前回 、目次 、登場人物 、あらすじ
手錠を後ろ手に掛けられ、椅子に座らされたニックは、「何だ。」とだけ答えた。
「お前、いつからモルヒネを使い始めた?」
シェインは意外な質問をした。
ルドルフは、本題に入れとシェインにせっついたが、シェインは無視した。
「17年前の事故から、体の節々が痛んでいた。痛み止めを飲んでいれば収まっていたが、去年から効かなくなり、医師に薬の増量を頼んだが、暮れ辺りから医師から『これ以上は駄目だ』と拒否された。そこで、裏社会を通じてモルヒネを買い始めた。副作用の悪心で苦しんだが、痛みから開放された。」
「何か病気になったと心配していた俺が馬鹿だった。急激に痩せたのは、薬のせいだったとはな。」
シェインは自嘲気味に笑った。
「何度も買って、裏社会の連中に付け込まれたくなく、今年初め街で知り合ったジョーにモルヒネを買ってくるように頼んだ。」
ジョーこと山本が付け加えた。
「この前話した様に、今年の初めはまだ夫人の愚痴聞き係の仕事を得る前で、アダルトショップでバイトをしていた。ニックとはそこで初めて会った。ある日、『実入りの良い仕事がある』と誘われて、モルヒネを代わりに売人から買い始めた。」
「お前が、アダルトショップの常連だったとはな。」
シェインが冷たい眼差しを向けた。
「ジュリアンの片腕で、凄腕の情報屋がそのショップの経営者なんだ。お前も知っているだろ。刑事として、犯罪者の情報を得る為にしばしば立ち寄っていた。仕方が無い。そのショップで、何度か顔を会わすようになった。金さえ払えば何でもしてくれて、口を噤んでくれる男に見えたので、頼むことにした。ヤミャ、こいつの名前が言いづらくて、何か仇名はないのかと聞いたら、『以前ジョーと呼ばれた事がある』と言うので、それ以降ジョーと呼んでいる。」
これは、先日山本から聞いた話と同じであった。
シェインは、ニックと山本の関係が金だけで結ばれた薄いものだということを、改めて確信した。
「最近、『大きな仕事が入ったから、他の奴に買い付けを頼んで欲しい』と言っていたが、まさか俺達の秘密結社の手下になるとは驚きだ。」
「俺達だと?この裏切り者が!よくも前のリーダーであった伯父さんをいとも簡単に消してくれたな!!」
ニックの言葉に、ルドルフが叫んだ。
「何言っているんだ!お前が『消せ』と言うから、そうしたんだろうが!お前からクーデターを起こし、秘密結社のリーダーになると言ったじゃねえか!」
「お前が、伯父さんが俺を邪魔者として排除しようとしているとか吹き込んだからじゃねえか!よくも騙してくれたな!!」
「よせ、2人共。」
シェインが制した。
「ウェルバーが俺達を邪魔者扱いしていたのは事実だ。ルドルフ。俺が聞きたいのは、ニックが何故俺達を裏切ったということだ。お前と俺とは、警察学校時代からの顔見知りで、お前が17年前に秘密結社に入ってから親交を深め、警察でもコンビを組んだ。俺が何かしたか?それとも秘密結社に不満があったからか?」
ニックは首を横に振った。
「お前は悪くない。秘密結社の方だ。17年前、俺は荒れていた。たとえて言うならば、自分の中にいるバケモノが暴れていた。自分を厳しく律し過ぎて、事故に遭って数ヶ月入院する羽目となった。」
「荒れていた理由は、妹を殺害したシアトルの金持ちを殺そうとしたことか?」
ニックは肯いた。
17年前、ニックはマイアミに住んでいた殺害されたある裕福な女性の事件を追っていた。
犯人は、ワシントン州・シアトル市に住む金持ちの兄であることを掴み、ニックはシアトルまで飛び、金持ちの兄の周辺を洗った。
その時、金持ちの専属看護師をしていたイサオ、警護をしていたブライアン、そして当時14歳で愛人をしていたコリンの存在を知ることになる。
ニックは金持ちを追い詰めたものの、上層部の圧力で手を引かざるを得なかった。
金持ちが上層部に手を回したからであった。
一旦は捜査から離れ、マイアミに戻ったニックであったが、金持ちに雇われた殺し屋の襲撃で怪我を負わされ、復讐の為に親友のジュリアンを引き連れて、再びシアトルに足を踏み入れた。
シェイン達が幾ら調べても、ニックとジュリアンがシアトルにいた間の行動は不明である。
金持ちはそのまま逮捕されずに、その7年後に麻薬の大量摂取で亡くなっている。
