こんにちは♪

オフロスキーさんをちょっと文字って

サシミスキーってハンドルネームに

勢いでしちゃいましたがw

だんだん馴染んで来た

感じがする今日この頃。

 

僕の過去の実話シリーズ、

第2話にアクセスいただき

ありがとうございます!

 

プロフィールでは書ききれなかった

過去の黒歴史(?)というか

かなりヤッホーな経験を経て

V字回復して今の僕があります。

 

もし仮に、今、僕のブログを

読んでくださっているあなたが、

何かで大変な時期を過ごしているなら、

必ずV字回復できる時が、

またやって来るよっていう

勇気をお届けできたら嬉しいです。

 

 

ちなみに、僕、

70歳近くまで子育て現役世代で

いないといけないために、

 

経済基盤確保にも、以前から

アンテナを張って来ていたので

その話にも触れてみようと思います。

 

 

ハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイ

 

 

 

元妻との秒で終わった電話の後、

しばらく感慨に耽り、烟草の煙を吐いていると

何度電話しても繋がらなかった部下から

ひょっこりとコールバックが来ました。

 

開口一番、

 

 

「○○くん、大丈夫かい!?」

 

 

僕は結構大きな声で、

言ってしまいました。

 

でも、部下は思いのほか冷静で、

 

 

「えっ、何がですか?」

 

 

と、全くもって事の重大さが

わからないような状態で、

2倍驚いたものです。

 

ニバイ・ニバーイ・・・(懐)

 

 

僕 「えっ(オウム返しで言っちゃったよ)、地震すごかったでしょ?」

 

部下「あ、、そうなんですか?」

 

僕 「気づかなかった?」

 

部下「・・・そういえば、さっき高速道路を走っていて、なーんか電光掲示板が揺れているような気もしましたけど、無事ですよ」

 

僕 「よかったぁ・・・・・・」

 

部下「え、サシミスキーさん、そんなに地震ひどかったんですか?」

 

 

気を揉みすぎるほど揉んでいたので

ある意味部下の、知らぬが仏状態で

とにかく無事

いてくれたことには

心底安堵しました。

 

 

「自分、バイク通勤なんで、一旦会社戻ったら自分のバイクでのんびり帰るんで、サシミスキーさんは僕が戻るの待たずに帰宅されて大丈夫ですよ」

 

 

と、部下が言ってくれたこともあり

その後僕は、約2時間半ほどかけて

当時住んでいたアパートに

歩いて帰宅することになります。

 

道路の渋滞や、電車のストップが

なんとなく予測されたので、

普段は車で通勤している道を

この日初めて、会社から自宅まで

歩き切りました。

 

自宅近くに着く頃には

すっかり夜になっていました。

 

それもそのはず、所要時間が

なんと2時間半近くもかかったからです。

 

途中のコンビニでは、

早くも食料品がごっそりと売切れていて

むかーしむかしにあった、

 

オイルショックの時の

「トイレットペーパーが買えない」とか

平成の米騒動の時の

「米が買えない」みたいな

 

ああいう緊急事態が、この先

起きるであろうことは

ありありと伝わってきました。

 

生きているうちに、こんな出来事に

遭遇するんなんて、人生って

ホントわからないものですね。

 

僕は、自宅までの道のりを歩きながら

時々空を見上げては、

 

 

「自分の人生だって、離婚を経験するとも思ってなかったよなぁ」

 

「僕は今日という日を生き延びることができたし、会社のトイレでウンチまみれで死にもしなかった...」

 

(心の中の声を正直に書いちゃってますね、食事中の方いたらすみません)

 

 

って、思いました。

 

神様がもし居るなら、

僕は3.11のこの日と、

実は、2年程前のある出来事の2回、

 

 

「お前はもっと生きろ」

 

 

って言われたような気がする、

というちょっぴりスピリチュアルな

体験をしていました。。。

 

そう、2年前の僕に

何があったのか・・・ですが。

 

僕が31歳の頃に、元妻との

結婚生活が始まったのですが、

東日本大震災の3年前の2008年に

別居生活が始まっていました。

 

結婚生活がうまくいかないストレスが

一番かかっていたのは、

元妻のところに置いてきてしまった

 

 

息子のことを思わない日は

1日たりともなかったこと

 

 

に対してです。

 

それが当時の僕には

メンタルに直撃しまして、

徐々に不眠や片頭痛などの

不定愁訴で毎日からだがだるい状態が

ずっと続いていきました。

 

もう、明らかにうつ病だったのですが

自分でそのことに気付けない時間が長くて

今思えば、とても危険な状態だった

かもしれません。

 

そんな2009年に入ったある日。

 

精神状態がマジでおかしかったので

季節がいつだったかも

全く覚えていないのですが・・・

 

ふわーーーーーっと、

別居先として借りていた

アパートのロフトで、僕は

首に縄をかけようとした所で、

 

 

「「待て......!!!!!!!!」」

 

 

と、頭の中に響いた自分の言葉のような

そうではないような叫びに、

僕は、我に返りました。

 

自分のしようとしていたことに

とてつもない異常を感じて、

心療内科にかけこみ、うつ病と診断され

適切な治療を受けたことで

死なずに済みました...

 

自分の行動の異常に、

ハッと気づけたあの瞬間は

自分以外の第三者的な力が

僕にかかったんじゃないかと

今でも思ったりしています。

 

2010年になり、長引いた

離婚調停がようやく成立したことで

なぜかスッキリして、鬱病治療も

無事に終えることができました。。

 

 

「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり...」

 

 

って、中学校の時に習った

平家物語の冒頭の文言に、

やたらと励まされました。。。

(ここ、笑うとこですよw)

 

別れた元妻のところに残してきた

息子には、今でも養育費を

毎月6万円払い続けています。

 

僕は、元妻との直接の電話は、

3.11の日を最後にしていませんので

当然息子とも会えていません。

 

だからこそ、僕は

新しい人生を踏み出そうと決めて

翌年2012年の年末にご縁あって

再婚することになるのですが・・・・・・・・

 

 

 

【第3話】部屋とYシャツと僕の失業、そして...新しい人生の始まり へつづくーーー(この最後のにおわせ感w)

 

 

 

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