親子間での感情の交流が苦手だったら
わたしは、母が大好きです。
ずっと、小さな頃から好きです。
わたしの娘、3姉妹達も
小4、小6、中2になった今でも、
わたしに
「お母さん、大好きだよ」
と、言ってくれます。
嬉しいことです。
しかし、数年前までのわたしは、
素直に「母が大好き」とは、言えませんでした。
わたしが感じている感情を母に伝えようとすると、
言葉にならず、
涙がポロポロ出てしまう。
数年前、まだ、その頃小学生だった3姉妹は、
「お母さんってさ、バアバに何か言うと、泣いちゃうよね」
と言いました。
母からは、
「あんたが泣くと『バアバがお母さんを泣かせる』って思われるから、泣かないでよ」
と言われました。
このやり取りに、
学校に行けない小6の次女とのやり取りの間の、
課題がありそうだな、と感じています。
さて、わたしは幼少期から、
「母と感情の交流をする経験」を、あまり積んでいません。
思い返すと、
母とのやり取りの中で、感情に触れることは、
「タブー」だったように思います。
母のことを少し説明すると、
母は生まれてすぐ、養子に出されました。
産みの母(わたしの血のつながっている祖母)も、
育ての母(わたしと血の繋がっていない祖母)も、
養子や里子に出され、育ちました。
わたしは、「お母さん」に縁が薄い家系で育ちました。
だから、
母とわたしは、3世代で初の「血のつながった母娘」でした。
経験上、
「お母さん」と「娘」の自然なやり取りは、
きっと、肌や、声や、一緒に居る時間などで、
無意識に受け継がれるような気がしています。
母は、幼少期に
「お母さんのぬくもり」
を感じる機会が少ない環境に育ちました。
苦しいとき、悲しいとき、不安なとき、寂しいとき、
「お母さんのぬくもり」を与えてくれる人がいない。
そんなとき、小さな子どもは、どんな感情になるのでしょう?
その感情は、わたしには計り知れません。
でも、
母は、感情を押し殺して生きぬいてきたんだろうな、
ということはわかります。
それは、母と、わたしの子ども時代の思い出から。
わたしは、ある日、母に
「お母さん、可哀そうだったね」
と言いました。
すると母は、
「わたしを可哀そうって言わないで!」
と、感情を荒げたのです。
また他の日に、
「きっと、お母さんは、悪くないと思うよ」
と言いました。
すると、
「あんたに何がわかるの!ほおっておいて!」
と、言われました。
多分、わたしが、小学生の低学年頃だったと思います。
こういうことを、わたしが子ども時代、
何度も何度も繰り返していたと思います。
わたしは、元気のない母を、
ただ元気づけたい、それだけでした。
子どもなりに、知っている言葉で、
母に寄り添いたいと思ったのだと思います。
でも、それがうまくいかない。
寄り添おうと近づくと、跳ね返されり、怒られてしまう。
わたしは、それを繰り返し、気がついていきます。
「ああそうか、お母さんの感情に近づくより、
お母さんが喜びそうなことを言ったほうが、元気になるな」
ってことに。
たとえば、
お母さんが文句をいえば、それに合わせて一緒に文句を言う。
自分の感想など、いらないのです。
たまたま、感情に触れる言葉を言ってしまったら、
「あんたに何がわかるの!」
「ほっといて!」
「もう、かかわらないで」
「じゃあね」
と、拒絶されてしまいました。
その拒絶は、子ども心に無力感を感じていたと思います。
そんな無力感を感じるより、
母とのやり取りの中で、感情を捨てた方が、
母とうまく付き合えることを学んでいくわけです。
そうやって、25年間、母と一緒に暮らしてきました。
26歳になるとき、家を出て、一人暮らしを始め、
母との「共依存」を意識しながらもぬけられず、
物理的な距離を取るわけです。
物凄い重さの罪悪感を感じながら。
「寂しいお母さんを捨ててしまった」
「悲しいお母さんの近くにいてあげられない」
「自分の人生を選んでしまった」
「一人だけ、幸せになってしまう」
こんな思いをいつでも持っていました。
だから、人の役に立つように生きようと頑張るわけです。
母を見捨ててしまった理由が欲しいから。
しかし、距離はとっても、
「お母さん」と「娘」のやり取りのルールは変わりません。
「お母さん」と「娘」は、
子どもが、お母さんの気に入るように生きることがいいことだ、
自分も傷つかないし、お母さんも笑顔になるし最高ジャン!と、
自分なりの成功?法則を見つけたのです。
さて、娘が生まれます。
