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200 こんにちは

― 開いたページに何を読もうか

閉じた昨日に何を挟もうか ―



長野を出て丸10年がたった。

それはここで10年を過ごしたこととイコールで

あの日、心躍らせた見知らぬ土地は

もはや手に乗せて遊ぶことのできるほどこじんまりとしたものになり

それを大阪からの帰り道、29号を北上する中で思った。

運転席に親父、助手席におかん、となりに姉が乗り

その横で窓のそとを不安がって眺めたのを覚えている。

2、3日かけて引越しと買出しは一通りすみ

3人になって軽そうなエミーナが重そうに発車する。

それを見送ったあの日から10年。

最初の1ヶ月こそホームシックに等しい状態に陥ったが

それ以降、今日までそれが顔を出していないのは

こっちで僕が世界を手に入れたことが主要因なのだろうか。

そうなのだろうか。


先日、大阪を歩いて戸惑った。

動物的な方向感覚や何度も訪れたことでの土地感、

都市部での立ち居振舞いなどはどちらかと言えば得意だと自負しているし

緊張することなどもはやない。

僕が戸惑ったのは、おそらくこれまでもうすうす感じてはいたこと。

すれ違う誰も彼もが僕を認識していない。

おれ、お前、わたし、あなた、ぼく、きみのそれぞれの間には

幾重ものフィルターが存在するようで

だれもがみな、そのフィルターを通してのみ世界を知覚していた。

どうにもこうにも、そこに自分が関係している気がしなくて

それが違和感として僕を戸惑わせた。

大阪がどうの、という話ではないことは理解していただけると思うが

少なくともここ鳥取においては、そうではない。



着地点を用意せず書き始めたことを自覚していたのに

キーボード上の指がとまる。

僕はなにを言いたいのだろう。

理解ある家族への感謝。

鳥取への多種多様な情。

決して離れない長野への思い。

沖縄へ引っ張られる心。

見知らぬ土地への羨望。

囲まれている人々の顔。

またこうして春が来た事への焦り。

苦く、そして甘い日々。

青が散るような若葉台の景色。

そして今日もそこにある鳥居。

私と、俺と、僕と、マスターと

4つの一人称で存在すること。


すこしずつ、すこしずつ

お見せできない程、微量な速度で

いろいろなことがよくなってきている。


誰かが言った。

時間が解決する、と。


あぁ、今日もまた新しいわたし、こんにちは。

201 つきーーぬける ほーどぉー はーーーーれたひーーー

どうも、aikoです。あ、うそ、masterです。
冒頭、今日にふさわしい曲を歌わせていただきました。
あたたかな、ようやく春な新年度初日。

昨日はいろいろ書き連ねたいことがあって
車の窓を開ければ気持ちがよくて
花壇の草取りをしたら緑のにおいが気持ちよくて
どこかからおいしい匂いがしてきておいしそうで
やさしい日差しをカーディガンにして羽織って
このままどこかへ駆けて行きたいほどメルヘンな気持ちになって
そんな自分がちょっと気持ち悪くて
結局、なにもここに打ち付けないまま。
桜がいっきに芽吹く気がして
それこそ「いっせーのー せ!!」で、ぶわっと咲くイメージです。
ぼくもそんなんで咲きたいもんです。


203 みどりいってん

テレビに映ったかはわかりませんが、
J's goalのカメラには撮られてきました。
すぐにサイトにアップされてましたよー!
Gグリーンが引きの強さをもってまして、
旧ユニではありますがバッチリとアピールした参りました。

あ、ガイナーレだ。
と気付く少年や他サポの方々もいたり
いなかったり。
まぁ勝手にガイナーレ特任PR隊員ってことで。

試合の方も目の前のゴールで3つすべてのゴールシーンを見れたのは
運がよかったかと。
ちなみに予定通りゴール裏中段のちょいメインよりに席をかまえたのが
かなりナイス。

ここJ選抜ゴール裏にはベガルタ仙台や鹿島アントラーズなど被災地チームのサポが多く
特別な雰囲気でした。
チャリティマッチはひとつのきっかけでしかないけど
サッカーとそれを取り巻く人たちの力は大きいと
改めて思いました。

