しんどい!けど楽しい♡アラフィフ母の子育て奮闘記 -3ページ目
ひーさしぶりのブログ。
息子(小2)のことを書きたい。
同じように悩んでる人が
きっと
世の中にたくさんいるだろうから
書きたい。
のだけれど
なかなか気力が出ない。。
でもひとつだけ。
これだけは
忘れないうちに書いておこうと思う。
いわゆるADHDな息子。
まだそれがハッキリわかっていなかった
去年
1年生の頃。
毎日のように
担任の先生から電話がかかってきていた。
謝ることしか出来ず
息子にはちゃんとするように
言うことしか出来ず
どうしたらいいのかわからず
私は今まで感じたことのないくらい
すごいストレスの中にいた。
毎晩泣いていた。
「一度授業を見にきませんか?」
先生にそう言われ
クラス全体の
授業サポートという形で学校に行った。
国語の時間。
息子は
大きな絵本を机に広げ
周りを気にすることなく
ずっと読んでいた。
算数の時間。
息子は
黙々と折り紙をしている。
それを注意されると
床に座り込んでいた。
私は
結構な衝撃を受けながら
でも
3日くらい行ったところで
ものすごく
腹が座っていく自分を感じていた。
「真実を知る」
というのは怖いけれど
でも
やっぱり知らないより断然
楽になる。
そこから
先生と協力しながら
ひとつひとつ
息子に対応していった。
下の娘を夫に見ててもらえる1時間目だけは
出来る限り
サポートに行った。
息子のような子が
同じクラスに5人くらいいて
さすがのベテランの先生も
かなり精神的にやられてしまい
どうやらその頃に
毎日電話がかかってきていたらしい。
後になってそのことを知った。
先生も病んでいたのだ。
その為に
保護者が任意で
授業サポートに入ることになった。
最終的には
学年の半分くらいの保護者が
参加していたらしい。
そんな中でのある日の保護者会。
ひとりひとり
自分の子供のことや
授業サポートに入って感じたことなどを
話していった。
最初は和やかな感じだったけれど
あるお母さんのところで
空気は一変した。
「何度か授業サポートに入ったんですが…
数人
少し問題のあるお子さんがいますよね?
そのお子さんたちの親御さんは
どのくらい
授業サポートに入ってるんですか?
私たちには誰がサポートに入ってるのか
名前がわからないので
それを教えてもらう機会をもらえたらなあと。
どれくらい
お子さんと向き合っていらっしゃるのか
知りたいんです。」
私は
下を向いたまま
顔を上げれなかった。
明らかに
その数人に入っているからだ。
『先生は何て答えるんだろう。。』
少し期待をしたけれど
先生は
当たり障りない感じで答え
もやもやとしたまま話を終わらせた。
私は固まったままでいた。
なんとも言えない空気のまま
最後まで
ひとりひとり話をしていった。
全員が話し終えたところで
あるお母さんが
「ちょっといいですか?」
と手をあげた。
PTA会長さんだった。
会長さんは
自分の子どもは一年生には
いないにも関わらず
よく授業サポートに
入ってくれていた。
立ち上がって話し出した。
「私もサポートに入っていて、