調べていく内に、ニックとジュリアンがマイアミに戻る寸前、コリンが金持ちの愛人を辞め、自宅へ戻った事実を知った。
シェインは、ニックが金持ちを殺さない代わりに、彼からコリンを引き離し、精神的な深い傷を負わせたのだと悟った。
「退院後、ウェルバーに誘われ、秘密結社に入った。嬉しかった。入って数年は、正義感に満たされていた。法で裁けない悪を裏で倒す事に、やりがいを感じていた。やがて、段々と疑問に思うようになった。俺がやっていることは自己満足じゃないかと。だが、引き返すには遅すぎた。俺は黙々とウェルバーの駒に徹することで自分を抑えていた。こらえきれなくなったのは、3年前にナンバー2が死んで、ウェルバーが暴走し、金で殺人を請け負い始めてからだ。このままじゃいけないと思った。」
「ロボを引き取ったのは、贖罪の為か。」
「ああ。ロボの最初の飼い主が悪徳弁護士だと言っても、俺が初めて金目当ててで手に掛けた人だったし、何より年配の女性だ。とても気が重かった。」
ルドルフは庭に目をやった。
ニックの愛車ジープ・グランドチェロキーZJの中で、ロボは吠えるのをやめ、「クーン、クーン。」と寂しげの声を上げていた。
「だから、今回の計画が出たとき、何とかしなければならないと思った。ブライアンだけを倒すなら話は分かる。奴は、依頼人であるミーシャの二人の兄をムショに送った敵だ。しかし、親友というだけで、看護師のイサオまで倒そうとするのは間違っている。」
「奴は唯の看護師じゃない。ニンジャの息子で、ミーシャの仲間を倒した男だ。」
「そうだとしても、彼は普段は善良な市民じゃないか。挙げ句に、襲撃の場所をイサオの自宅に決めた事だ。その上、女房がいる日を選んだ。いくらなんいでも、酷すぎる。」
「だから俺達を止めようと動いたのか。その為、今年の初めに、17年前にお前が助けた不良少年の裁判資料を取り寄せたのか。山本、見せてやれ。」
山本が、シアトルで集めた資料をニックに見せた。
ニックは身を乗り出して資料を見ようとした。
「それじゃ読み辛いな。手錠を外せ。」
シェインに命じられ、山本は資料を床に置くと、ズボンのポケットから鍵を出して、ニックの後ろに回り、手錠を外した。
両手が自由になったニックは、目の前の床に置かれている資料を拾い、読み始めた。
17年前、まだ金持ちを追っていたニックは、カフェにイサオを呼び、情報提供を求めた。
イサオは、『金持ちの家で見たことは家族にも話してはならない。』との契約にサインした事を理由に協力を拒否した。
その時、目の前で不良少年達が喧嘩を始め、その中の一人が小型拳銃で頭を撃たれた。
看護師のイサオは咄嗟に手当を行い、ニックは救急車を呼び、迅速な救命活動を行っていた。
幸いに、撃たれた少年は、左目の脇から頭蓋骨の後ろへと弾が貫通したものの、奇跡的に弾が神経や血管を掠っただけで、脳に大きな損傷は無く、命を取り留め、後遺症も残らなかった。
その後、犯人は逮捕され刑務所送りになり、少年はこの事件をきっかけに更生した。
ニックが今年初めに取り寄せたのは、この少年の事件の裁判記録であった。
裁判記録では、弾が少年の頭の中をどう移動したか詳細に記されている。
ニックは、この事例を真似して、イサオを撃ったのだ。
イサオを守る為に。
「そこまで掴んでいたのか。」
ニックは、資料から目を離した。
「何故、イサオを撃った。逃がせば良かったのに。」
「逃がすだけでは、駄目だ。計画は進む。それなら、お前達に先んじてイサオを撃てば、秘密結社が混乱して、今回の事が中止になると思った。初めはちょっと怪我を負わして、病院送りにするつもりだった。入院すれば、警護が付く。しかし、それだけでは、ウェルバーは中止の命令を出さない。俺は彼の怖さをよく知っている。どうしようかと悩んでいる時に、この事件を思い出し、裁判資料を取り寄せた。大怪我を負わせれば、流石のウェルバーも慌てると思った。」
「何でも屋の店主を通じて、小型拳銃の弾を大量に買ったのもその為か。」
「そうだ。記録を読んで、数え切れない位練習をした。ちょっとしたズレでも、イサオは死んでしまうからな。」
「イサオを撃って直ぐに救急処置をしたのも計画の一部か。」
