佐藤武久のブログ 「日本・モンゴル往来日記」 -61ページ目

この夏の花々

2015/10/01記

この夏の花々

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とんぼ草とツルホ

2015/09/29記

とんぼ草とツルホ

ふだん、雑草として刈り払い機でなぎ倒している草だが、それぞれにふさわしい名前が付いている。
とんぼ草:とんぼの顔を連想させる。
ツルホ:蔓の先に花の穂が伸びている。短い葉が地面から四方に拡がっている。

 
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朝顔の蔓と蜘蛛の巣

2015/09/29記

朝顔の蔓と蜘蛛の巣

共同作業か、それともどちらかがどちらかを利用しているのか知らないが、一度オニヤンマが巣に掛かって暴れているので助けてやったことがある。

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(9月23日撮影)
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(9月29日撮影)

ノウゼンカズラ

2015/08/10 記

ノウゼンカズラが杉の木のてっぺんまで登りつめた。

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芙蓉(ふよう)各種

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モリアオガエル

2015/07/31

川端の栃の木の幹にへばり付いて夕涼みをしているモリアオガエル 7月30日夕方5時半頃
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ダダル紀行2003 韃靼海峡(再編集)

2003年8月23日
2015/07/28再編集

ダダル紀行2003 韃靼海峡

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2003年の初秋にチンギスハーンの生れ故郷ダダル村に旅行した帰り道、オノン河のほとりで夕食を取りました。
女性陣が食事の用意をしている間、ルアーで釣りをしました。
ところが、糸の結び方が悪かったので15センチほどのルアーが糸を離れて川面にぷかぷか浮かんで流れ出しました。岸のほうに寄って来るように祈るような気持ちでゆったりした流れを追い続けていたのですがついに手に届くところには流れてきませんでした。
私の次男坊の康久が手作りした貴重なルアーだったので川下に見えなくなるまで名残を惜しんで見送りました。
もし、無事に流れ続ければ、やがてアムール河に合流し、最後は韃靼(だったん)海峡(間宮海峡の旧称)に流れ出るはずです。おそらく二ヶ月くらいかかると思います。

テレビで3000キロも旅をする蝶の話をしています。
昔読んだこんな詩を思い出しています。

「てふてふが一匹 韃靼(だったん)海峡を渡つて行つた」

注:「てふてふ」は旧仮名使いで「蝶」のことです。韃靼はモンゴル族の総称

ダダル紀行2003 オノン川岸での戯れ(再編集)

2010年1月21日記
2015/07/28再編集

ダダル紀行2003 オノン川岸での戯れ

運転助手のxxさんはとうに50歳を越えたいい大人なのにこんなふざけた事をして喜んでいる。
この一枚の写真を手に家族や友人に旅の土産話をしている様が目に浮かぶ。


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ダダル紀行2003 ダダル村にて 

2010年2月24日(水)記
2015/07/28再編集

ダダル紀行2003 ダダル村にて 

チンギス・ハーンはひと仕事終わるといつもこの地に帰ってきた。戦いに勝つたびに、体を休め、新たに力を呼びもどすために帰ってきた。彼は世界を変えたが、自分が生まれた場所だけは何ひとつ変えさせなかった。
いまでも、チンギス・ハーンがもどってきたころとまったく変わらずに、春には空高く鷹が舞い、夏には虫の集くのが聞こえる。秋には遊牧民が丘陵地帯に移動し、冬には狼が餌を求めてうろつく。
目を閉じると、チンギス・ハーンの乗った馬の蹄の遠い響きが聞こえてくる。

(「パックス・モンゴリカ チンギス・ハンがつくった新世界」NHK出版 p413より引用)

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