どう対応していいのかわからなかったり
大変だなと思うことがあります。
けれど
私がそう思うのは
サポートに入ってる時だけです。
その子の親御さんは
ずっとなんです。
ずーっと大変な思いをされてるんです。
だから
みんなでサポートするんですよね?
授業サポートがあるんですよね?
これからの時代
繊細な子は増えてくと思うんです。
だから
自分の子とか他人の子とかじゃなくて
みんなで子どもたちを育てていく
そういう意識を
持たないといけないと思うんです。
差別するのはやめましょうよ。
それに
今は自分の子どもは
特に問題がないかもしれない。
でもこの先
いつどんな風に変わるかわからない。
誰かにお世話になるかもしれない。
だから
他人事じゃなくて
相手の身になって考えたいと
私は思うんです。」
私は
涙が止まらなかった。
今こうやって書いていても
涙が出てくる。
会長さんかっこよすぎる。
私はものすごく救われて
それまでの数ヶ月の闇が
一気に明るくなったような気がした。
そして保護者会は終わった。
私も以前は
自分の子どもが発達障害であるとか
認めるのがとても恐ろしかった。
認めたくなかった。
けれど今は
なんとも思わない。
わかりやすいかなとADHDと書いてるけれど
正直
発達障害かどうかなんて
どうだっていい。
その子がどういう子で
どんな風にしてあげるといいのか
考えることはそれで
それって
ただただ普通の
子育てだなーと思うから。
今本当に思うのは
もっと早く
息子の多動に悩み出した2歳の頃に
気軽にサポートを受けてれば良かったなー
ということ。
息子にとってももちろんだけれど
私にとっても
絶対その方が
楽になれていただろうなと思うから。
今小さい子を育てていて悩んでる親御さんは
どんどんサポートを受けてほしい。
どんどん人の手を借りてほしい。
その方が絶対に楽になれるから。
子どもをかわいいと思えるから。
会長さんが言っていたように
本当に
みんなで子育てが出来る
優しい世の中になってほしいと
心から思う。
まずは
自分から。
娘1歳9ヶ月は
34週6日(妊娠9ヶ月)で
早産で生まれてきました。
早産で生まれてしまう原因は
なかなかはっきりは
わからないそうです。
私の場合
息子6歳も
早産ではありませんでしたが
37週4日(妊娠10ヶ月)と
だいぶ早い方で
生まれてきました。
なので
娘が早産で生まれ
助産師さんには
「早産体質なのかもしれないねー」
と言われました。
39歳という高齢も
関係していたのかもしれません。
息子の時(当時34歳)と比べ
妊娠中なんだかずっと
身体がしんどかったので。。
2人目での早産だったので
そこまで自分を責める。。
ようなことはありませんでしたが
それでも少し
後悔したことがあります。
妊娠9ヶ月の頃です。
年末の大掃除を
少しずつしていて
「窓拭きだけはお願いー
年内にお願いー」
と
11月から夫にお願いしていました。
けれど結局年末になっても
やる気配がなく。。
イライラした私は
その勢いのまま
家中の窓拭きを
しまくってしまいました

