佐藤武久のブログ 「日本・モンゴル往来日記」 -80ページ目

モンゴルの馬頭琴伝説-9

モンゴルの馬頭琴伝説-9

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ある夜のこと、少し遅れてフフー•ナムジルは娘とのあいびきから家に帰りました。馬の息を整えさせるのを忘れて着くとすぐに馬の群れを追いに出たのです。
その後で、フフー•ナムジルは夜が明けるまで馬を休ませようと思い、自分もゲルに入りました。
運の悪いことに、隠し事のできない金持ちのあの女が蹄の音を聴いて、すぐにゲルから外に出ました。
そして、音を立てないようにして天馬に近づきました。
その美しい馬は悪巧みをしている女とは気づかず、持ち主の所に連れて行きました。
天馬は、柱に繋がれて、蹄で土を掘り、汗を乾かしながら、持ち主を待ちました。
肩からふたつの魔法の翼が生えていました。

モンゴルの馬頭琴伝説-8

モンゴルの馬頭琴伝説-8

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フフー•ナムジルのそれほど遠くない所に金持ちの家族が住んでいました。
その家に意地の悪いおしゃべり娘がいて、親しい友達にさえ邪魔をして仲違いさせたりしていたのです。
その娘だけは、前から例の天馬の秘密を知っていました。そしてその馬を殺そうという計画を持っていました。

モンゴルの馬頭琴伝説-7

モンゴルの馬頭琴伝説-7

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フフー•ナムジルは、馬の群れを追って谷に入って行ったのではなく、贈り物のあのベージュと黄色の馬で空を駆けてモンゴルの西の国境に行き、緑色のデールを着た娘のゲルで眠っていたのです。
そして、夜が明ける頃、馬の群れを連れ戻す時間に間に合うように急いで郷里の家に帰りました。もちろん、到着の前には娘が指示したように馬の息を整えておきました。
こうして、郷里のだれも気づかないままに三年の年月が流れました。


モンゴルの馬頭琴伝説-6

モンゴルの馬頭琴伝説-6



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フフー•ナムジルはそこで幸せな毎日を暮らしていたけれども、故郷に両親と妻がいて会いに帰らなければと思いました。
娘にその願いを伝えるとこんな提案をされました。
「特別の馬を差し上げます。それに乗れば東の果てにいる家族の所にたった一日で飛んで行けます。そして、日が暮れる前にまたここに帰って来れます。けれども、別の馬に乗ってはなりません。それと、家に着く少し手前の砂地の場所で馬を止めて息を整えさせて下さい」
娘はそう言ってベージュと黄色の混じった美しい馬を餞別としてフフー•ナムジルに贈りました。
フフー•ナムジルが贈り物の馬に乗って故郷に帰った時、皆はその馬にひどく興味を引かれました。そして、フフー•ナムジルが出かける時に他のどんな馬にも乗らないのを少なからず不思議に思っていました。
フフー•ナムジルの妻も驚いていました。夫は毎晩のように馬の群れを追って出て行くと決して家に帰らなかったのです。

モンゴルの馬頭琴伝説-5

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フフー•ナムジルは娘に言いました。
「今はわずか五日間だけの自由の身だけれど、ひと月のうちに除隊になるからその時また逢いに戻って来よう」
「その時は、黒い馬に乗ってお迎いに上がります」と娘はこたえました。
フフー•ナムジルが馬を駆って軍に帰った時、上官たちがこの上もなく褒めちぎって言いました。
「この馬たち、たいした男に世話されたに違いない。一ヶ月や一年でさえも、こんなに肥らせた者は今までだれもいなかった。だから、軍を離れないでほしいのだ」
しかし、フフー•ナムジルはその申し出を断って言いました。
「ここでの私の勤めはほとんど終わっています。どうか行かせて下さい」
上官がしぶしぶ同意して軍を離れることになりました。
フフー•ナムジルはすぐに湖に行き、そこに座って前と同じように歌を唄いました。
するとあの娘が黒い馬に乗って湖から現れ、いっしょに娘の家族のもとに向かいました。

モンゴルの馬頭琴伝説-4

モンゴルの馬頭琴伝説-4

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フフー•ナムジルは言われたように目をつむりました。
しぱらくして娘のゲル(モンゴルの移動式円形テント)にたどり着きました。
両親は大喜びでフフー•ナムジルをもてなし、歌を唄ってくれないかと頼みました。
「残念ですが、私が歌を唄う時間はほとんどありません。私は騎兵で、たった五日間だけ馬と過ごす許可もらっているのです」
「そのことは御心配なく、馬の世話をする人足をこちらから差し向けておきます。だから、くつろいですばらしい歌をいっぱい聴かせて下さい」

