今回は老死です。


十二因縁の一項目です。これには二つの状態があります。


一つは瞬間、瞬間に空の世界に行くという状態です。

もう一つは一生を全うして死ぬ、なくなるという状態です。

こちらの方も空の世界に行く、というのは同じです。

いずれにしても、また現実の世界に戻ってきます。


そして、人が修行をして全知、つまりすべてを知るまで

空の世界と現実の世界の行き来は繰り返されます。

無明がなくなるまで繰り返されます。


一方は輪廻転生といい、もう一方の瞬間、瞬間の移動は無常と

いいます。


無常とはこの世にあっては常に空の世界と現実の世界を

行ったり来たりすることです。


こうしないと、この世にあるものは何も変化しないで、

この世に出現したときのまま存在し続けることになります。


物も酸化してぼろぼろになれば耐用年数が来て死ぬでしょう。

人も酸化を重ねて年をとれば死ぬでしょう。


十二因縁の老死は人にも物にも適用されます。


瞬間、瞬間現れては消え、現れては消えして変化し、

変化を重ねて死ぬのです。


無明はこの老死と繋がります。


十二因縁はこの老死と無明が繋がっている間循環します。


無明と老死はいわばゼロと無限の関係のようなもので、

無明と老死を切り離してばらばらに扱うと、カントが悩まされた

矛盾に落ち込みます。


また十二因縁の各項目の順番は定まっていて、変えられません。

順番を遡ることもできません。


この無明・行・識・名色・六入・触・受・愛・取・有・生・老死・無明・

・・・・・と繋がった一つの環はどの項目一つを切り取って、離し

ても、もう繋がらなくなります。


そのとき人がどうなるかは般若心経 雑感その22に書きました。


ですから、仏道を成就するには、順の瞑想をして、この世の中の

どんな物でも創造できるようになるだけでなく、それらの項目を

消し去る逆の瞑想も必要なのでしょう。