マンション1階に住んでるので
寒空の下外からも
背伸びとかしながら
ごりごり拭いてしまいました

その1週間後
突然の破水をして
早産での出産になってしまいました。。
窓拭きが原因かはわかりませんが
39歳の高齢妊婦が
そんな無理を
してはいけなかったなと
反省しています

しかししかし
私は不思議と
焦っていたのです。
予定日は
2月12日だったのに
前の年の年内に
掃除も
赤ちゃん準備も
入院準備も
全て終わらせておかないと!!
と
なぜだかとても
焦っていました。
たぶん
『予感』
を
していたんじゃないかと
思うのです。
まだ妊娠30週くらい
(妊娠8ヶ月)の頃。
息子の幼稚園にいる時に
それまで一度も話したことがなく
顔も知らなかった
息子よりひとつ下の男の子のママさんと
ふと
話したことがありました。
ママさん「今何ヶ月なんですかー?」
私「8ヶ月ですー」
ママさん「そうなんですねー

お腹おっきいですね

私ひとり息子産んだ時
早産だったんですよー。
34週で
突然破水してしまってー。
高齢ってこともあったと思うんですけど
ほんと気をつけてくださいね〜」
私「それは大変でしたね〜。
34週なんて
私もうすぐですよ〜

怖い〜
ほんと気をつけます!」
たったそれだけの会話でした。
それ以降も
そのママさんと話すことはなく
もう顔も覚えていません。
その時は特に
気にしていませんでしたが
なぜか
『34週』
というのが
ずーっと頭の中にありました。
だからかわかりませんが
とにかく私は
焦っていました。
なので本当に年内に
全てを終わらせていたのです!
夫にも
「もう赤ちゃんの準備万端だよ」
と話していました。
そして年が明けた
1月7日。
突然の破水からの
早産での出産となったのです。
34週6日でした。
もう入院準備もばっちりだったので
夫にそのバッグを持ってきてもらい
そこからすぐの
出産でした。
早産だったので
不安や大変なこともありましたが
でも
それでも
落ち着いて赤ちゃんと向き合えたのは
いろいろな意味で
準備万端だったからだと
思うのです。
いろいろな考え方があると思いますが
私は
そのたった一度だけ話したママさんが
というよりも
そのママさんを通して
私を守ってくれている誰かが
教えてくれたんじゃないかと
思っています。
誰かを通して教えてくれるって
実は結構
あるんじゃないかと思います。
特に妊娠中て
そういう力が強くなってるので
不思議なことが多いですよね。
私は1人目の時の方が
多かったです。
以前書いたので
良かったら読んでみてください。
満月のせいか

一気にぶわーっと書いたら
だいぶ長くなってしまった

読んでいただき
くまさんのおむつ替え

こういうところ女の子だなー
息子はしなかったー
の続きです。
先月
娘1歳8ヶ月の
市の保健センターでの
1歳半健診に行ってきました☆
私
すっっかり忘れていましたが
ここでも発達検査がありました

息子の時(5年前)は確か
保健センターだけだったと思うのですが…
最近は発達障害に敏感になってるようで
病院と保健センター
両方で発達検査をするんだよ
というのを以前ママ友から聞いたことを忘れ
歯科健診だけだと思っていました

前日夜に気がついて
あ、やばい。。と。。。
娘を連れて
朝一で保健センターへ。
きっとまた泣いて
何にも出来ないまま終わるんだろうな。。
保健センターだから
療育すすめられるのかな。。
ぶつぶつ考えながら
順番を待っていました。
名前を呼ばれ
助産師さん?の前に座ると
まさかの人見知りな娘が
とっても優しい雰囲気の
とってもかわいい方だったからかな。。
最初は照れて
なかなかテストをやりませんでしたが
しばらくすると
積み木を積み
クレヨンで書き書きして
最後の指差しも
ばっちりでした☆
母びっくり!
家でやったよりも
出来てるやん!

その後の歯科健診は泣いてましたが
むしろ泣いて口が開いてるので
磨きやすかったです(笑)
たぶん
最初の病院での健診のように
身体測定はなかったので
服を脱いだりがなかったのが
良かったのかもしれません。
いつも病院に行くと
服を脱がした途端
号泣するので

ということで
1歳半健診は無事に終了しました〜

ホッとしました。。。
なぜに
『健診』で
私がドキドキしてしまうかと言うと
昨年
息子6歳の就学前健診で
言葉は悪いですが
ひっかかり。。
その後いろいろ大変だったので
(今も引き続き。。)
どうもそれが
トラウマのようになっております。。
そのことも
そのうち書ければと思いますが
今現在もまだいろいろあるので

なかなか書く気力がありません(笑)
でもでも
そのうち書きたいな〜
と思います。
読んでいただき
ありがとうございました

すかさず色えんぴつ入れにする人。
やめて(笑)
もしかしたら
普通〜のことなのかも
しれませんが。。
最近歩くの大好きな娘1歳8ヶ月が
外でもスーパーでも
ちゃーんと
近くを歩いていることに
日々感動しております!✨

息子6歳は3歳くらいまで
地面に下ろした途端!
走り去っていたので

カートに乗せるか
ベビーカーに乗せるか
それを嫌がるようになってからは
本当に大変でした。。
何度となく見失い

気がついたら
お惣菜のコロッケを
持ってたこともあったな。。

なので
地面におろしても
遠くにいかない娘に
驚きとともに
感動しております!

