旅歩き&美味しいもの探し人 byちゅーぐ -6ページ目

旅歩き&美味しいもの探し人 byちゅーぐ

街歩きして、ホテルに泊まって、美味しいものを食べる。
それが私の旅スタイルなんです。
鉄道と飛行機旅が特にいいですよね〜。

昨年後半にBSジャパン(テレ東)、
今年3月&4月にWOWOWで、東宝「若大将シリーズ」全18作が一挙放送されました。
録画しつつ全作じっくりと見ました。
今までは何作かをテレビ放送と映画館で見たに過ぎませんでしたので、
とても新鮮に映りました。
(映画館ではクレージーキャッツ映画との同時上映だったかと…)

若大将1

若大将との1stコンタクトは、
小学校3年生の時、夏家族旅行で伊豆急下田駅に降り立った時でした。
「♫お嫁においで」が何故か駅構内に流れていました。
東京駅から急行電車に揺られて3時間弱…、
駅の雰囲気は南国そのもの…そしてハワイアンサウンドにアレンジされた若大将の楽曲…。
「ここって…あの…夢のハワイ…?」
夢見心地、そんな感じでしたのでメロディーが鮮烈に残っています。

弓ヶ浜の民宿に泊まっての海水浴…。
楽しかった思い出と加山雄三(弾厚作)メロディーが入り交じっています。

さて、映画の若大将若大将シリーズ。

映画はその時代の雰囲気や息遣いそして社会の状況を写していて
面白いですね!

・大学の若大将 1961年
麻布のすき焼き屋「田能久」のお坊っちゃま、
京南大学(モデルは実際に加山さんの母校慶応義塾と言われていますね)に通うある種理想的なナイスガイであります。
初回ということもあり、キャラや設定がブレブレですが、
青大将(田中邦衛)、マドンナ(旧いね~)澄子(星由里子)、
お婆ちゃん(飯田蝶子)、久太郎親父(有島一郎)などなど登場人物が固定化されてます。
東宝版の寅さんみたいですね。
青大将がお婆ちゃんを車で轢いてしまっても、
案外と悪びれずにいるところなど今では衝撃的なシーンもあります。

・銀座の若大将 1962年
加山さんの実父である上原謙さんが父久太郎の親友役で登場していますね。
経営する銀座の最先端洋食店が描かれていますが、
店内の様子・料理・厨房内の雰囲気とかとても興味深い…。
万座温泉のホテル(現プリンスホテル?)に支店を出して、
そこで働くという設定。
当時からプリンスホテル(国土計画)はメディア利用が上手かったようですね。

お婆ちゃん役の飯田蝶子さんがとても可愛いばあちゃん…。
初孫(?)の若大将が可愛くて仕方がないといった様子ですね。

つづきます。
2年前に亡くなった親父は、
甥(弟の息子そして最後の孫)のことを何故か「とおる君」と呼んでました。

彼の名前は有名な若手プロゴルファーと同じで
R君なんですが…、
弟が何度も「親父、とおるじゃなくてRだよ!」
と言っても
「そうだったよね、とおる君…」
と聞く耳持たずといった感じだったようです。

更に…
「とおる君は俺に一番似てるんだ!」と嬉しそうでした。
R君はこの頃親父に本当に似てきました。
特に後ろ髪が亀の尾のようになる感じなど…、
血は正に水より濃しという言葉が当てはまります。

思うに親父は中年時代から結構ポンコツでした…。
以前にも書きましたが、
「デニーズ」と「ディズニー」が逆になったりなどなど、
言い間違いや勘違いは日常の出来事。
「象印タイガーポット」
「シェーズキー(シェーキーズ)」
「パスポートをヴィザと混同してピザ」
「日の丸親方(親方日の丸)」
「ご飯と大根おろしを間違える」
など…いくつでも出てきます。

年を取ると(人によっては取らなくても)、
人は皆ポンコツになっていくのかと思いましたが、
祖父(母の父)や嫁さんの父はそんなことはまったくありませんでしたから、
人によりけりなんでしょうね。

