「秋思」 劉禹錫 | 流離の翻訳者 青春のノスタルジア

流離の翻訳者 青春のノスタルジア

福岡県立小倉西高校(第29期)⇒北九州予備校⇒京都大学経済学部1982年卒
大手損保・地銀などの勤務を経て2008年法務・金融分野の翻訳者デビュー(和文英訳・翻訳歴17年)
翻訳会社勤務(約10年)を経て現在も英語の気儘な翻訳の独り旅を継続中

しばらくブログから離れていた。先日台風が遠くを掠めてから秋らしくなった。もう半袖では寒い。この街で早3度目の秋である。


「セピア」という言葉は日本語になっているが、しっかりと意味を調べたことは無かった。定義は以下の通りである。


「セピア」(”sepia”

①有機性顔料の一。イカの墨汁嚢中の黒褐色の液を乾かしてアルカリ液に溶解し、希塩酸で沈殿させて製する。水彩画に用いる。

②黒褐色。


以上「広辞苑」


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Sepia:

Something that is sepia is deep brown in color, like the color of very old photographs.

「非常に古い写真のような濃い褐色」


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「秋思」           劉禹錫(しゅううしゃく)


自古逢秋悲寂寥     古(いにしえ)より 秋に逢いて寂寥(せきりょう)を悲しむ

我言秋日勝春朝     我は言う 秋日(しゅうじつ)春朝(しゅんちょう)に勝ると

晴空一鶴排雲上     晴空一鶴(せいくういっかく) 雲を排して上(のぼ)る

便引詩情到碧霄     便(すなわ)ち 詩情を引いて碧霄(へきしょう)に到る


(現代語訳)

「秋に思う」

昔から人は秋になると寂しさを感じるものだが、私は秋の日は、春の朝ぼらけよりも趣があると思う。

それは、まるで一羽の鶴が雲を凌いで大空へ上っていくように思われ、言い換えれば人の詩の情(こころ)を携えて碧空に到達するかのように感じるからである。


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ふと枕草子の「春はあけぼの・・・」の一節を思い出した。

流離の翻訳者 果てしない旅路はどこまでも