その代わり
息子とは違い
すぐに
「がっこ〜!(抱っこ)」
にはなりますが

まだ10kgくらいなので
今のところは大丈夫な感じです

最近涼しくなってきて
公園日和

お散歩日和

なので
家族でてくてく歩いていると
ただそれだけで
幸せだな〜と感じます

(その時も密かに
一緒に歩く娘に感動!

↑しつこい)
家の目の前が
でっかいサンドラッグ
(食料品も売ってて便利過ぎる

)
なので
娘とてくてく歩いて買い物に行くのが
最近の楽しみになっている
私なのでした。
読んでいただき
ありがとうございました

シャボン玉してるつもりな妹。
年の差5歳。
4年前。
まだ息子が3歳の頃
幼稚園に入る直前。
2人でいつもの公園で遊んでいると
そこに
双子の男の子とママがやってきた。
私の息子も
常に動き続けていて
かなりやんちゃな方だったけれど
その双子の男の子たちも
だいぶやんちゃな感じだった。
同じ場所で遊んでいたので
なんとなく
話しかけずにはいられなくなり
そのママに
話しかけた。
「双子ちゃんなんですね。
男の子2人なんて
ママ本当にお疲れ様です!

」
するとそのママが言った。
「いやーほんとに…
ほんとに最近なんです。
こうやって私ひとりで
2人連れて
公園に来れるようになったの。
何度かチャレンジしたんですけど
無理で…
だから生まれてから3年間
この子たち
ほとんど家にいたんです。」
私はそれを聞いただけで
すでに
泣きそうだった。
「そうなんですか。。
ママも。。
ママも
大変でしたね。
ご両親とかは
近くではないんですか?」
と聞くと
「どちらの親も遠くて…
だから夫が休みの日だけ
公園に来てました。」
と言った。
「私
息子ひとりでも
本当にしんどい時があって。。
それが2人なんて
私も
外には出れなかったと思います。
でもずっと子どもと家にいるのも
しんどいですよね。。」
私がそう言うと
「もうほんとに…
ほんとに…
何度…
何度
息子の首に…
手をかけてしまいそうになったか…
ずっとギリギリでした…」
そう言って
そのママは
涙を流した。
私も堪えていた涙が
一気に溢れた。
「わかりますと言っていいか
わからないけど
でも
わかります。。
本当に
ママがんばりましたね。。
すごいです
本当に。。」
そう言って
しばらく2人で
泣いていた。
「来月からやっと
保育園が決まったんですけど
ずっと外に出してあげなかったから
やっていけるのかが
すごく不安で…」
そのママがそう話し始めた時
息子が別の場所へ走って行ったため
私も追いかけ
そのママとは
それ以上話せなかった。
帰りがけ
公園の入り口近くで
息子にアイスを食べさせていた。
すると少し離れたところで
さっきのママも
男の子2人に
アイスを食べさせていた。
どうしても最後に
何か声をかけたくて
そのママたちのところへ
近づいて行った。
何て言おう…
何て言おう…
悩んで
絞り出た言葉が
「お互い
子育てがんばりましょうね!
また会いましょう!」
我ながら
なんてセンスのない言葉…
自分にがっかりした…
「あ、はい!
また会いましょうね!」
そのママも
少し戸惑いながら
答えていたような気がする。。
『最後
意識しすぎて
おかしな感じになってしまった…
連絡先とか聞けば良かったな…』
ママチャリを漕ぎながら
ずっとブツブツ
後悔していた。。
普段公園で
知らないママと軽く話すことはあっても
2人で泣いてしまう。。
というのは初めてだったので
完全に戸惑っていた。
『でもなんか
少しだけでも
話せて良かった。。
一緒に泣けて
良かった。。』
そのママがどうだったかは
わからないけれど
私はとても
救われた気持ちだった。
あれから4年たち
今でもふと
そのママのことを
思い出す。
元気にしてますか?
子どもたちみんな
1年生になりましたね


