テレビで旅番組などを観ていると時々ヨーロッパの鉄道列車などが出てくる。スイスの登山鉄道(ユングフラウ鉄道)など乗ってみたいなぁ!と思う。
思えば、車の運転を始めるまで旅行と言えば列車だった。目的地はもちろん、駅弁や持参した弁当を食べながら眺める車窓からの景色も楽しみの一つだった。
車を運転するようになってからは行く当てのない独りドライブが楽しみの一つになった。道に迷って思わぬ町や風景に巡りあったり、知らない店に入って思いのほか美味しいものを味わったり。
初めての町や店で、見ず知らずの人と交わしたちょっとした会話の中に優しさや温かみを感じることがあった。そんなことが孤独な心を癒してくれた。相手の顔は思いだせないが情景だけが思い出される。
列車の旅に戻るが、コロナ禍や戦争が治まって平和な世界が戻ってきたら、いつの日か、ユーラシア大陸を横断するシベリア鉄道みたいな列車で旅をしてみたい。できれば中国とロシア、またヨーロッパ各国の車窓からの景色が楽しめる旅を。
次の問題は、そんな列車の旅に関するものである。
問.次の文を英訳しなさい。
子供のころに列車での旅行というのは心躍るものであった。年に一度、夏休みに祖父母の家に行くときには、何時間も列車に乗ると考えただけでわくわくした。今では長距離列車を見ても、子供のころのように気分が高まることはないが、大きな駅のホームに日本各地に向かうさまざまな列車が並んでいる光景は鮮明に覚えているし、発車の瞬間の独特の高揚感を思い出すこともある。
(2010年 京都大学)
(流離の翻訳者・拙訳)
In my childhood, a travel by train was exciting for me. Once a year in the summer vacation, when going to my grandparents’ house, I was thrilled to be just getting on a train for long hours. But now, I can’t feel so excited to see a long-distance train as when I was a child. Nevertheless, I clearly remember the scene that a variety of trains bound for various locations in Japan were lining up on the platforms of a large station, and I’m sometimes reminded of a surge of peculiar excitement at the moment of the departure of those trains.