日曜家庭礼拝音声メッセージ:「心に割礼を受ける」とはどういうことか? | イェホシュアのイスラエルの信仰と証し

イェホシュアのイスラエルの信仰と証し

1世紀のイエスの弟子たちの初代教会が回復したイスラエル教の教会(エクレシア)であるイェホシュアのイスラエル

2021年2月1日付投稿に、誤って上書きをしてこの投稿を作成しました。そのため、2月1日投稿にいいねを押して下さった方々のいいねが残っています。混乱が生じてしまいましたことを、お詫び申し上げます。

 

 

エゼキエル36:25-27で、神である主が私たちに「肉の心」を与えるとおっしゃっていること。ローマ2:29で「心の割礼こそ割礼です」と述べられていること。この「心の割礼」とはどういうことなのかを、聖書からひも解いていきます。

 

 

わたしがきよい水をあなたがたの上に振りかけるそのとき、あなたがたはすべての汚れからきよめられる。わたしはすべての偶像の汚れからあなたがたをきよめ、

あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を授ける。わたしはあなたがたのからだから石の心を取り除き、あなたがたに肉の心を与える。

わたしの霊をあなたがたのうちに授け、わたしのおきてに従って歩ませ、わたしの定めを守り行なわせる。

(エゼキエル36:25-27)

 

かえって人目に隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、文字ではなく、御霊による、割礼こそ割礼です。その誉れは、人からではなく、神から来るものです。

(ローマ2:29)

 

 

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