お彼岸で線香の匂いを嗅ぎ、
「モヤさま」で三村を見てふとこんなことを思ってしまいました。
{9560BD0F-46FB-4250-97C6-430FFCBE12C5:01}

 今日の朝刊神奈川版です。

1 小田原市扇町のすき家で殺人事件!
1997年から2008年まで暮らしていた近くです。
引越した後に開店したすき家ですが…。
小田原市で殺人事件というのは、暮らしていた足掛け11年の間で一度あっただけで治安は悪くないと感じていたので驚きでした。

2 相模原市南区上鶴間のパチンコ店景品交換所で強盗事件!
今住んでいる所の最寄り駅近くで発生したんです。家の近くでの凶悪事件発生と犯人が捕まっていないコトに嫁さんはキミ悪がっております。

新聞神奈川版に2つの事件がまとまって掲載されていましたし、NHKニュースで連続して放映されていました…。

私の周りで大事件?って…
平穏無事で暮らしていきたいんですが…。
本日、還暦まであと2年となりました。
来年はリーチでありますね。
{B771252E-724A-4866-9B22-95A5745E7867:01}

{A117B206-FA69-4CB0-B734-C421F90FE079:01}

嫁さんと娘で誕生日祝いを…感謝。
パエリヤは嫁さん。
ローストポークとサラダは娘プロデュース。
ケーキは戸塚カナール相模大野店謹製であります。
いえの近くには、カナールを始め山のホテルロザージュ、アンリ・シャルパンティエ、クドウ(ここのシュークリームは絶品)、小さなロールケーキ店Holaなど美味しいお店があり嬉しい限りって脱線しました。

58歳を楽しく生きたいと思います。
今年の紅白ももうすぐ終わり、2014年は幕を閉じます。

紅白歌合戦、歌合戦という言葉が当てはまらない両チームが融合した構成でした。
流動化ですね。
エンタテインメントとして面白いからいいよねって国営放送局のつぶやきが聞こえて来そう。

感じたことを少々…。

ジャニーズに席巻されたような趣きで、ボイコットされたら多分番組として成り立たないねぇ。

サザンと長渕剛の違いが鮮明!
てか長渕剛よ、つまらん小理屈と自己主張止めてサラッと歌えよ!本当にだせーぜ!
サザンは小ボケをかますくらいの余裕を見せてから淡々を歌ってかっこいいね!!

松田聖子も代替わりかな?

もうすぐ未年ですね、良いお正月を!
Have a good newyear!!
5日前の夕食…。
って今頃感が強いですが…。
xm4

今年は娘プロデュースでした。

xm1
シャルキュトリー(冷製肉)の盛り合わせ。
(プロシュート、コッパ、イタリアン・サラミの3種)
グリーンサラダ。

ペンネ・ジェノベーゼ。
(これは娘指示のもと私が作りました)
xm6

メインは、
xm2
スペア・リブ(ブリじゃありません)BBQソース。
キャロット・ラペ添え。
これはとても美味でした。

赤ワインはシャトー・何チャラ(@¥1500)。
結構美味しかった(というかあまり分からないですが…)

xm3
全体像です。

ケーキは気にいったお店で予約を忘れ…
娘が「得意じゃないけど」と言いながら作りました。

xm5
イチゴクリームのショートケーキです。
スポンジは市販の物を使用。
AB型のA型が発現されたらしく、
思いの外丁寧な仕上げとなっていました。

お節と大晦日ご飯。
明日あたり買い物へ行くみたいです。
ウチの味といえば「お雑煮」。

人参&大根の細切り、椎茸の細切りが具。
出汁は鰹節、昆布&干し椎茸のもどし汁。
味醂、塩、酒そして醤油で調味です。

東京(江戸?)風だと、
蒲鉾(または鶏肉)と小松菜の醤油味の澄まし汁。
ご馳走はお節でいただき、雑煮はサラッとという江戸っ子の粋ですって。

何処風と聞かれると分かりませんが、
祖母の故郷茨城県水郷地方風(潮来風)ってことでしょうかね?
私は子供の時からこれを味わっていますので、
懐かしい味ですし、息子と娘にも残してもらいたいと思います。

大晦日の年越しそば。
これも私が作るのがウチの恒例となっとります。
かえしもどきを作り、出汁と合わせてのツユ。
蕎麦は美味しそうな乾麺を選択して茹でます。
勿論のこと、冷たいもりそばで!

