英語遊歩道(その42)-ある英作文教師の話-英文の「膿」を出すこと | 流離の翻訳者 青春のノスタルジア

流離の翻訳者 青春のノスタルジア

福岡県立小倉西高校(第29期)⇒北九州予備校⇒京都大学経済学部1982年卒
大手損保・地銀などの勤務を経て2008年法務・金融分野の翻訳者デビュー(和文英訳・翻訳歴17年)
翻訳会社勤務(約10年)を経て現在も英語の気儘な翻訳の独り旅を継続中

「NHK放送開始100年」に因んだ番組だろうか、先日テレビで「第20回紅白歌合戦(1969年)」が放送されていた。白黒で3時間余りあったが実に豪華な出場者だった。当時私は小学5年生。何となく当時の世相や年の瀬の雰囲気が蘇った。

 

 

京都から戻って以来、思考が過去に向かっているようで、予備校や大学時代のことをよく思い出す。友人たちとの会話やメールで、当時の入試問題に関する話題が結構出てきたことも理由のひとつである。

 

私が通った「北九州予備校」で英語を習った先生は4人いた。リーダー(英文解釈)が担当の年配の先生と若い先生、英文法が担当の大学教授みたいな先生、そして英作文を担当された脚が不自由な先生の4人である。

 

その中で最も印象に残っているのが英作文の先生である。お名前が思い出せないのが残念だが当時40代半ばくらいの方だった。この先生の講義は今でも覚えている。

 

テキストは「新大学英作文(BRUSH UP YOUR ENGLISH COMPOSITION)」(増田鋼著/成美堂)というもので、授業の形は数学と同じく、当日学ぶ問題の英訳を休み時間中に生徒が黒板に書き、それを先生が添削するという形式だった。

 

 

この先生は我々に、まるで口癖のように「英文の膿を出しなさい」と語りかけていた。この意味は、言いかえれば「難易度の高い単語や表現を使うのではなく、シンプルな構文や平易な単語を使って素直な英文を作りなさい」ということだったように思われる。

 

先生に言わせれば「使いきれてない難易度の高い単語や表現こそが膿」だったようだ。確かに「試験に出る英単語・英熟語」やその他の参考書で覚えたての単語や表現を英作文で使ってみたくなるのが受験生の人情だった。先生の言葉はこれを戒めたものだった。

 

それよりは、関係代名詞/関係副詞が正しく使えるか、分詞構文が正しく書けるか、接続詞が正しく選択できるかとか、基本的な動詞について、自動詞で使うのか他動詞で使うのか、不定詞をとるのか動名詞をとるのか、またthat節が続けられるのかなど、文の骨組みに関わる部分を重視された。

 

結局のところ、英作文についても文法書をしっかり読んだり辞書をきちんと引くことが大切なのである。

 

当時の生徒が黒板に書いた英文で先生が厳しく批判されたものをいくつか思い出す。例えば、「困り果てた母と子は…」という日本語を、ある生徒が英語でperplexed mother and childと書いた。Perplex「試験に出る英単語」「当惑させる」という意味の動詞で出てきたが、その生徒はその単語が使いたかったようだ。当時の私でも何となくbig word(大げさな言葉)な印象を受けた。mother and child who were in troubleくらいで処理すれば良かったのではないか。

 

先生に一度だけ指名されたことがある。「路面電車って何て言う?」という質問だった。わからず小さな声でtrainと答えた。先生はよく聞き取れなかったのか「そうだね!tramcarだね!」と仰った。以来、tramcarという単語は私の脳裏に深く刻み込まれることになった。

 

 

思えば、これほど印象に残る英語の授業を受けたことは、大学に入学した以降も生涯を通じて一度も無かった。