「ああ。しかし、銃声を聞いて、直ぐに若いカップルが駆け付けてきたのには驚いた。それで咄嗟に、『赤毛の男が撃った。』と嘘をついた。」
「まんまと俺達は騙され、男を捕まえて薬を使って尋問した。無駄な事をした。」
シェインは苦い顔をした。
「17年前に1回会ったきりの男の為に、秘密結社や俺達を裏切ったのか。挙げ句に、殺し屋を雇って、同志まで消した。それも善良な市民一人を守る為か?!」
ルドルフは堪らなかった。
ニックは、契約を盾に証言を拒否するイサオを諦め、2人はそれきり会っていなかったと言っている。
イサオも同じ事を、ブライアンやFBIに証言している。
シェイン達はニックとイサオの行動を洗ったが、2人がそれ以降会った形跡は無かった。
「俺の中にいるバケモノが囁くんだ。『自分に正直になれ。我慢するな。仲間を裏切れ』と。俺はバケモノの声に従うことにした。実際やってみて、俺の見通しは甘かった。ウェルバーは計画を続行した。秘密結社を相手に一人で立ち向かわないと行けなくなった。やっていく内に限界を感じ、裏社会の人間を通じて、殺し屋を雇った。」
「お前が雇った殺し屋のアルフレッド・ハンは何処にいる?」
「奴が母国のベトナムへ一時帰国してから会っていないし、連絡も取っていない。俺の携帯の履歴を調べれば明らかだ。奴はジュリアンがやって来て、慌ててアメリカに戻ったが、空港で非番の警官に見付かってしまい、カナダへ逃亡した。もう、この街には来ないだろう。」
ニックは観念した様子で、戸棚へ目線をやった。
携帯電話が置いてあった。
シェインは、携帯を取り上げて確認した。
ニックの言う通り、アルフレッドが帰国したと思われる日から携帯への着信は無かった。
「これが、野郎の携帯番号か。」
シェインは携帯を尻のポケットに仕舞った。
「ニック、お前にもう一つ聞きたい事がある。秘密結社に入って数年後に疑問に思ったと言うが、どうして10年前に秘密結社から見放された俺を助けた?家族からも、友人からも、同僚からも見放されたのに、お前だけは俺の側にいてくれた。なのに何故、今になって俺を裏切った?」
「シェイン、それは昔の話だろ。済んだ話だ。今更その話を持ち出してどうするんだ。止せ。」
今度は、ルドルフがシェインを制した。
ミーシャは、山本の方を見た。
山本は肩を竦め、首を横に振った。
2人には何の話か分からなかった。
「教えてやる。10年前、殺人課の刑事だった俺は、ニックと組んで仕事をしていた。ある日、麻薬に絡んだ殺人事件が起きた。犯人である麻薬売人のガールフレンドに俺は一目惚れした。彼女も同じ気持ちだった。彼女、ドーンは、直ぐに売人と手を切ってくれて、俺達は隠れて付き合い始めた。間もなくの頃、俺は突然の高熱に襲われ入院した。原因は、ドーンから貰ったウィルスだった。彼女は元ボーイフレンドから、知らない内に感染させられていたんだ。それで、全てが明るみになってしまった。俺がドーンを通じて、犯人に捜査情報を漏らしたのではないかと、警察に疑いを持たれた。刑務所に送られた麻薬売人も俺の事を知って、嘘を振りまいた。『シェインが女と引き替えに、情報をくれた。』とな。警察は俺の言い分を信じずに、売人を信用し、俺に内定調査を行った。勿論、結果はシロとの判定が付いたが、同僚からの疑惑は晴れず、俺は警察を辞めた。一緒に住んでいた娘は、俺の元を去り、別れた女房の所へ行ってしまった。秘密結社の人間にあるまじき行為だとして、ウェルバーに除名された。皆んな、俺から離れた。責任を感じたドーンも、俺から離れてしまった。しかし、ニックだけは違った。」
シェインの目は悲壮感を漂わせ、ニックを捕らえていた。
「俺に救いの手を差し伸べてくれて、俺が薬剤師を目指した時には金も貸してくれた。ウェルバーに取り成して、秘密結社に再び参加出来るようにしてくれた。そして、ドーンの行方も捜し出して、俺の元へ戻るように説得してくれたりもした。」
「俺はお前が羨ましかった。一目惚れした女に全てを注いだお前が。俺も遠い昔、捜査で見かけた年下の女性に一目惚れした。俺にはお前の気持ちが痛いほど分かった。」
ニックは答えた。
シェインは初めて元相棒の告白を聞いた。
「年上が好みのお前が?」