神様の計らいか、3人も生まれます。
一人一人が個性的で、素敵な我が娘です。
でも、恐いことに、
自分が見つけ出した成功法則、
「お母さん」と「娘」のルールを娘達に望むのです。
つまり、
「娘たるものは、お母さんを喜ばせる人生を生きる」
そのことを、3姉妹に求めてしまうのです。
はじめは、3人に求めていました。
しかし、長女は、全然いうことをきかず、走り回ったり、
何時間も泣いたり、食べ物も好き嫌いが激しい育てるだけで
大変な子どもでした。
ルールを求めるどころではありませんでした。
三女は、末っ子の可愛さもあり、ルールを求めませんでした。
でも、次女は、違いました。
小さな頃からいい子。
下の子の面倒を見てくれました。
走り回るお姉ちゃんに対しても、
お姉ちゃんが迷子にならないよう一生懸命走ってついていき、
わたしに居場所を教えてくれました。
小学校に入学してからも、成績優秀で、
6年生になってからは、
児童会長、運動会の応援団長。
バレーボールはでは、地区選抜選手に。
友達ともうまくやり、わたしにも優しい。
「この子は、やってくれる!」
と、わたしは、無意識に思ってしまったのでしょう。
きっと、次女に
「わたしを喜ばせて!」
と、望んでしまったのだと思います。
「娘ってのは、お母さんを喜ばせるものだから」
って。
これは、次女が
「学校に行けない」
って行動を示してくれて、
やっと、
やっと、
意識上に、上がってきたことなのです。
でも、学校に行き渋っていた頃は、
次女に腹を立てながら、
「どうして、お母さん(であるわたし)を困らせるの!」
と、責めていました。
本当に、次女に申し訳ない思いです。
多分、わたし自身、
幼少期に母の感情にうまく寄り添うことができなかったことが、
とっても、とっても、
悲しかったんだと思います。
だから、大人になって、
自分の感情を母に伝えようと思っても、
言葉にならなくって、上手く伝えられない。
涙になってしまう。
また、傷つくんじゃないか、
また、わたしの言葉がお母さんを悲しませるんじゃないか、
そう思うと、何も話せなくなってしまうのです。
でも、次女も一緒なんです。
何も言わず、わたしの前でポロポロ泣くのです。
わたしと、同じように。
ここ数年間、何度も母と話し合いました。
母はわたしに向かって、
「ごめんね」
「気が付けなかった」
と、何度も言ってくれました。
だから、わたしの中の悲しみは、
少しずつ癒されています。
母は、母のお母さんに謝ってもらっていません。
わたしは、謝ってもらえている。
前に進んでいると思います。
それでも、
次の世代である次女には、
悲しみや寂しさをつないでしまっている現実があるのです。
お母さんへ
大きくなってから、反抗しちゃってごめんね。
お母さんの方が環境的に、
わたしより100倍以上つらかったと思う。
今頃、昔のことを責めちゃってごめんね。
きっと、話を聞いてるだけで苦しいハズだよね。
それなのに、精一杯、わたしの話を聞いてくれてありがとう。
心から感謝しています。
次女ちゃんへ
感情を上手く伝えられないわたしに、
いつも寄り添ってくれてありがとう。
お母さんは、自分なりに頑張ってるけど、
感覚がマヒしてて、気づけないことがいっぱいあるの。
ごめんね。
父さん(夫)に助けてもらいながら、
少しずつ、気づいていけるようになるからね。
待っててね。
もし、親子間での感情の交流が苦手だったら、
「感情の交流が、わたしは、苦手だ」
って、気づけるといいなって思う。
苦手になっちゃった背景には、
きっといろんな物語があると思う。
その物語を、時間をかけて、
誰かに助けてもらいながら紐解いていけたらいいのかな、
って思う。
今のわたしは、そう思って、
母と次女と、夫に助けてもらいながら、
負の連鎖を乗り越えられるようチャレンジしています。
5歳の頃の次女。
朝一番、裏で作っている野菜を取るのを手伝ってくれたね。
いつも、お父さんとお母さんを助けてくれてありがとうね。
この休校は、貴重な時間です
次女がここ数ヶ月、学校に行ったり、行かなかったり。
秋から行き渋りが始まり、1月後半は休み。
2月は一週間、遅刻して行き、一週間休む。
そんな日々でした。
次女本人は朝に、
「学校に行けない、無理」
と、わたしに思いを伝えます。
そして、学校を休むのです。
学校を休んでいるのって、
楽しているように思う人もいるみたい。
だけど、次女の様子は違います。
