佐藤武久のブログ 「日本・モンゴル往来日記」 -82ページ目

青春 サムエル・ウルマンの詩


細川護煕元首相が記者会見で高齢(76歳)について聞かれたとき、
「不条理に対して戦う気力があれば老いることはない」
引用した詩はサムエル・ウルマン「青春」

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「原発は援助しない」、世銀と国連が表明

小泉元首相が細川候補の応援演説で言っていたのはこの記事

「原発は援助しない」、世銀と国連が表明


AFP の原文
World Bank says no money for nuclear power
(AFP) – Nov 27, 2013

芍薬(しゃくやく)よ 早まるな!

2014年1月23日(金)記

朝から快晴 全国的に三月上旬並みの暖かさとか

山の水を花壇に引き込んで雪が融けている部分に芍薬(しゃくやく)が芽吹いている。
芍薬よ! 早まるな!
雪国の春はまだまだ遠い。

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NHKスペシャル 大モンゴル 

2014年1月23日(木)作成

NHKスペシャル 大モンゴル 第一集

NHKスペシャル 大モンゴル 第二集

NHKスペシャル 大モンゴル 第三集

NHKスペシャル 大モンゴル 第四集

NHKスペシャル 大モンゴル 第五集

NHKスペシャル 大モンゴル 第四集

NHKスペシャル 大モンゴル 第四集

NHKスペシャル 大モンゴル 第三集

NHKスペシャル 大モンゴル第三集

映画『100,000年後の安全』(日本語吹き替え版)本編

2014年1月22日(水)記

映画『100,000年後の安全』(日本語吹き替え版)本編


生活の達人、田島利康先生(翻訳版)                               

2014年1月22日(水)作成

生活の達人、田島利康先生(翻訳版) 

台湾の陳さんのブログ(2008 Aug 5)の翻訳版です。
原文はこちら
生活達人---田島利康先生(中国語の原文): http://blog.yam.com/lionel/article/16556707

清新快哉 様
長い文章を翻訳していただき、ありがとうございます。早速田島先生にもお知らせしたいと思います。
                                         佐藤武久
以下は清新快哉 様が11回にわたりコメント欄に投稿された中国語からの訳文をまとめたものです。
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生活の達人、田島利康先生

都市生活に慣れられてきた東京人なのに退職されてから、新潟県のへんぴな集落にお越しになって、素朴な田園生活をお送りになってる人間がおられます。この方は生活の達人である田島利康先生です。我が家の友達です。1977年6月、私は田島先生の東京の家に一周間住んだことがあります。その後30年たって、私はまた家内を連れて、田島先生の集落の家を訪れ、田島夫妻と一緒に五日間お暮ししていました。それは日本の田舎生活をご体験しようと思った一方、退職者の生活をご見学したかったからです。(1)

田島先生は写真家として東京で広告の設計に30年余り従事されてきました。だが、六十になるとすぐ休業されて、自発的に退職されました。3年余り前に農家の家を一棟お買いになったが、きちんと整理されてから、常に東京と新潟の間に行き来されています。都市と集落とではほぼ半年ずつ暮らされて、まったく相違の退職生活を一斉にお楽しみになっています。(2)

田島先生は生活の達人です。海鮮を買って刺身を作ったり、自分で蕎麦を打ったりされていました。それに、旅行もお好きなことですし、若い時、友人とご一緒に個人旅行でヨーロッパへおいでになりました。中年になってから、またご自分のヨットを乗られました。このような前歴から見れば、定年退職後の田島先生は農家の家をお買いになったのは当り前だということが分りました。(3)

生活の達人はぼんやりして暮らされるわけがないんです。知友のお薦めで、田島先生はついに新潟県柏崎市から遠い集落に二階建ての農家をお買いになりました。小清水という集落で、四十戸しかなかったんです。田島先生の家は山の麓にあります。隣は十戸しかなかったが、その中に四戸の空き家だったんです。お別れだった当日には一台の掘削機がやってきて、一番近いの隣の家を取り壊してしまいました。それで、九戸の隣しか残らなかったはずですが、と存じております。(4)

この村ではあまり子供に会えないで、「老人の村」と言ってもいいです。若者はもっと伸びたりするために、みんな集落から都会へ出て行ったが、故里を死守されているものは唯の老人しかいないから、一朝往生を遂げられるとその家も空き家になるわけです。田島先生の隣にはこのような空き家がもう四つあったそうです。田島先生の向こう側の隣は孤独なお婆さんで、85才だったけれど、子孫もいないし、一人で家を守られています。お婆さんは毎日のように畑に野菜を植えたり、除草したり、肥料を施したりされて、日を送られています。一朝萎まれてしまったら、その家も空き家になるに違いないと存じます。(5)

