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サトブロです

長崎市浜町の美容室「SHINJU INTERNATIONAL」の美容師・佐藤雄樹のブログ

僕のお気に入りカラー剤は、ロレアルプロフェッショナル。

キレイに染まるんだなーこれが。

髪を傷めないカラーテクニックって

今や当たり前ですよね。


そして、最近気付いた『クリア』の使い道。

ここ重要。

使える!キラリ

ダメージ毛のお客様が多い昨今、このロレアルプロフェッショナルは、仕上がりをワクワクさせてくれること間違いなし!

染める前より、髪の毛が綺麗になるとか萌えです。

あっ別に僕はロレアルの回し者じゃないですよ。

発色が綺麗。
色持ちがよろしい。
傷まない。


おすすめ。

サトウに髪の毛任せてみては?ニコニコキラキラ

photo:01




あびる優かわいー

目が悪くなるという事は、本当にまぁ不便なものです。
目がいい人には決して分かり得ない世界が、そこにはあります。

まず視界がボヤける。雨の日はさらにボヤける。
夕方、人の顔が分からない。雨の日はもっと分からない。

サッカーのボールの遠近感が掴めない。雨の日は、本当に遠くにあるか近くにあるか分かりません。


しかし世の中には、必ず逆境を乗り越えて、イイモノを作り出す人たちがいます。


$サトブロです

$サトブロです


そう、コンタクト、眼鏡といった、視力矯正マシーン。

はじめてそれを使った時

「世界はこんなに明るかったの?」
「えっ、なんこの鮮明感?」

という衝撃が走ります。本当に。

目の悪さにも人それぞれあります。僕は視力検査の一番上は当然見えなくて、裸眼だとほとんどがぼやけて見えます。

しかし

今日はそんな僕よりも目がもの凄く悪い人の話。



お客様のくるすけさん(仮名)w

今日カットに来てくれたんですが、彼の近眼っぷりは、ハンパないです。
リアルのびた君状態。

視力が生命に関わるほどの悪化ぶり。
まず裸眼状態では何も見えない。笑
携帯を見るときは、効き目(よく見える方の目)だけ開けて、目をウインク状態にし、顔をそれはそれはブッサイクな感じによがめて、気っ色悪い顔で覗き込む。

その距離感約10センチ。


近いわ。w

‥‥


イメージ画を自画撮りしようかと思いましたが、気持ち悪いので辞めます。

なので彼にとって、コンタクト・眼鏡はもう何よりも必需品。
それがないと、生きて行けないからです。


そんなくるすけさんも僕同様、高校時代、野球で同じ悩みを抱えてらっしゃいました。

フライが上がっても、ボールがどこにあるかぼんやりしか分からない。
ボールが飛んで来てるのは分かるけど、なんさん落下地点が本当にさっぱり分からない。

思い切ってここだ!っと思って捕球体勢に入った瞬間、20メートル位遠くをボールが飛んで行くのが見えた事があると。
そして監督にばりくそ怒られたことがあると。

分かるなー。

目が悪いって、本当に不便極まりない事なんです。
目がいい皆さん!
目は本当に大事にしましょう。


そんなくるすけさんは、もっさダサイ、これ誰もかけんやろ!っていう一般には敬遠されるようなダサ眼鏡が、何か似合っている人に親近感を抱くそうです。

というか

いとうせいこう。笑

彼の眼鏡付けこなし度は、ハンパないそうです。

$サトブロです


なんかよー分からんけど。



他にも漫画の話やプロレスの話やら


うんこみたいな会話ばっかりして、ゲラゲラと笑い、楽しい時間を過ごせました。
そして、もちろん彼はイケメン爽やかヘアーになって帰って行きました。


ありがとうございましたー!!



さっき、人志松本の○○な話の珍さむロード特集で言ってたチキンライス。

久々に聴いてみたら、胸いっぱいだぜ。

「最後は笑いに変えるから」







もうすぐクリスマス。


小ちゃい頃は、プロテスタント系の幼稚園だったから、毎年クリスマス礼拝に行ってたな。

牧師先生のお説教を

小さいながらも、足りない頭で必死に聴いて、想像して、想いを馳せてた。

卒園してからも年一回だけは毎年通ってたクリスマス礼拝。


いつからか、もう何年も行ってない。

卒園してから18年。

園長先生、バスの運転手さん、お世話になった先生、もう僕が知ってるたくさんの方が亡くなった。

園長先生は何百人もいる歴代卒園生の顔と名前を全員覚えてて

何年か振りに遊びに行っても、大人になってても、必ず名前を呼んでくれる偉大な先生だった。

子供の心を育てる、見守る、愛のある熱心な先生でした。


その先生の想いを引き継いで行く為に

僕らが通っていた頃の保護者数名が立ち上がり、その幼稚園の先生になった。

そして、僕ら卒園生からも、その幼稚園の先生になる人がでた。



想いの連鎖。


園長先生が亡くなった時、母親からメールが来た。

「あんなに愛があって、思いやりがあって、偉大な先生、まだまだ私たちに必要な方だったね。亡くしてはいけない人を亡くしたよ。悲しいけれど、これからその想いを誰か一人でも多くの人に伝えれるように生きて行こう」と。




毎年この時期になると、その園長先生のことを思い出します。


園長先生は亡くなってしまったけど、その想いはしっかり引き継がれ、今の幼稚園に通う子供達にも、しっかり伝わっていることと思います。必ず。



うん。








うん。