今月になって2枚パンツを破った。


健常者?であった昨年まで、長年愛用してきたのはコットンのトランクス

タイプ。そう、下着のパンツの話だ。

破ったのは自らの手で、それもカッターナイフで!


もよおしてきたので真夜中に目覚め、手探りでアレを探す。男性諸氏なら

ではの話。在るべきところに在る筈のアレが“社会の窓”が無いのだ。


10月から障害度や要介護度の見直しに伴い、新しいケアマネージャー

さんのケアプラン(介護計画書)のもと、毎晩8:00~9:30頃の間に30分間

ナイトケアのためにヘルパーさんが来てくれることになった。


30分ではお願いできることは限られているのだが、「身体介助」という

サービスで、からだの清拭をしてもらったり足浴をしてもらったり、寝間着

や下着の替えなどを手伝ってもらっている。


さてと、そのパンツの話。

それぞれ別の介護事業所に属し別のヘルパーさんなのだが、コチラも

気をつけていないとプロといえども間々やってしまうことらしい。

前をちゃんと合せられないでよれてしまい、腰辺りに社会の窓が・・・

な~んて事。


太いマグロを転がすがごとく右に左にと側転させながら下着やズボンを

はかせてもらうのだが、お尻の尾てい骨のラインとズボンなどの後ろの

縫い目を合せることがポイントらしい。

そこが合っていれば自然と前も合い、さて小用をと思った時に、ワ-ッ

“社会の窓”が見当たらない!などと云う悲劇?喜劇?に見舞われない

のだそうだ。


いちいち箸の上げ下ろしまで・・・のたとえのように、プロの有資格者で

あるヘルパーさんに対していちいち仕事のチェックはしづらいものだ。

ヘルパーさんを信頼したいし、信頼できなければ自分の肉体に手を触れ

させることなんてできないでしょ。


安心して任せた末に、チャックを下ろしてから気付くこの真夜中の不幸な

出来事。

何処にぶつけることも出来ない怒りをカッターナイフに込め、ひとり深夜

暗闇の中での手探りの危険な作業に、滑稽さを感じつつもクソックソッと

トランクスを切り裂いた。


教訓 Ⅰ

身障者は伸び縮みの少ない木綿製のトランクスを履いては

ならない。

(後日ベテランのヘルパーさんの助言から、移動支援を使って、生まれて初めて

介助者に付いてもらって買い物に出かけた。池袋・マルイ内のユニクロ。

軟らかく伸び縮みする木綿のボクサーパンツがお気に入りとなった。)



J's_cafeへようこそ!-ばっちゃまの絵手紙

昔むかし野州佐野の在に一人のばっちゃまがおりました。

勿論立派なお名前はあるにはあるのですが、人々は長年ばっちゃまと
呼び慣わしてきたので、いつしか立派なお名前のほうは忘れられて
ゆきました。

ばっちゃまは野の花も季節の果物もな~んでも絵にしてしまいます。
いつしか口から口へとばっちゃまの絵の評判は伝わり、デンサンと
いうお百姓が恐る恐る頼んでみました。
「ばっちゃまよう、この花を文字でもあらわしてくれんかのう」

描写あり解説でもあり、詩もあり歌でもあり軽妙洒脱な文は、流れる
ような自然の絵姿と共にまたまた評判を呼んだのでした。


この画架に掛けられた横90センチほどの文字絵には、「私の一日」
の歌詞が3番まで見事に収められている。

今は病室のような何もない淋しい事務所の壁面で異彩を放ち、
いつも俺を励ましてくれている。

“ゆっくり精一杯”だよ・・・と。
$J's_cafeへようこそ!-城山からの安曇野と常念岳

ベタや足跡を付けてくださる方々には、信州~松本つながりの方が
多い。なにげに心嬉しいものだ。

安曇野に暮らす従妹が、四季折々に「ふるさとの山」の写真を送って
くれる。先週は小谷村から風吹大池あたりの紅葉散策?に行った
らしい。
そんな中に混じっていた一枚を紹介したい。

撮影地に光城山とあった。おらほじゃただジョウヤマとだけ呼び
慣わしていたのだが・・・?松本北西郊にある、小学校の頃には毎日
遊び暮らした裏山だ。

ラクダ山と云っていた西の突端にあるガレ場の上に、今は展望台が
ある。
正面の富士山のように姿美しい山が、敬愛していた亡き姉の大好き
だった山「常念岳」だ。

墓参りにも行けずにいるが、早くも来月には4回目の命日を迎える。