特任PR隊員の写真はこちらから見れるかと。
http://www.jsgoal.jp/photo/00073700/00073773.html

Now on

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205 ぐっばいとっとりパート2

明日29日(火)は定休、明後日30日(水)は臨時休業ってことでお休みします。
追わないでください。


車と電車とこの二本の足を駆使してあんなとこやことなとこ
行ってきます。

水没携帯の代替エクスペリアに翻弄されながらのプチトリップ。
楽しみであります。

今回のミッションは
常々申し上げております「ざるそば」を食すこと。
そしてそばで検索かけてたら出てきて速攻スイッチが入ってしまった
「沖縄そば」も食すこと。
舟和の芋ようかんを買うこと。
の3本です。

最重要ミッションに関してはあいこちから問い合わせ
という名の対面式抗議を受けかねませんので
これ以上のことは申しません。申せません。もう、しません。ごめんってば。

お土産あるいは土産話をご希望の方は年度末の日に集合で。

ちなみに29日はTVを19:20からご覧あそばせ。
緑の豆粒大のマスターが観えるやもしれません。
そら豆。
J選抜側ゴール裏、中段あたりに張る予定。





椀


こぼれる。

言葉が、今日は。

「場所」

という単語が脳裏にあって

それを提供しているということに改めて気付く日々。

「場所」を差し出すことに付随して提供することになる「時間」というものも

大いに感じられてさらには「人」という

提供することのできないと思っていたものまで

知らないうちに手元に持っていたことを知り

それを「つなぐ」という行為で可視化することを覚えた。


椀からほんのりあたたかいふんわりとして少し秘めた艶のある
空気を多分に含んだメレンゲ状のなにかがこぼれる。

それは蓄えたからこそ。

ここにひとつ、小さな椀を置いて2年5ヶ月待って

それが今日、こぼれた。

あふれたと言って然るべきかも知れない。


椀の外には盆がどうやらあるようで、

椀からこぼれた何かをそれぞれゆるく取りまとめ

配膳していく様が思い浮かぶ。

明日から小鉢を溜めていこう。

207 その間にあるもの

「サムライ」と「待つ」という行為の関係性を考えてみた。

よくわからなかったのでその姿をイメージしてみた。

冷たい雨降る3月も末。江戸の町は行き交う人もまばらで静かだった。
ひとりの侍が町屋の軒先で雨をしのいでいる。
というより誰かを待っているようだ。
忍びの恋なのだろうか。深く笠をかぶった町娘が足早にかけよって
そして2つの影は街道に消えた。


侍、待つ。


なんでこんな漢字が似てるのだろうか。
にんべんとぎょうにんべんというだけの違いにあるものはなんだろうか。
僕にはわからない。
わからない。







僕にわかるのは29日のサムライジャパンとJ選抜のチャリティマッチに行く。
ということだけ。
ただそれだけ。
ついでに甲子園も一試合観てやろうと画策中。
でもそれでけ。

208 きみのにおいがした きみはそこにいなかった

ほら君達、こっちへおいで。
今夜はじいさんが昔、好きじゃった匂いの話をして聞かせよう。

あ、将来風の前置きです。
こんな話、わざわざ孫たちにしないとは思いますが。練習。


とは言え、香水の話をしようと思いまして。
高校時代からときどきつけるのが好きで
でも高校時代からベタなのはいやだったので
ちょっと変なやつとかを探して愛でたりしてました。

4本のボトルが手元にあります。
ひとつはとっくに空っぽで、その含んでいた匂いもだいぶ薄れてしまっています。
gai mattiolo UOMO
大学1年の冬、寒かったあの冬、あまくやわらかいこのにおいが01年~02年の冬を呼んで来る。

ひとつはあと6プッシュくらい残したままもう6年も使っていない。けどたまにボトルの木の蓋をあけて嗅ぐ。
BURBERRY TOUCH FOR MEN

ひとつはもっとも愛用したもの。一番すきで今でもつけれるならこれがいい。
JIL SANDER FOR MEN

ひとつはフォーメンじゃない。でもスパイシーさが結構好きで時々ひそかにトイレにまく。
GUCCI ENVY

ここに4本のボトルがある。
それぞれに喚起させるものがあって、スイッチの要領で場面場面で取り出して
かぐ。

珈琲を扱っている以上、なかなか身に付けられないけど
その分、香水香には敏感になって
趣味の合う香水をつけた人に出会うと
「これは○○○の香りですか?」
「いいえ、夏みかんです」
と、なる。
とは限らない。