幸い、都市からの人はこのような集落が気に入られます。さもなければ、幾年もたってからこの集落は「無人村」になってしまうかなと存じます。小清水地元の人々はみんな東京から引っ越されてきた田島夫妻のことをよく知られているばかりか、好奇心も強いし、光栄と感じられています。集落の老人達の子孫はつぎつぎに上京して行ったのに対して、今や東京人は反って喜んで集落に引っ越されてきて、老人達と共にこの田園を守られてるんです。これはどんなに集落の老人達を感心させられることでしょう。私は絵のような光景がまざまざと目に浮かんでおりました。それは『新潟の若者達は東京へ駆けて行き、東京の老人達は新潟へ移動される』という色絵だったんで、しかも若者達が人生を構築されるための、老人達が生命を探求されるための色絵だったんです。(6)

東京からかけ離れて、命の起点を探せよ

東京に生まれられて成長され、60になった人なのに、どうして繁華な都会からかけ離れなくてはいけないんでしょうか?また、どうして冬雪の厚い山里をお選びになって、それを退職後の生息場所とされなくてはいけないんでしょうか?「年を取るほどにコンクリートの森にはじっと我慢できず、緑の野原が欲しい」と田島先生は都会から集落への経緯をおっしゃいました。一方、この前に田舎に居られた知友を見習ったりされたことも新潟へと決められてご移住になったもう一つの理由だと言えるでしょう。(7)

なお、遺伝子に関する記憶と伝承という理由もあります。それは田島先生の父上は新潟の北部のご出身だったし、奥様の外祖父様も新潟人だったからです。この点から見ると、まるで先人の跡を尋ねられるために、祖先の出身地にお帰りになったようです。(日本)昔の戸籍法により、本来ならば田島夫妻は新潟に属してる人に違いないと存じます。それで、田島夫妻のご移住は帰郷活動でもあろうかと存じております。(8)

実は、東京から新潟への移動というよりも、都会から田舎への移動という方が骨子となるものだと存じます。都市の老人達は如何に楽にお住みになって、田舎生活を楽しめられる事こそは大事なことでしょう。しかしながら、現代生活の視点から見れば田舎生活を楽しめたりしながら、 苦しい修行する覚悟の上ではないと、あんまり田舎生活を暮せないと存じます。もしか田島先生のような「命の起点を探せよ」という意志を持ってない普通の都市人の場合だったらどうでしょう?恐らくこういう苦行気味の生活にどうしても慣れないかも知れないと存じます。確かに、「命の起点を探せよ」ということこそはご移住になった理由ではないかなあ、と存じます。(9)

都市人は集落生活に慣れるまではたいへんなことです。田島先生のお話によりますと、集落に暮らしたい人は必要な「三種の神器」を持たなければならないです。その三つの宝物は車、インターネット、暖炉です。外部とのコミュニケーションと連絡の手段だからと言われて、自動車とインターネットを集落でも常用されているということによって、都市生活を全部放棄されて欲しくないということが分かっております。それに、暖炉も四か月ほど長い雪の季節に欠くべからず暖房の必需品ですから、と存じますが。(10)

喧騒を避けられるために東京から離れられて、閑静を求められるために集落に移住された。お年寄りのご移住は勇気と健康の上、苦行される意志をお持ちになる必要です。田島先生はご自分自身の命の起点を探されてるんですから、私は田島先生のご修行をご賞賛いたします。(11) 終わり <快哉/訳>

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関連記事:
生活の達人 田島利康先生

小屋の雪下ろし

2014年1月18日(土)記

朝から晴れた。
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この冬初めて畑の小屋の雪下ろし。積雪深さは約1メートル

Before
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After
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あとは自然に滑り落ちるのを待つ

雪の降るさまを形容する言葉(独断的)

2014年1月17日(金)記
雪の降るさまを形容する言葉(独断的)
朝から雪がもっさもっさと降っています。
その他のオノマトペ(擬音語擬態語)

ぱらぱらと降る(霰が)
ちらちらと降る(すぐに融けて消えてしまう)
ふわふわと降る(綿雪がふわふわ舞い降りてくる)
はらはらと降る(沫雪が泡のようにすぐに消える)
どかどかと降る(どか雪が、短時間に大量に
しんしんと降る(夜ひっそりと降り続く)
こんこんと降る(大寒の頃、粉雪が降るさま、やまびこ学校の詩が有名、「雪やこんこ、あられやこんこ」とは別の表現)
びゅーびゅーと降る、ごうごうと降る(吹雪のとき)
ぼさぼさと降る(重い牡丹雪が)
もさもさと降る(積りそう)
もっさもっさと降る(上の強調形。雨の土砂降りに相当)

(2009年2月20日撮影)