今年も気がつくと後2日少々…。

来年も良き年になるようにしたいと思います。

それでは良いお年をお迎えください!!
航空自衛隊ってエアライン?
ご意見は色々とございましょうが、
政府専用機(B747-400)の運用は航空自衛隊ですし、
番外編と言うことで…。
(747では運航経費が掛かるので、B777に機種変更って案もあるそうですね)

今から18年前のある日、
私の兄貴分Aさんから「航空自衛隊体験搭乗」のお誘いを受けました。
(Aさんは一般大学卒業後、陸上自衛隊幹部をされていました)

一も二もなく参加する旨を伝え、
当日は小学生だった息子と一緒に西武池袋線「稲荷山公園」駅に降り立ちました。
そこでAさんや友人たちと合流して、航空自衛隊入間基地の門をくぐります。

ターミ
確かこんな感じだったような…。
中に入ると、小さな地方空港のターミナルのようでした。
行き先と時間が書かれたボードが壁にかかり、
横には売店、そして待合室。

少々そこで待つことになりましたが、
駐機場には中型ジェット輸送機C1やターボプロップ輸送機C130(ハーキュリーズ)が
日曜日ということもあり翼を休めています。
間近で見るのは初めてなのでテンションは上昇傾向に!

そして順番が来たので、私たちも体験搭乗に案内されました。
YS11
駐機しているYS11機にタラップを使って搭乗します。
ドアの横では女性航空自衛官(WAFって言うそうです)がにこやかに迎えてくれます。
まるでCAさんのようでした…。

左右2列の座席に着席。
私はYS11に初搭乗でありました。
ベルトを締め、確認が終了すると離陸です。
大きい飛行機ではありませんので、あっさりと空に浮かんだ感じでした。

体験搭乗ですので、40分程入間基地周辺を比較的低空で飛びます。
ポケットにはエチケット袋とエマージェンシー案内が入っていました。
何だか普通の旅客機のようです。

低空ですので街の様子がよく見えました。
川越の街、多摩湖、狭山湖、西武球場(当時はドームではありませんでした)、西武園などを眼下に見下ろします。

気がつくとYS11は高度を下げて、着陸態勢に入っていました。
そしてふんわりという感じでランディング。
さすがに航空自衛官の操縦は巧みなものです。
(当日は好天でしたので離着陸が楽だったのでしょうね)

短い時間でしたが貴重な体験が出来たと思います。
息子も窓際の席から眼を輝かして外を眺めていました。
きっと楽しい時間だったのでしょう。


乗ってみたいエアラインは、
中東御三家(エミレーツ、カタール、エティハド)、
食事が美味しいと言われるアリタリア、
マリメッコ小物が可愛いフィンエアーなどでしょうか。
ヴァージンは日本路線から撤退するようで、
ココも一度乗りたかったと思います。

機体ではA380とB787にとても興味があります。
近く就航するA350も独特の顔つきをしていて興味津々であります。

次はどこのエアラインのどんな機体に乗るんでしょうか?
私にとって一番縁の深いエアライン全日空。
2レターコードがNHというのは、
前身の1社が日本ヘリコプター輸送(通称:日ペリ)だったからだそうです。

私が19歳の夏、初めて搭乗したのも全日空の札幌ー羽田線。
(バイトで貯めたお金=自力でした)
nh04
当時はモヒカン塗りのロッキード・トライスター(L1011:通称L10)。
何も知らずにリクライニングを倒し、タバコを一服してCAさんに注意されたことは以前書きました。

国内線は、
羽田ー函館、羽田ー千歳、羽田ー長崎、羽田ー伊丹、羽田ー大分などに乗りました。
nh02
千歳線のピカチュウジェットにも乗りました。
nh03
可愛いカップでコーヒーをいただきました。