「そうだ。戸惑った。しかも、愛してはいけない人だった。俺は自分の中にバケモノがいることを知った。俺は、自分が許せなかった。だが、お前は違う。お前だけでも、幸せになって欲しかった。時が経ち、お前も俺も変わってしまった。お互い非情になり過ぎた。お前だって、言うことをきかない若手を排除しただろ。正直、俺だって迷いはあった。悩んで悩み抜いて、お前を裏切り、秘密結社を敵に回すことにした。」
「愛してはいけない人か。ニックも、事件の関係者に惚れたのか。」
ルドルフが呆れた様に言った。
「俺のも終わった話だ。遠い遠い昔にな。」
ニックは目を伏せた。
シェインは過去の事件を思い返していた。
『終わった話とはいえ、今でも尾を引いているのか。さっぱりとした性格のニックらしくない。それ程愛してはいけない年下の女性が、遠い遠い昔の事件にいたか?その頃だと俺達も若かったな。相手も・・・。』
その時であった。
シェインの頭にある人物が閃いた。
『あいつか!だから、ニックはそいつに一目惚れしたからこそ、自分の中にバケモノを見付けたと言ったのか。今も苦しんでいるのか。』
「シェインどうした?顔が真っ青だぞ。」
ミーシャが心配した。
「なに、大丈夫だ。思い出したんだ、その人の事を。ニック、その人は家族思いの人だったな。自分を犠牲にしても厭わない位、強い心を持っていたな。」
「いいや、違うぞ。お前の想像している娘とは全然別の人だ。」
ニックは即座に否定した。
足が小刻みに震えたので、ニックは必死に震えを隠す為に、両手で太ももを強く押さえた。
「勘違いだったか。」
そう答えたが、シェインはニックの微妙な変化を見抜いていた。
『やはりそうだったのか。ニック。哀れな奴だ。』
長年の付き合いなのに、ルドルフは気付かないでいた。
一緒にコンビを組んでいたからこそ、シェインはニックの気持ちが手に取るように分かっていた。
「もうその話はここら辺で良いだろう。」
ルドルフが切り出した。
「殺し屋を雇わなくても、FBIに通報すれば良かったのにな。仲間をFBIに売るのは流石に躊躇ったか。」
「その通りだ。俺が何も言わなくても、FBIはブライアンや情報屋のジュリアンと協力して、お前達を追っている。お前達が、大勢の殺し屋達と隠れているが、いずれは捕まるぞ。」
「俺達、秘密結社を甘く見るな、ニック。一つ教えてやろう。ブライアンのパソコンを俺達はハッキングしている。そこから、FBIの情報をいつでも引き出せるのだ。」
ルドルフはニヤッと笑った。
「俺も教えてやる。ウェルバーが、ルドルフを小僧扱いしていのは、本当だ。でも、甥のお前さんを殺すまでは考えていなかった。」
「やはりそうだったか!この野郎!!」
「俺が動かなければ、お前はウェルバーが生きている限り、ずっと下っ端だったんだぞ。感謝しろよ。」
ルドルフは顔を赤くして、ニックに掴み掛かかろうとしたが、シェインが止めた。
それでも向かおうとしたので、山本とミーシャもシェインに加勢した。
ルドルフを落ち着かせると、シェインが聞いた。
「ルドルフと俺を煽り、クーデターを進めたのは秘密結社を内側から崩す為だったのか。」
ニックは肯いた。
「それも失敗に終わった。お前達は、立派に秘密結社をもり立てている。ちょっとの時間は稼げたが。」
「じゃあ、ビリーに『ウェルバーが妊娠中だった妻を殺害しようとしている』と言ったのも、嘘か。」
「そうだ。その嘘で、ビリーを仲間に引きずり込んだ。彼は何も知らない。」
「俺達は、ニックにすっかり騙されていた訳か。なんてこった。」
シェインは自嘲気味に、フッと鼻で笑った。
「もうこれで、全てを話した。余計な事まで話したがな。何もかも捨てて、ここまできたのに。骨折り損のくたびれもうけだったな。」
ニックは深い溜め息をついた。
「何か言い残すことはないか?」
シェインはワルサーPPKをニックに再び向けた。
「お前にこれ以上負担を掛ける訳にはいかない。これ位しか、元相棒の俺には出来ない。」
ニックは足に隠していた小型拳銃を取り出すと、顎に銃口を当てて、引き金をひいた。
勢いで後頭部を壁に打ち付け、床に崩れ落ちた。
壁にはべっとりと血が付いていた。
山本がベットの毛布を引っ張り出すと、血にまみれたニックの遺体を、くるくると器用に丸めるた。
次にベットのシーツを引っ張り、ひも状に幾つか切り裂くと、丸めた毛布を手際よく縛った。