フフー•ナムジルは、そこに留まり、娘との恋におち、結婚の約束を交わしました。

モンゴルの馬頭琴伝説-3

モンゴルの馬頭琴伝説-3

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ある日、フフー•ナムジルは上官にたずねました。
「兵役について今まで一度も馬に乗ったこともなければ、外出したこともありません。
ある意味、今の役目は私にとって愉しいものですが、それでも何か足りないものがあると感じています。どうかたった二三日でかまいませんから、外で馬の群れのお世話をさせてください」
上官は答えました。
「君の美しい歌声を聴いていた方がわれわれには楽しみなことだった。まもなく兵役も終わりになる。もし望みなら五日間だけ外に出て馬の群れと過ごすがよかろう」

こうしてフフー•ナムジルは外出を許され、湖の畔にやって来て馬に水を飲ませていました。
そうしながら歌を唄っていると湖から黒い馬に乗った美しい娘(実は天女)が現れました。
娘は緑色の絹のデール(モンゴルの民族衣装)を着ていました。
「私の父と母があなたを連れてくるようにと頼むのでやってきました。私の後ろに座って目を閉じてください」と娘は言いました。
( )内は訳者註

モンゴルの馬頭琴伝説-2

モンゴルの馬頭琴伝説-2
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昔むかし、モンゴルの東の地方にフフー•ナムジルという名の男前の若者が住んでいました。
若者は素晴らしい歌い手でその地方ではだれもが良く知っていました。
(フフー:Хөхөөはカッコウ鳥のこと。美声のナムジルについたあだ名)
けれども、軍隊に入って遠い西の国境に行くことになりました。
軍の上官は、フフー•ナムジルが歌がとても上手いのを知ると、兵士の訓練につかせないで歌を聴く方を喜びました。
兵役の三年の間、ずっとそうでした。


モンゴルの馬頭琴伝説-1

2014年3月13日(木)記
 
モンゴルの馬頭琴伝説 1
 
原作 ч.Баяармаа(Ch.バヤルマー)
和訳 佐藤武久
 
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(訳者註)

日本では「スーホーの白い馬」が一般に良く知られていますが、これはもうひとつの馬頭琴(モリン•ホール)の起源にまつわる物語です。原題はХөхөө Намжилын домог直訳すると「フフー•ナムジルの伝説」

こんな本をよみました 「銀の匙」

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『銀の匙』中勘助著、角川文庫

後篇が新聞に連載されたのが大正四年、前年1914年第一次世界大戦勃発

(p.131-132)
「先生、□□さんは日本が負けるっていいます」
といった。先生はれいのしたり顔で
「日本人には大和魂がある」
といっていつものとおりシナ人のことをなんのかのと口ぎたなくののしった。それを私は自分がいわれたように腹にすえかねて
「先生、日本人に大和魂があればシナ人にはシナ魂があるでしょう。日本に加藤清正や北条時宗がいればシナにだって関羽(かんう)や張飛(ちょうひ)がいるじゃありませんか。それに先生はいつかも謙信(けんしん)が信玄(しんげん)に塩を贈った話をして敵を憐(あわ)れむのが武士道だなんて教えておきながらなんだってそんなにシナの悪口ばかしいうんです」
 そんなことをいって平生のむしゃくしゃをひと思いにぶちまけてやったら先生はむずかしい顔をしてたがややあって
「□□さんには大和魂がない」
といった。私はこめかみにぴりぴりとかんしゃく筋のたつのをおぼえたが、その大和魂をとりだしてみせることもできないのでそのまま顔を赤くして黙ってしまった。
 忠勇無双の日本兵はシナ兵と私の小ざかしい予言をさんざんに打ち破ったけれど先生に対する私の不信用と同輩に対する軽蔑(けいべつ)をどうすることもできなかった。


「あばよ」は「さあらば」の幼児語、「しばよ」は「しばらくーーー」の短縮形?

(前篇 p.115)
彼はさんざ口ぎたなくののしったあげくお恵ちゃんに耳っこすりをして意味ありげにひとをしり目にかけながら
あばよ、しばよ
といってさっさと帰りかけた。それをお恵ちゃんまでがまねをして
あばよ、しばよ
といいいいあとについていってしまった。