長崎線では、人生でただ一度飛行機搭乗をした亡き義父と一緒でした。
nh01
地図を持参して、眼下の光景を飽きずに眺めていました。
神様の配慮か富士山の頂上上空を通過して、
火口を眺めることが出来ました。
nh07
B777でした。
義父はとても楽しかったようです。

大分線はB767。
nh05

国際線。
香港線に3度、グアム線に2度、上海線に搭乗しました。
グアム線では退役間近のL10トライスターでしたが、
着陸の際に頭上のハットラックが大きく揺れていたことを覚えています。
nh06

香港線では亡き父母と一緒に搭乗しました。
飛行機が大好きだった父は、
離陸時に息子と甥(孫)を差し置いて窓際席を陣取って
「雲見ていると飽きないなぁ…」なんて言っていました。
このフライトで初めて機内食でカレーが出ました。
今では何でもありの機内食ですが、当時は驚きと同時にコストダウンを感じました。

今はANA/AMEXカードが私のメインクレジットカードです。
マイルに移行できる無期限のポイントが魅力で、
アメリカ西海岸の2名Cクラスチケットを目指しています。
(1名分は貯めることが出来ました)

次のおまけの回でエアライン私見は最後とします。
日本航空と合併して社名が無くなってしまった日本エアシステム。

私が初めて搭乗した時(30数年前)は、
東亜国内航空といってました。
ローカル線主体のエアライン、日本国内航空と東亜航空が合併して誕生したんですね。

大学4年の夏休み、羽田空港でスタンバイのみ半額で搭乗できた
「スカイメイト」の整理券を複数手に入れて待つ事しばし…
熊本行きのTDA(東亜国内航空)に空席があり乗ることができました。
dc9
DC-9という、TDAが初めて導入したジェットキャリアーでした。
双発リアジェットという珍しい機体。
キャビンは2ー3席配置(アブレスト)なので、
細い機体ということがよく分かります。

当時は流石に機内食は出ませんでしたが、
箱に入ったお菓子と飲み物がサービスされました。
私にとっては2度目の飛行機搭乗で、
初めての機内での食べ物で感激していただきました。

2度目の搭乗時は、
TDAからJAS(日本エアシステム)に社名変更していました。
確か東急グループに入っていたと思います。
国際線の就航もしていて、その宿泊受け皿として
「パンパシフィックホテルズ」をシンガポールに立ち上げたような記憶があります。
(パンパシフィック横浜が横浜ベイホテル東急に名称変更しましたね)

知人から貰った株主優待券を利用して、
神戸旅行に友人夫妻と行きました。
JDA300
エアバスA300でした。
JASが初めて導入したワイドボディ双発エアバス機。
カラーリングはエアバス・インダストリーのオリジナルを
譲り受けた垢抜けたものでした。
(バチカン・サン・ピエトロ寺院のスイス人衛兵の服の色合いによく似ています。あのミケランジェロがデザインしたとガイドさんに聞きました)

コーヒー1杯飲んでいるとあっという間に伊丹空港に着いてしまいました。

次は…なんて思っているうちに…
日本航空に統合されてしまいました。
レインボーシートという、安価な上級シートもあったようで、
もう少し乗っておけば良かったと思います。

余談です。
小学校の同級生M君は東亜国内航空に整備士として入社。
勿論現在は日本航空の成田空港勤務です。
小学校、中学校、高校、専門学校ともに統廃合され今はなく、
会社も統合されて今は無い…というのが彼の自己紹介時の鉄板ネタです。

続きます。
久々のエアライン私見も最終コーナー。
日本のエアラインです。
まずは、JAL/日本航空です。

初めて搭乗したのは大学3年20歳の夏、
伊丹ー羽田のDC-8(60シリーズという長胴タイプ)。
jl001
後にエジプト航空B-707と並んで、第一世代のジェットキャリアーの乗ることが出来た。
エイトに乗ったのはこの時は最初で最後。
「何でジャンボじゃないんだ…」と
その時は思いましたが、結果的にはツイテいたというでしょうね。
(エイトは当時順次退役中だったようです)