学校を休んでいるから、楽!ってわけでは全然ありません。
毎日、学校が終わる時間が来るまで緊張していて、
みんなが下校してくる姿を見ると、
「今日も学校が終わった」
と、少し元気を取り戻す日々を過ごしていました。
さて、新型コロナウイルスによって、
急に浜松市の学校は休校になりました。
全校児童が「学校に行かない」ようになったのです。
それからの日々は、
3姉妹(中2、小6、小4)で、遊ぶ日々。
わたしも市町村からご依頼をいただいたお仕事はお休みになりました。
育児中心だった、数年前の時期のような、
子どもたちがまだ学校に行く前の時間に戻ったような、
温かな気持ちで、このお休みの時間を過ごしています。
例えば、
3姉妹と一緒に、お花を植える。
3姉妹と一緒に、バレーボールや野球をして遊ぶ。
3姉妹と一緒に、映画をみる。
わたしが、居ない時は、
3姉妹で、クッキーを作る。
3姉妹で、音楽を聴き、ハモリながら歌う。
3姉妹で、youtubeをみて、笑っている。
そういう、何気ない時間を過ごしています。
そしてこの時間は、わたしにとって、
罪悪感も、焦燥感もない時間になっています。
学校に行かないで、ゆっくり過ごすことを、許される時間。
誰の目も気にすることなく、のんびり過ごすことができる時間。
こういう時間を感じたのは、本当に久しぶりです。
学校に行くことがいいことで、
行かないことが、悪いこと。
そんな自分の思い込みに、悩んでいた日々。
子ども達全員が学校に行かなくなって、
「それは(わたしの思い込み)、本当ですか?」
と自分に問いかけることが、できるようになりました。
もし次女が、
自分の気持ちを押し殺して、
周りの期待に応えて、
頑張って、
頑張って学校に行き続けていたとしたら。
もし、そうしていたとしたら、どうなっていたのかな。
きっと、次女の心は、壊れてしまったかもしれない。
壊れかけているとわかっているのに、
使い続けていると、
物だって、本格的に壊れてしまいます。
壊さないようにするためには、
休みを取ったり、時には修理も必要になります。
子どもとの関わりにおける修理は、
「お母さんのあり方」が注目されると思います。
「子どもにとって、いい関わりができていますか?」
「ちゃんと寝て、ちゃんとご飯を食べさせてますか?」
「子どもの話は聞いてあげてますか?」
学校では、そんなことを聞かれます。
カウンセラーの方には、
「お母さん、自分の性格や生活に、気になることはありませんか?」
「家族関係は、問題ありませんか?」
「お父さんと、お母さんは喧嘩ばかりしていませんか?」
「家庭が安心、安全の場になっていますか?」
「経済的に問題はありませんか?」
「周囲の人との関係性はうまくいっていますか?」
など、聞いてくれます。
「子どもが学校に行かないこと」を改善するための質問の中には、
「その時、母は何をしていたのか?」
を問われるのです。
そして、子どもが学校に行けるようになるために、
お母さんが適切な行動ができるか、
子育てを諦めていないか、
手を抜いていないか、
変わろうとしているのかを
求められるように感じたのです。
そして、わたしは、ここ数ヶ月、
自分の今までの子育ての仕方を悔やんだり、
性格を治そうと試みたり、
いろんな講座を探したり、
カウンセリングを受けたり、
夫と喧嘩になったりしながらも、
「わたしが変わっていけば、学校に行けるようになる!」
と、自分ができることを自分なりに頑張ってみました。
すごく、苦しい時間でした。
「早く、わたしが変わらなくっちゃ!」
「わたしが、変われば、卒業式も出られるかもしれない」
そんな期待を持って、日々頑張るのは、疲れます。
でも、多分、次女の望むことは違うのです。
いろんな複雑な気持ちはあるから、
違うかもしれないけど、次女がわたし自身に言ったただ言葉は一つです。
「お母さん、そのままでいいよ。でも、わたし(次女)に優しくして欲しい」
わたしに性格を変えて欲しいんじゃなくって、
次女への対応の仕方を変えて欲しい。
「この、学校に行けないわたし(次女)」
をただ受け入れて欲しかったんだと思うのです。
わたしが変わろうとしたのは、わたしの目的を果たすためでした。
「学校に行かせるため」
だったり、
「子どもがいい子になるため」
だったり、
「このままじゃ、子どもがダメになるから」
だったり。
暗に学校に行くよう、今の生活を変えるよう、
「変わること」を強要されている次女は、
ずっと苦しいままだったんだ!
