ドイツ国営テレビ放送ZDF「フクシマの嘘」
ドイツ国営テレビ放送ZDF「フクシマの嘘」
ドイツ国営テレビ放送ZDF「フクシマの嘘」
ドイツ国営テレビ放送ZDF「福島の嘘」を制作したヨハネス・ハーノ記者へのインタビュー映像/「今回の災害は四つです。地震、津波、原発事故、そして信頼の喪失の四つです」
ドイツ国営テレビ放送ZDF「フクシマの嘘」
電子書籍出版 「モンゴル高原から送るEメール(崑崙の高嶺の此方より)」
2013年2月11日(月)記 3月12日リンク修正
電子書籍出版 「モンゴル高原から送るEメール(崑崙の高嶺の此方より)」(2001年11月~2003年11月)
PCではAdobe Digital Edition 2.0で閲覧できます。
iPad、iPhone(iOS6.1)ではiBooks、Stanza(縦置き)で正常表示されます。
「モンゴル高原から送るEメール(崑崙の高嶺の此方より)
「パックス・モンゴリカ」(12) モンゴルのTV番組 Face to face (part2)
2013年2月6日(水)記
モンゴルのTV番組 Face to face (part2)
mc:世界中の異なる言語でいろいろな時期に書かれたモンゴルについての文献の内容は一致するんですか? それとも、くいちがったりするんですか?
jek:大体は内容が同じのが多いです。例えば、モンゴルに来た誰もがモンゴル人の女性を見て驚いたと書いています。マイナスの意味でも。
モンゴル人の女性がゲルに入って来て言いたいこととかをストレートに言ったり、まるで男みたいだったり、また、たまにお酒も飲んだりします。
時には、外国からの大使を押したりしたと何回も書かれています。
たまに、何とか王妃とか名指しされているんですが、基本的にはモンゴル人の女性は強いと言うことがたくさん書かれています。もちろん間違っているところあるでしょうが、でも今現在もモンゴル人のゲルに入った時女性が何か強い感じがします。
mc:この意見を「モンゴル王妃の歴史(Монгол хатдын нууц. history of mongolian queens)」という作品に書き出されましたよね。本の最後のページにチンギス・ハーンがモンゴル帝国を建国し、国を整えたのは王妃たちと書いています。
jek:チンギス・ハーンだと言うと誰でも4人の息子がいると知っています。息子たちも他の男性たちと同じく戦争を戦っていました。ですから当時モンゴルを女性たちが指導していました。とにかくチンギス・ハーンの娘たちが帝国のシルクロードを指導していました。長女のアルカイベフ(Alkaibekh)が「Ongud」を指導していたのが現在の中国の北です。国民の指導、貿易の指導を全部娘たちがやっていました。チンギス・ハーンは戦争の間は貿易の契約ができない。全部、後に残った女性たちがやっていました。誰もが戦争の歴史を見て「チンギス・ハーンが帝国を成立させた」と言ってもいいです。アレキサンダーと同じく。しかし、大きな違いがあります。チンギス・ハーンの帝国が約150年間成立していたのは指導者がいたためですが、しかし、アレキサンダーが死んだら彼の帝国も崩壊していました。なぜならば、指導システムがなかったためです。それなのにチンギス・ハーンは娘たちのお陰で国を整え、軍人たちのお陰で地域を奪い組み込んでいました。
mc:当時のシステムの中で現在のモンゴルに使えるシステムがありますか?
jek:チンギス・ハーンはたくさんの法律を作っていました。詳細に調べたら三つの条件がありました。一番目は:権利の平等性。自分の子供、奥さんを始め家族のだれでも権利は平等であること。これは一番重要なことでした。二番目は:能力によって評価していたこと。両親が王侯、女王であっても、もしくは親が普通の遊牧民であっても関係ありません。彼の周りには普通の遊牧民家族出身の人々がたくさんいました。彼らの能力を見て選んでいました。
三番目は:彼は世界中に一番財産のある人でした。中国、中央アジアに侵出し、金、銀、シルクなどの財産を奪ってモンゴルへ持ってきていましたが彼の人生はゲルで始まり、ゲルで終わりました。
チンギス・ハーン自身はお金持ち、財産の持ち主ではなくて、全財産を国民に配っていました。
国が国民に財産を配り、国民が国に力を尽くしていました。これは、モンゴルだけではなくてどの国にも必要なシステムです。
権利が平等で、能力を評価され、得たものを平等に配っていれば我々は力のある国になることができます。
mc:チンギス・ハーンの彼の王妃たちへの関係について書く時、ジェンダー平等、ジェンダー問題にかかわる説明をしていました。少し説明して頂けませんか?
jek:子供時代に彼の母親が略奪されていました。彼の8歳の時父親が死にました。彼を育てたのは女性が指導している家族でした。
モンゴル秘史にホエルン(Oulen)が空腹の子供たちを連れて食べ物を探してオノン川を上ったり下ったりしていたことが書かれています。
寡婦で、夫の家族は捨てて出て行ったけれど、子供たちを一人で育てていました。チンギス・ハーンは母親が子供たちを育てるためにどれだけ働いているかを毎日見て育ちました。彼は困難な子供時代を過ごしました。でも愛のお陰で幸せを得ることをできました。ボルテ(Burte)を本当に好きでした。でもその愛は長く続かなかったです。ボルテが奪われました。彼はその時あきらめて、違うところに住み、違うお嫁さんを貰ったりしても問題はなかったです。
その時彼はボルテを助けるか、それとも自分が死ぬかと言う二つの選択がありました。愛している人がいないと生きて行けないと言うことを知りボルテを奪い返すために全力を尽くしていました。
そしてボルテを奪い返し、戻ってきてから彼の女の人についての考え方が変わりました。チンギス・ハーンは大体ボルテの言葉に従っていました。
その後三人の妃を娶り、皆と一緒にいつも母親の言葉を聞き、尊敬していました。
後に子供たちが大きくなって来た時、娘たちの良い点を見つけていました。
例えば、一つの重要な例は、どんな関係か分からないですが、アルタン(Altan)と言う女の子がタタールからの逃げ道にチンギス・ハーンの末子のトルイ(Tului)の命を助けたことです。
チンギス・ハーンはこうした出来ごとを毎日見て、それにいろいろ学んで、女性たちの忍耐強さ、勇気、力を評価していました。
その女性たちの力を頼みモンゴルを強い国にすることを目指していました。
(つづく)
電子書籍「池島信平のこと」EPUB版
2013年2月2日(土)記
電子書籍の出版
「池島信平のこと」
http://pub.mybooks.jp/Basket/BookInfo?bookid=E00035334&aid=bd4bdfac-06c2-4837-af0d-1559a3d3db12&prov=yahoo
ギルモア著「モンゴル人の友となりて」
「モンゴルで親父の夢をみた」他三編
電子書籍出版 「モンゴルで親父の夢を見た 他三篇 」
2013年1月27日(日)記、30日訂正
ブログ製本サービス「MyBooks.jp」(http://MyBooks.jp/)で、以前に作成した原稿を使って、新しく始まった電子書籍作成サービスを利用して電子本を試験的に作ってみました。
PCではAdobe Digital Edition 2.0で閲覧できます。
iPad、iPhone(iOS6.1)ではiBooksで縦書き表示されます。
「モンゴルで親父の夢を見た 他三篇」のパブリッシュが完成。