心部の再生始動を宣言した「まちびらき」後の課題をめぐり、若者の力を生かした解決策を探るシンポジウムが26日、同町の復興まちづくり情報交流館であった。にぎわいの創出に視点を当て、高校生がアイデアを披露した。


 町内の高校生がまちづくりを考える「女川向学館マイプロジェクト」で活動している石巻高1年の木村君(16)と鈴木君(16)が、プロジェクトのワークショップでまとめた提案を発表した。
 木村君は町内で学校以外に子どもが集える場所が少ない現状を踏まえ、「移動式駄菓子屋」で各地に交流空間を設けることを提唱。鈴木君は町外から人を呼び込む仕掛けとして、バンドなどが出演する「町民文化祭」の計画を説明した。町職員ら約20人の参加者は2人の提案を発展させるため、大人も関わって「できること」「やりたいこと」を具体的に話し合った。


 プロジェクトは2015年度、提案の実現を目指す。鈴木君は「普段は同年代の人たちでしか議論しない。大人の意見を聞き、これまで気付かなかったことも分かった」と話した。

人の輪かます! 女川中心部に交流施設オープン

 起業家や事業者、住民の共同利用スペースなどを備えた複合施設「女川フューチャーセンター・カマス」が28日、女川町中心部にオープンした。東日本大震災で被災、21日に再建開業したJR女川駅に隣接し、交流拠点として復興まちづくりに役立ててもらう。


 地元事業者を支援するNPO法人アスヘノキボウが町有地を借りて整備。プレハブとトレーラーハウスを組み合わせ、ウッドデッキでつないだ。「カマス」は町内外の人をかき混ぜるという狙いを込めた。
 約130平方メートルのプレハブはシェアオフィスと会議室があり、高速インターネット通信の環境を完備。利用は有料の会員登録が必要になる。トレーラーハウスは5部屋を設け、無料開放する。町の課題を専門家と住民が話し合う「フューチャーセッション」が4月から月1回開催される。
 オープン式典には関係者約60人が出席。アスヘノキボウの小松洋介代表理事(32)は「女川をどうしていくか、いろいろな人が考える場所にしたい」と話した。
 月曜から土曜まで午前9時~午後9時に利用できる。

女川原発・記録不備 東北電が再発防止策

 東北電力は24日、女川原発2号機(宮城県女川町、石巻市)で東日本大震災後の設備点検記録に4188件の不備が見つかった問題を受け、品質保証部門の人員増やチェック体制強化を盛り込んだ再発防止策を発表した。


 発電所内の業務担当部署と協力会社を横断的に管理するため、部長級の総括責任者を新設する。品質保証部門は1人増員し、業務の計画段階から担当部署に指導するほか、担当者の役割分担を明確化してチェック体制を強化する。
 記載ミスの実例を基にした教育プログラムも導入。本店の原子力考査室は原子力部門経験者1人を増員し、監査機能の強化を図る。
 今回の原因については、担当者約50人への聞き取り調査で(1)新たな業務の組織的連携と周知不足(2)管理手法の応用力不足-と分析。再発防止策は原子力規制委員会に報告した。不備を誘発した記録様式と管理ルールの改善は既に実施した。


 記者会見した増子次郎執行役員原子力部長は「品質保証の取り組みが弱かった。深く反省し再発防止に取り組む」と述べた。

<まちびらき>女川中心市街地、未来へ再出発

大勢の住民が復興の進展を喜び合い、祝福のくす玉が割られた「まちびらき」=21日午後0時ごろ、宮城県女川町のJR女川駅前歩行者広場

 巨大な津波にのみ込まれた中心市街地が、再生に確かな一歩を踏み出した。東日本大震災から4年。宮城県女川町は21日、JR石巻線の全線再開に合わせ記念式典「おながわ復興まちびらき」を開いた。まちづくりの本格始動を町内外にアピール。走り始めた列車に、未来に向けて再出発する思いを重ねた。


 式典会場となった女川駅と町営「女川温泉ゆぽっぽ」の併設施設前の駅前歩行者広場。竹下亘復興相ら約200人の来賓に加え大勢の住民が集まり、人影が薄れていた中心部は久しぶりににぎわいが戻った。
 「駅周辺はまだまだ造成中だが、4年かけてここまできた。一度は破壊された場所の再生を支えてくれた人々と共に喜び、明日からまた全力で復興に向かう」。須田善明町長は時折声を詰まらせながら、誓いを新たにした。
 住民も待望の日を迎えた。主婦半沢さんは「狭い仮設住宅で『つらいのは皆同じ』と自分に言い聞かせて頑張ってきた。ようやく町の復興を自分の目で見ることができた気がする」と涙ぐんだ。


 震災当時の町長で、町復興基本計画をまとめた安住宣孝さん(69)も式典に出席。「住民が気持ちを一つにして進んでいるのが女川の力強さ。決して簡単ではないが、今後は産業の活性化や雇用の場の確保も目指してほしい」と、次のステップに向かう町に期待を寄せた。