と気づいたのです。
親の理想通りの子どもに育てるための努力、
それは惜しみなくできるわたし。
そうじゃなくって、
わたしの理想の娘像じゃなくってもいいよ、
学校に行かないって、世間から批判を受けても、
学校から指摘をされても、
「中学校はこんな風にしていたら、まずいですよ」
って言われても、
いつでも味方でいることが、
次女の望む、わたしの姿なのかもしれない。
だから、わたしは、変わろうとする方向が間違っていたと思う。
わたしは、わたし。
あなたは、あなた。
それぞれのあり方を、次女は受け入れてくれている。
わたしも、受け入れられるようになっていきたい。
そのためには、
お母さん自身の、
わたし自身の、
自分に対する許しや癒しの時間を持つこと。
休憩もok、
自由な気持ちを表現してもok、
リラックスして、
楽な時間を持つことを育てていくことが
大切なように感じている。
自分に許せたことは、
きっと、子どもにも許せるから。
「あなたが選んだことを、わたしは信頼するよ」
こう言ってあげられるわたしになりたい。
小6になっている彼女は、
もう一人の人として、十分、自分の意思を持っているんだから。
子どもの行動は、親への新しい気づきのプレゼント。
そのプレゼントは、素晴らしい未来につながっていると思う。
県大会で、サーブする次女。
バレーボールが大好き。地区選抜の練習は休まず参加できました🤗
【感情の次女で、行動のわたし、だと思い込んでいた】
以前、11月頃、FBに学校へ行きたくないという娘の話を書きました。
FBに投稿のコメント欄には、
「家族間で、話が出来るっていいね」
とあり、
「家族で話せるって、貴重なことなんだな」
と、改めて思ったのです。
その後も、娘は、「学校に行きたくない」が続くわけです。
11月当時のわたしは
「また~行きたくないの!どうして??」
と、気持は凹み続けていました。
夫は、いつもゆっくり娘の話を聞きます。
偉いなっ旦那様、って、思います。
「学校行け!」
って怒っちゃうのは、
お父さんの方が多いって聞くので。
さて、11月頃まで、遅刻しても、娘は2時間目から登校できていました。
その娘が、学校から帰ってきました。
帰ってきたばかりの娘は、とても元気なのです。
FBのコメントを思い出し、
「家族間で話せることが強みなら、直接、本人に気持を聞いてみよう!元気な今のタイミングが、丁度いいな」
と思い、娘にたずねました。(まだ、11月頃。このときは、全然気づけなかった!)
「ねえどうして、学校に行きたくないのかな?」
こう、わたしは聞きました。すると娘は、
「学校は、全然嫌じゃないよ」
という、思ってもみない、意外な答えが返ってきたのです。
思い返せば、
「そう言われれば、そうかもしれないな」
ってことがありました。
遅刻して学校に着く。
すると、友達がバッーと寄ってきて
「どうしたの?」
「大丈夫~」
「待ってたよ~」
「いらっしゃーい」
と娘を取り囲む。
遅れて来たことを責められず、
みんなに、受け入れられている様子でした。
続けて娘に聞きます。
「じゃ、何が嫌なの?」
すると、なんと、
「お母さんが、優しくない」
という返答でした。
「どういうこと?」
と、思ってもみない返答に、反射的に強い口調で答えてしまうわたし。
え?嫌なのは、学校じゃないの?と思って。
娘は続けて、
「お母さんが、怒っちゃうから」
というのです。
え?わたしが怒るから?