まずは、国内線から。
羽田ー福岡、羽田ー千歳、羽田ー関西と幹線ばかり乗りましたが、
羽田ー小松が唯一の準幹線でしょうか。
考えてみれば、国際線はJAL、国内線はANA、JASと住み分けの時代でした。

その小松線で、初めて国内線上位クラス体験(当時はスーパーシート)をしました。
急遽行くことになったため、帰路はスーパーシートのみ空席だったのでした。

小松空港でチェックインすると、さくらラウンジへ案内されました。
ゆったりと紅茶をいただきながら過ごしました。
一緒にいた母はこうした場所では「慣れてますわよ」オーラを全開させ、
妙に堂々と振舞っていました。
jl005
B747クラシック機のAキャビンにこんな感じの濃紺色のシートが並んでいました。
フライト時間は1時間少々ですが、
jl006
こんな感じの機内食が出てきました。
少なめの量でイイ感じでかつ味も悪くないものでした。
横の母を見ると、やはりオーラを全開させつつ笑顔だったことを覚えています。
ただ一度の親子上位クラス搭乗でしたが、
こうした雰囲気が大好きな母にインターのCクラス搭乗をさせてあげたかったな…と思います。
(昨年秋のチャイナホノルル線Cクラスには弟一家と一緒に両親もいたのかなと…特に親父は…)

那覇線では、簡単な機内食も出されて擬似国際線フライトを味わいました。
復路の羽田到着寸前にヘッドホンから
クリストファー・クロス「Arther' Theme(邦題:ニューヨークシティ・セレナーデ)が流れてきて感動しました。

国際線です。
初めては北米線、成田ーロスアンジェルス、サンフランシスコーホノルルー成田。
当時は西海岸からハワイ経由のフライトがあったんですね。
前年、初めての海外旅行で搭乗したのがエジプト航空(MS)ですので、
ちゃんとした座席、機内食、飲み物、CAさん、音楽サービスに驚きました。
(家業を継ぐため勤めを辞めての長期休暇中大学時代の友人TKとの旅。今現在、彼の息子が後を継ぐべく勤めを辞めて海外旅行中と聞いている。年齢も全く同じ…1周回った感ありですね)

翌年友人NMとグアムに行った時もそうでした。
帰路、始めたばかりのエグゼクティブクラスにはシートのみのアップグレード。
青とシルバーのシートがが2-4-2に配置されていました。
今の時代で言えばプレミアム・エコノミー(PY)みたいです。
朝食ミールがエコノミーってのが、ちょっと寂しかった。

成田ー香港線で、

ちょっとの間飛んでいた、MD11(通称Jバード)に乗りました。
件のTK一家と行った香港旅行の往路でした。
因みに帰りはDC10というおまけ付き。
新しく綺麗な印象が残っています。

成田ーカイルア・コナーホノルル(トランジット)ー成田。
jl004
当時、高コストに悩むJALが外国人CAを乗せて、
雰囲気をリゾート風にしたジャルウェイズ(JO)「リゾッチャ」便です。
機内ではビンゴゲームがあったりと、ツアーバスみたいでした。
ローカルなカイルア・コナ空港での入国もいい思い出。
その後廃止に…。

南半球へは2度。
両方ともB-747-300
成田ージャカルターバリ・ングラライ。
ジャカルタ・スカルノハッタ空港でのトランジットは退屈でした。

成田ーブリスベン JO/QFコードシェア便。
2008年リゾッチャ最終年の11月に搭乗しました。
今は日本からのブリスベン便はありませんし、
JetStarのゴールドコースト便が代わりですので貴重な搭乗ですね。
物価高もあってオーストラリアの渡航者が少ないのでしょうか。

私の場合は日本航空国際線=南へという方程式が当てはまるようで、
渡航のうち搭乗は20%以下ですので案外と乗っていないようです。
この頃は評判悪くないようですので、もっと搭乗してみようかなと思います。

次回はJASの予定です。