鉄道員(浅田次郎)
鉄道員(ぽっぽや)
浅田次郎著
集英社
これぞ”現代作家”の最高峰!
とは冗談ではなく、僕は浅田作品をみるたびに、
声に出して言うことを習慣づけています。
冗談ですが。
とにかく。映画みたいな小説を書かせると彼の右に出るものはいない。
本作は、実際に映画化された『鉄道員』はじめ、短編が8作納められています。
そのどれもが秀逸です。
もう本当によくできている。
ストーリーに必ず泣かせどころというか、山場があり、わかっちゃいるんですが、
必ずそこで泣いてしまいます。
もう、笑い話です。
たとえば本作に収録されている『うらんぼえ』という作品。
ネタばらし的な話を、控え目にさせていただきます。
主人公の女性は、幼い頃両親が離婚し、祖父母に育てられました。
彼女が成人し、結婚したころには祖父母は他界しているわけですが、
今度は彼女自身が離婚の危機に見舞われます。
騒動の真っ只中、夫側の親類の法事か何かの行事に、田舎へと向かいました。
ここでしょうもない夫とその親族に、本当にひどい目にあわされます。
夜、ひとりでふらふらと歩く傷心の主人公に、
後ろから声をかける人がありました。
僕はこのシーンを、仕事のアポイントへ向かう途中、
乗り換えの浜松町駅に到着しようかというところで読みました。
後ろから声をかける人、もう、亡くなったおじいさんに違いない。
おじいさんが登場するぞ。
来るぞ。
来るぞ。
そして期待通りおじいさんが登場し、
僕は「うえっ」と嗚咽して泣いてしまうわけです(笑)
それで電車を乗り過ごしました。
実際、この話にはもうすこしあとにドデカイ山場を迎えるのですが、
描写はさすがに控えます。
『シェエラザード』(長編小説)を読んだときに、ひとりで確信したのですが。
たぶん、浅田次郎は人の痛みを知っていて、
すごく心が豊かな、優しい人に違いない。
そう思います。
間違いない。
間違いない。
竜馬がゆく(司馬遼太郎)
竜馬がゆく
司馬遼太郎 著
文芸春秋
司馬遼太郎作品について何をか書きたいと思う一方で、
あまりに有名な司馬作品の数々を”紹介”することに、恥ずかしい気持もあります。
多くの先輩方に擦り切れるくらい読み尽くされて、
書評も賛否両論、語りつくされている印象です。
それでも、好きですから、特別な作家ですから、どうしても触れておきたい。
せっかくですので、『竜馬がゆく』をテーマに
読書感想文っぽいものを書いてみようと思います。
本の印象というより、作中の坂本竜馬への憧れなんですが・・・。
本書のクライマックスは、作者も述べているとおり、終盤の薩長同盟のくだりです。
引用を交えながら、サワリだけご紹介したいと思います。
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筆者は、ここ数回のくだりのことを、大げさでなく数年考え続けてきた。
実のところ、竜馬という若者を書こうと思い立ったのは、
ここ数回のくだりに関係があるといっていい。(引用)
と、物語の流れを切って作中に書いてしまうくらい、力のこもった一節です。
その背景と竜馬の功績を改めて考えてみます。
薩摩と長州が手をにぎれば幕府は倒れる、というのは誰しもが思った着想である。
とあるように、すでに「公論」であったほど当時の社会で有効性が認められた同盟ですが、
実現するまで多くの人が死に、長い時間がかかってしまいました。
たとえば1965年の現在、カトリックと新教諸派が合併すればキリスト教の
大勢力ができる、とか、米国とソヴィエト連邦とが握手すれば世界平和は
今日にでも成る、という議論とやや似ている。(引用)
とは分かりやすい例えですが、ともかく、必要性があってもなかなか実現しなかった。
感情が許さないからです。
長州藩はとくに人がたくさん死んでいます。
薩長双方に立場がありましたが、とくに弱い立場である長州に目をむけますと、
原因の一旦は薩摩にあります。実際、薩摩人の手によって同士が命を落としています。
読み手(僕)は、ここでリアルに想像してみたわけです。
たとえば、誰でもいいんですが、
たとえば、石田というしょうもない僕の友人がいるんですが、
石田のブーが誰かに殺されたとして、
必ず人類のためになるから、殺した奴と明日から肩をくんで仕事しろと。、
そんな風に説かれたとしても、それは無理な相談です。
役目は誰かに負っていただくとして、俺には無理。絶対。
それじゃあ石田ブーが可哀そうすぎます。
たとえ石田の望みであったとしても、僕にはできません。
ともかく、それほど困難な話し合いが150年前に行われました。
竜馬が会食をセッティングしたあと、いざ同盟締結のために席について10日間、
飲み食いしながら双方とも話を切り出しませんでした。
遅れてきた坂本竜馬が、あわてて桂を訪ねて問いただしました。
「天下に孤立している。朝敵の汚名を着、幕府の追討を受け、白昼、路上を歩く
こともできぬばかりか、藩の四境には幕軍が迫っている。
この立場にある長州の側から、同盟の口火を切れると思うか。
口火を切れば、もはや対等の同盟にあらず、おのずから乞食のごとく薩州に
援助を哀願するようなものではないか」
「もしそれをやれば、おれは長州藩の代表として、藩地にある同士を売ることになる」(引用)
と言った桂に対し、竜馬は
「われわれ土佐人は血風惨雨。ー」と言って絶句したあと、
「のなかを東西に奔走し、身命をかえりみなかった。それは土佐藩のためであったか、
ちがうぞ」(引用)
と言いました。
長州藩はこれがまとまらなければ、滅亡が確定的です。
ですが、次のように言ったそうです。
「薩州、皇家ニ尽スアラバ、長州滅スルトイヘドモ亦天下の幸ナリ」(引用)
明治後、木戸となった桂が当時を回想したとされる記録です。
血の滲むような思いで吐き出した言葉でしょう。
このあと、激高した竜馬は薩摩藩邸の西郷に怒鳴りこみ、
一気にこの同盟を成立させます。
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竜馬が何を言って話をまとめてきたのか。詳細を書くことは控えますので、
このあと、激高した竜馬は薩摩藩邸の西郷に怒鳴りこみ、
一気にこの同盟を成立させます。
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竜馬が何を言って話をまとめてきたのか。詳細を書くことは控えますので、
まだ読んでない、とくに学生の方にはぜひこの本をお勧めしたいと思います。
緊迫していますが、優しさに溢れています。
緊迫していますが、優しさに溢れています。
20歳くらいの頃の僕の、野心とか情熱とかエネルギーを
健全な方向に向かわせてくれました。
司馬遼太郎と坂本竜馬に感謝します。
明治という国家(司馬遼太郎)
明治という国家
司馬遼太郎 著
日本放送出版協会
講演を書き起こし、書籍化したものです。
内容は、『この国のかたち』とよく似ています。同じ作家の書籍なので当たり前ですが。
よく完結にまとまっていますので、いわゆる「司馬史観」というものを一気に理解することが出来、
また文体が軽快でどんどん読みすすめられますので、時間がない方には非常にお勧めです。
同氏の作品をほとんど読んだ方でも、小説などの作品を通じてではなく、エッセイならではの、
作者の主張を直接的に受け取ることができますので、
まだ読んでない方があれば一読をお勧めします。
ずいぶん前の話ですが、なにかの雑誌で、読者が選ぶ、好きな司馬遼太郎作品ランキング
みたいなものを目にしたのですが、「竜馬」や「坂の上」を抑えて同作が1位となっていました。
驚いた僕は、さっそく書店に駆け込んで購入した次第です。
ファンですので。
