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何もない明日

朗読人の独り言



『草原ツール』



祭囃子をBGMに仕事する真昼
この場所は海でも草原でもない
パソコンの前でエアコンの風に吹かれている
黴と埃の臭い
外からは祭囃子



阿佐ヶ谷の七夕祭りを見て地獄絵図みたいだと思った
商店街の入口から溢れ返る人々の前に立つのは
警備員ではなく地獄の門番
はりぼてを眺める魑魅魍魎が私
本当ははりぼてなんかどうでもよくて
八百屋に行きたいだけだったんだ、いつもの商店街の。
キャベツとナスとトマトさえ買えればどうでもよかった
はりぼても出店も
人々の話し声も
地獄の中の八百屋には一向に辿り着けず
目覚めたいと思った
夢なら早く終われ。
浴衣美人もはりぼても巨大トトロも
目覚めたらキャベツ、
若しくはナスかトマトであれ。



この場所は海でも草原でもない
パソコンの前で黴と埃臭い風に吹かれながら
祭囃子をBGMに仕事するはりぼて
キャベツかナスかトマト
真夏の午後の悪夢



道端でゴキブリに遭遇する恐怖
日に日に増えてゆく
蝉の亡骸
花火大会にも祭りにも行きたくなかった
風に吹かれたかった
エアコン以外の風に



海でも草原でもないこの場所で一人
風の中の風景を想像してみる
自分の居場所さえ分からないのに
誰かの居場所など知るはずがない
何の手立てもない
はずだった時間を
パソコンの前で
台無しにする



道具を捨てて海へ
道具を捨てて草原へ
道具を捨てて何処かへ
ただ風の吹く場所へ



行きたかった夏が、終わる。



さよならナスとトマトと
遠くの祭囃子