ますます受け入れられないわたし。
「わたしの、せい???」
って。
わたしは
「学校行きたくない」
「学校を休む」
ってダメなことだと思っていたんです。
「勉強、給食費、日常のリズムがくるう。
わたしの自由な時間がなくなる、、、」
お母さんの生活リズムを、娘に合わせないと
いけなくなるので「困るな~」って、思ったんです。
心の中で、
「学校っていくものでしょ!行きなさいよ~。行かないと近所やママ達に色んなことを言われそうだよ~、それも嫌なの。ねえ、普通でいて!」
と、思っていました。
だから、不安と、焦りで、
娘を責める気持ちがムクムクとわいてきます。
学校は行くもんだ!
というわたしの正義。
「そういうもんだ」って思い込んじゃってることって、なかなか手放せませんね💦
なんで?
どうして?
と、質問という名の否定で、娘を受け入れず、責め続けたわたし。
途中、娘の反応をみると、娘が、落ち込んでいます。
「あれ?このやり方は違うみたい。なんか不味い感じがする」
と気づいたんです。
それで、わたしは、反応を変えてみました。
「どうしたらいい?」
こう、娘に聞いてみました。
(今までは即爆発!娘は辛かったよね😢)
娘はこう答えたんです。
「眠いのにねぇ~、起きて偉いね~、とか、そう言ってほしい」
って。
「え?小さい子のように扱っていいの?」
とわたしが言うと、娘が、
「気持ちを聞いてほしい。ほめてほしい」
と続けます。
当時のわたしは、心の中で
「だって、朝起きるのって当たり前だよね~。
朝辛いけど、そこを頑張るんじゃん!」
と思っていたんです。
ずーーーっと、頑張り屋のわたしで、生きてきたから。
さらに続けて娘が、
「無理やり、起こすとか、やらないでほしい」
と、頼みごとを言いました。
当時のわたしは「ムムム」って思いがわいてきたんです。
なんで?
自分でやれないからじゃん!
起こしてあげてるんじゃん!
って。
けど、
気持ちとは裏腹でも、
わたしはこう答えました。
「わかった。じゃ、気持ちに寄り添えばいいんだよね。やってみる」
と。
そして「翌朝は怒らない」と。
さあ、次の日。
やっぱり、娘が起きてこられません。
前日の約束を思い出し、娘に
「眠いよね。身体が起き上がれなくって、つらいよね」
と声をかけます。
「うん」
と、小さな子どものように、布団の中で頷く娘。
わたしの心の中は、焦りで一杯。
「今日も、遅れちゃうな~」
と思いました。
でも、
「本人に、まかせよう」
と、腹もくくりました。
すると、
面白いことが起こりました。
いつもは優しい夫が
「ほら、起きて、起きて!」
と急かし始めたのです。
わたしが行動を変えたことで、
夫の行動が変わったのです。
家族の中のパワーバランスってあるんだなって気づきます。ビックリしました。
しばらくして、起きてきた娘。
「お父さん、嫌だ」
とすねています。
ここで、お父さんを擁護してしまうような正論をいってしまっては、元の木阿弥です。
「お母さん、何かできることあるかな?」
と娘に聞いてみると、
「トレーナーを取ってほしい」
と、頼まれました。
え?自分で取れるよね、
と一瞬、思うわたし。
でも、そこは、前日の約束があるので
「どこにあるかな?取りにいってくるよ」
と、2階にあがり、探し、娘まで届けました。
「ありがとう」
と、娘が言います。
それから、朝食を食べ始め、
着替えをし、通学班の集合時間になってしまいました。
準備が間に合いません。
遅れて車で学校まで送りました。
さあ、ここまで読んだ感想はいかがでしょう?
「親が、甘すぎる!!!」
と、これを書いていた11月当時のわたしは、思っていました。
そこまで、親がやるの?
って。
どうして、親を困らせるのかな?
って。
親に迷惑をかけないで!
親に感謝して!
