佐藤武久のブログ 「日本・モンゴル往来日記」 -102ページ目

「パックス・モンゴリカ」 (6) ネルーの評価

2012年11月14日(水)記

「パックス・モンゴリカ」 (6) ネルーの評価

イメージ 1

イメージ 2

(402ページより引用)

はじめてチンギスを評価し直した人物は思いがけないところにいた。
インド独立の父で、平和の擁護者ジャワーハルラール' ・ネルーだ。
ーーーーーー
 アジアの人間として、知識人としての彼の知的活動のひとつは、西洋がアジアの粗暴なイメージをでっち上げるために利用したチンギス・ハンの歴史的役割を理解すべく、渾身の力を注ぐことだった。



「パックス・モンゴリカ」 (2) ダダル紀行2003

2010年2月24日(水)記

「パックス・モンゴリカ」 (2) ダダル紀行2003 ダダル村にて 

イメージ 1

(「パックス・モンゴリカ チンギス・ハンがつくった新世界」NHK出版 p413より引用)

チンギス・ハーンはひと仕事終わるといつもこの地に帰ってきた。戦いに勝つたびに、体を休め、新たに力を呼びもどすために帰ってきた。彼は世界を変えたが、自分が生まれた場所だけは何ひとつ変えさせなかった。
いまでも、チンギス・ハーンがもどってきたころとまったく変わらずに、春には空高く鷹が舞い、夏には虫の集くのが聞こえる。秋には遊牧民が丘陵地帯に移動し、冬には狼が餌を求めてうろつく。
目を閉じると、チンギス・ハーンの乗った馬の蹄の遠い響きが聞こえてくる。




「パックス・モンゴリカ」 (5)モンテスキューの反アジア思想

2012年11月14日(水)記

「パックス・モンゴリカ」 (5)モンテスキューの反アジア思想


イメージ 1

ジャック・ウェザーフォード(Jack Weatherford)著「パックス・モンゴリカ チンギス・ハンがつくった新世界(GENGHIS KHAN and the Making of the Modern World)」の393ページにモンテスキューの反アジア思想にについて次のような記述がある。

(以下引用)
 ルネサンスの文人や冒険家はチンギス・ハンとモンゴル人を素直に賛美したが、十八世紀の啓蒙運動の時代になると反アジア思想が高まり、とくにモンゴル人に非難が集中した。広大なアジア大陸の、あらゆる邪悪なもの、不完全なものを象徴する存在として扱われたのである。一七四八年には早くも、フランスの哲学者モンテスキューが『法の精神』で反アジアの論調を示している。彼はアジア人を傲慢な態度で軽蔑し、アジア人の忌むべき性質の責めをほとんどモンゴル人に負わせて、モンゴル人のことを「地上でもっとも奇妙な民族」と決め付けた。卑屈な奴隷であり、同時に残酷な奴隷の主人だとも述べた。そして、古代ギリシャからペルシャまで文明世界に加えられた主要な攻撃を、すべてモンゴル人のせいにする。  

「パックス・モンゴリカ」 (4)「カンタベリー物語」に描かれたチンギス・ハン

2012年10月19日(金)記

「パックス・モンゴリカ」 (4)「カンタベリー物語」に描かれたチンギス・ハン

ジャック・ウェザーフォード(Jack Weatherford)著「パックス・モンゴリカ チンギス・ハンがつくった新世界(GENGHIS KHAN and the Making of the Modern World)」の373ページにチョーサーの『カンタベリー物語』を引用した次のような記述がある。
『カンタベリー物語』は高校の歴史教科書でその名前だけは知っているが未だ読んだことはなかった。

(以下引用)
1390年ごろ、ジェフリー・チョーサーはモンゴルの偉大さを端的に描写した。外交官としてフランス、イタリアを幅広く旅してまわった彼は、自分の作品を読者であるイギリス国民の多くよりも、ずば抜けて広い国際的な視野を持っていた。英語で書かれた最初の書物である『カンタベリー物語』のなかで、騎士の楯持ちが語るのは、チンギス・ハンの生涯と冒険に関するロマンティックで夢のような物語である。

この気高い王はジンギス・カンと呼ばれ
在世中は非常な名声を博し
あらゆる点でこれほど秀でた王者は
この領地のどこにもいなかった。
王としてのふさわしい資質は何一つ欠けていなかった。
彼は生国の宗教に従い
その教えを守り、その信仰に誓いを立てた。
その上、勇ましく、賢く、豊かで。
いつも変わることなく、慈悲深く、公正だった。
言葉には嘘がなく、優しく、高潔で、
盤石の大黒柱のように心はしっかりしていた。
若々しくて、溌剌として、強くて、宮中の
どの若い騎士よりも武芸において熱心だった。
ハンサムな人で、幸運に恵まれ、
つねに立派に王位を維持したので、
彼に並ぶ人物はどこにもいなかった。
この気高い王、韃靼のジンギス・カンは

(笹本長敬訳 「近習の話」『カンタベリー物語』英宝社刊より引用)

(引用終わり)

序でに西脇順三郎の訳によるものを添付図に示す。
ここでカムビィウスカンと言っているのはチンギ・ハンの訛ったものだという。
またサレイはサライのこと

関連動画:
Jack Weaterford氏へのインタビュー(モンゴルのTV番組)


イメージ 1

胡麻(ごま)の花

イメージ 1


イメージ 2

2012年9月5日(水)記

胡麻(ごま)の花

胡麻の花が咲いてしばらくして葉っぱがこの幼虫に喰いちぎられていた。
この幼虫は何に変身するのg¥だろう?






吾輩も猫である(15) かまくら


吾輩も猫である(14) 先制攻撃


吾輩も猫である(13) やや寝不足


吾輩も猫である(12) 尻っぽが邪魔


吾輩も猫である(11) コンピュータゲーム