はやく私も菜の花横丁へ駆けて行きたい。

211 volta

それをBGMにして
歌がつくりたい
手と指でベンチを叩いて
リズムをとって
ショットグラスのラムが小刻みに揺れる
一瞬の無音に不安ではなく
安らぎを覚え
記憶を誘い合わせて

そんな折、彼に会いに行こうかと思ってみる
当に忘れられたかも知れないあの言葉の真相を尋ねに
そしてそれに答える用意をして
一時の気の迷いも
血の沸騰を理由にして
現実にしてしまえば日常となる
そのことへの歌をつくろう

本気で笑うことへの術
豊かな皺の有り様を

212 思い(お金)をストレートに届けるには 【必読】

東日本大地震の復興支援 義援金に関して昨日お客さんと話していて
いろいろ思うことがあったので僕なりに調べてみました。

まず発端はこの会話から…

「募金って窓口があちこちあるけどどこからするのが一番効果的なのかなぁ」

「店先や企業名義や有名人が開設した窓口とかいろいろですからねぇ」

結論。先に言っておきます。

日本赤十字社へ直接(←ここ大事)募金するのが一番効果的だと感じました。

「効果的」というのは僕らの思いが無駄なくまっすぐに復興に役立つであろうという意味。

というのも、企業あるいはどこか窓口を経由しての募金になると
つまり募金者が領収証をもらえない状況下での募金となると
それは受け付け窓口(ここでは仮にA社とします)の取りまとめた金額は
A社からの義援金となって公的機関(赤十字など)に寄付されます。
この場合、A社は確定申告時に寄付分の全額を損金算入できることになり(って難しい話になってしまいました)
つまり企業側にとっては節税のメリットとなり得る。ということをはらんでいます。
このことが悪い。とは言うことではないけれど彼らが払う大きな税金は地域あるいは国に回るわけです。
節税できることで企業の利益が上がること自体は良いことだし
それが従業員に還元され得ることを考えれば景気回復に有効だ、と言えなくもないですが
ここで言いたいのは、

そうなるかどうかわからない
僕らの手の届かないところに僕らの気持ちを置くことには
僕は抵抗があるということです。
あまりに多くの窓口がその詳細(どういう経路でどこに、集めた何%を届けるのか、など)を
わかりやすく説明しないまま募金を募っていることには疑問があります。
また、募金を募ることで生じる人件費やその他を企業が負担しているとしない場合、
そう言った金額を差し引いての寄付ということも考えられるでしょう。

企業や有名人のその知名度で多くの義援金を集めることは様々なタイプの人間に
興味を持ってもらう意味で非常に有効で、結果多くのお金が集まることが悪いことだとは微塵も思いません。
ただ少し回り道に、そして不透明に映ってしまう。

僕らの財布に有り余ったお金なんてない。
でも、他人事だとは思えないこの災害に対して
僕がだれか1人に毛布と食料を、お望みとあれば歌だってうたってあげるけど
でもその程度のことをするのが精一杯。
そのことをこの募金に託すなら募金先はちゃんと選びたい。
思い(お金)をストレートに届けることを意識していきたい。

その上で3.11の大地震を発端とするあらゆる災害を非被災者の僕らが
あっさりと忘れ去らないように西日本がむしろ頑張りたいと思っています。


また、今回のことで日本赤十字社へ直接、募金する。という行為が一般に広まってくれることを期待します。



上記のようなことは言っていませんが、根っこのところで共感できたので
コチラもご覧いただければと思います。
糸井重里さんの文章には無駄なく、思いを汲んでくれているような気がします。
ケータイからは見れないかも知れません。
ほぼ日刊イトイ新聞 糸井重里

ところで、そもそも赤十字社に集まった義援金はどう使われるのか
調べてみました。

(下記ホームページより抜粋)↓ ↓ ↓

Q1.今回の義援金はどのように使われるのですか?
A. 「義援金」は、国内で発生した大規模災害に対して皆さまからお寄せいただくもので、
全額を義援金配分委員会(※)に送金いたします。
その後、同委員会で立てられた配分計画に基づいて、被災者の方々へ届けられます。

※都道府県が主体となって構成される委員会で、赤十字は構成メンバーの一員です。

詳しくはこちら 赤十字社のホームページ   日本赤十字社