それができないの?
って、
恥ずかしながら、娘のせいにしてきたのです。
この日は、学校に行くまでの時間、
わたしは、行動を指摘するのではなく、
感情に寄り添うように努力してみました。
でも、こういうのは、本音じゃないって、
すぐ娘に見抜かれますねえ😅
さて、わたし自身は、
「感じる」前に、「動く」方が得意なタイプで。
「困った、嫌だ、どうしよう~」って、
心の中で思っていても、
「つらくっても、やってしまえば、やっちゃえば、いつか終わるから。とにかく行動しよう」
と、自分にムチ打って、生きてきました。
でも、娘は違うんですよね。
やることより、辛さの方が優先、と思ってきたのです。
でも、違いました。
娘は、感情を感じているのに、
無理してきたんだと思います。
本来は「感情」がメインの娘なんですよね、きっと。
でも、それをずーーーっと我慢してきたんだと思います。
表現すれば、鬼ババお母さん(わたしね💦)に
「学校、行け!」って、怒られるんですから。
娘の学校に行き渋る行動が、感情に寄り添うチャンスをくれました。
行動重視で、感情二の次。
そうやって生きてきた自分を、
自分自身を俯瞰的にみて、
できれば、そういう自分も
許して、受け入れていくことで、
わたし自身が、
やっと、
本当にやっと、
自分の感情につながれる気がしています。
「甘えるな」
「自分で動け」
「ズルい!」
「卑怯者!」
「根性出せ」
と、感情を感じる前に
自分を叱咤激励?
罵倒するような?
わたしの中のわたしが、います。。
こういう言葉を、
いつも自分にかけてきたのかな、と気づきます。
わたし、つらかっただろうな~って、思うのです。
「助けて」
「苦しい」
「怖い」
「自信がない」
「つらい」
「逃げ出したい」
こういう気持ちだって、
本当はいつも感じているよね、って思うのです。
それを、娘は、からだをはって、
全身で体現してくれているんです。
「弱くたっていい、嫌なことがあってもいい、自分の感じていることは、本当に愛しいことだよ」
って。
この事実を受け入れていくことができたら、
本当の意味で「娘をサポートする行動」なのかもしれません。
娘の表現に、イラッとした気持ちをもったら、
「それは本当ですか?」
と、自分自身に聞いてみようと思います。
「過去に頑張って苦しかった自分が、『それは認められないよ!』って、言ってるよね。でも、もういいんだよ。頑張って生きなくても大丈夫なんだよ」
って、わたし自身に言ってあげようと思います。
温かな気持ちで自分自身にを受け入れられるようになってくると、感情に近づける気がします。
自分の感情にウソつかないことって大変。
でも、大切なのでしょうね。
娘とも、仲良くなりたい。
一般的には、メインストリームに沿った、
本当は感じていない感情を表現して生きることが、多いかもしれません。
でも、本当は、それって、苦しいよね。
マイストリームに沿って、本来の感情で生きることができたら、「苦しい」って感じちゃうから、苦しいけど、でも、わたしは、感情を取り戻す方が、素敵だと思っています。
「ネガティブな感情」が、大きな人生のヒントを持っているのかもしれません。
我が子が起こす環境からは、なかなか逃げ出せません。ほおっておけません。
娘だったから、向き合うことができる。
娘の行動から、本来の自分を生きるための気づきを、たくさん得ているのだと思います。
いいお母さんとか、
素敵なお母さんとか、
カッコいいお母さんを目指していましたが、、
自分を大切に扱うことができる、
自分の本来の感情に気づける
「生きてる」お母さんになっていきたいです。
子どもが思い通りにいかない、苦しさは、
愛ではなく、コントロールですよね。
このコントロールは、
悲しみのコントロールかもしれないですよね。
(わたしは、感情を感じると、落ち込みます)
だから、感情に埋もれ、動けなくなることもわかっています。
感情に近づくのが、恐いな~って思っています。
でも、「今のわたしなら、きっと大丈夫」。
そう自分に声をかけながら、
自分に寄り添いながら、
1つ1つの出来事に、
心を奮わせて生きていければいいなって思っています。

小6次女・中2長女・わたし。みんな、大きく育ってくれてありがとう。

