英語の先生のエピソードをもう一話…。独特な発音のW先生は市内八幡西区にお住まいだった。奥様は若かりし頃「ミス〇〇」だったという噂を聞いたことがあった。
ある日のW先生の授業、始業のベルが鳴っても先生がなかなか来なかった。15分ほど過ぎた頃、先生が疲弊した姿で教室に入って来られた。
開口一番、我々に向かって「済まん!昨晩から家内の具合が悪く、徹夜で看病しとって学校に来るのが今になった!」と仰った。さらに続けて「実は儂は朝飯を食っとらん!売店でパンを買って食ってくるので、済まんがもう暫く待ってくれ!」と言われた。実に人間的な方である。
またある日(高校2年時だと思う)英語リーダーの授業で、ある男子生徒を指して「〇〇!訳してみよ!」(これはW先生の口癖だが)と命じると、その生徒「済みません!予習していません!」と答えた。さらに別の男子生徒を指して「では、△△!訳してみよ!」と問うと、その生徒も同じく「申し訳ありません!予習していません!」と答えた。
さらに、似顔絵師の友人Yを指して「Y!訳してみよ!」と命じた。数行の英文解釈であり先生はYにチャレンジを期待したが、Yも空気を読んだのか「済みません!予習していません!」と答えた。
その瞬間「何ちゅうことか!!」と嘆かれ、「大体お前たちは………云々」という長い説教が始まることになった。結局この英文解釈、友人Rが指されて解決することになった。
それにしても、このW先生の「何ちゅうことか!!」の嗚咽、漢文の「已矣哉」(やんぬるかな=もうおしまいだ!)に似た絶望・悲痛な嘆きに聞こえて、私の記憶の底に長い間沈殿することになった。
W先生は高校3年時私の担任となった。思い出すのが春の遠足「潮干狩り」のワン・シーンである。海岸は貸切バスで1時間半くらいのところにあった。
バスの中で先生は我々に「お前たち!今のうちにさっさと弁当を食っておけ!そうでないと貝を掘る時間が短くなるぞ!」と助言され、勝手に早弁をされていた。
先生に賛同する生徒は誰もいなかったが、生活が懸かっているのか家族愛からか、先生はわき目も振らずに弁当を掻き込んでいた。
残念ながらW先生は我々の卒業と同時に転勤で西高を去られた。一年後、大学に合格した時電話でお話ししたのが最後である。
その時先生は「おめでとう!よく頑張ったね!」と仰ると同時に、何故か私に敬語で話してくださった。ただ、これは決して卒業した生徒に距離を置かれたわけではなく、私を一人前の大人として認めてくださったからだと今も理解している。
残念ながら、以来お会いできず終いとなっているが、ご存命なら90代半ばくらいではなかろうか。