そして、床に落ちていた血まみれの拳銃を余ったシーツで拭き取り、ズボンの尻ポケットへしまった。
「シェイン、ミーシャの言うとおり、かなり顔色が悪い。外で休んでいた方が良いよ。後の事は俺がやるから。」
「悪いが、頼む。」
シェインは外へ出た。
ミーシャも後に続いた。
山本は毛布にくるまれたニックの遺体を肩に担いで、外へ出た。
「壁と床の血はそのままにしておいてくれ。俺が埋葬を終えたら、綺麗にしておく。ルドルフも疲れただろう。」
「気にしなくて良いぞ。裏切り者を片付けただけだ。俺はそんなに疲れていない。」
ルドルフは、視線を感じた。
ジープ・グランドチェロキーZJの助手席の窓から、ロボが悲しそうな目でじっと見ていた。
ルドルフは視線を逸らし、ニックを運ぶのを手伝った。
=====
日が落ち、星が空に煌めいていた。
コリンとデイビットは、アパートへ帰り、寝る支度をしていた。
ブライアンからデイビットの携帯に連絡が入った。
デイビットは、携帯の音量を上げ、隣にいるコリンの耳にブライアンの声が入りやすいようにした。
「ジョンが、貴重な情報を見付けてくれたぞ。ニックとアルフレッドの接点を見付けてくれたんだ。」
「目撃者がいたのか。」
「似たようなものだ。アルフレッドが付き合っていた女性は、ニックの元恋人だったんだ。彼女が証言してくれた。」
「何だって!」
コリンが叫んだ。
「彼女を通て、2人は知り合ったのか。」
デイビットが尋ねた。
「デイビット、そこまでは確かじゃないんだ。その女性、プリシラというのだが、ニックとは17年前に付き合ったものの、数ヶ月後に彼から突然別れを切り出された。プリシラにとって初めて男から別れを告げられたので、よく覚えているそうだ。それから暫く会っていなかったが、数年前に偶然再会して以来、友人としてたまに会っていたそうだ。プリシラは、ニックと別れてからも恋愛遍歴を重ね、昨年暮れから今年の始めに掛けてアルフレッドと付き合っていた。プリシラは2人が会っていた所までは目撃していない。しかし、プリシラは2人とは同じバーで知り合っている。恐らく、2人はバーで会っている筈だ。関係者に尋ねれば、いずれ判明する事だ。」
「バーって、ニックの親友・アーサーが経営していたバー?」
コリンは聞いてみた。
「私もそう思ったが、彼の店近くにあるダーツバーだった。」
コリンとデイビットは、イサオの兄・隼と行った店だと直感した。
「意外な接点だな。じゃあ、秘密結社を混乱に陥れていたのは、ニックだったのか。」
自分の命を助けてくれたニックが、イサオを撃った犯人の可能性が出てきた事に、コリンは少なからずショックを受けた。
裏社会で長く生きていたデイビットは、冷静に事態を受け止めていた。
「明日一番に、FBIと協議して、ニックを任意で事情聴取する。そこで、ニックが事件にどう関与したか明らかになるだろう。」
携帯を切った後、2人は床に就いた。
コリンは事態が進んだ事で気分が高まってしまい、眠りにつくのに時間が掛かってしまった。
続き
手錠を後ろ手に掛けられ、椅子に座らされたニックは、「何だ。」とだけ答えた。
「お前、いつからモルヒネを使い始めた?」
シェインは意外な質問をした。
ルドルフは、本題に入れとシェインにせっついたが、シェインは無視した。
「17年前の事故から、体の節々が痛んでいた。痛み止めを飲んでいれば収まっていたが、去年から効かなくなり、医師に薬の増量を頼んだが、暮れ辺りから医師から『これ以上は駄目だ』と拒否された。そこで、裏社会を通じてモルヒネを買い始めた。副作用の悪心で苦しんだが、痛みから開放された。」
「何か病気になったと心配していた俺が馬鹿だった。急激に痩せたのは、薬のせいだったとはな。」
シェインは自嘲気味に笑った。
「何度も買って、裏社会の連中に付け込まれたくなく、今年初め街で知り合ったジョーにモルヒネを買ってくるように頼んだ。」
ジョーこと山本が付け加えた。
「この前話した様に、今年の初めはまだ夫人の愚痴聞き係の仕事を得る前で、アダルトショップでバイトをしていた。ニックとはそこで初めて会った。ある日、『実入りの良い仕事がある』と誘われて、モルヒネを代わりに売人から買い始めた。」
「お前が、アダルトショップの常連だったとはな。」
シェインが冷たい眼差しを向けた。
「ジュリアンの片腕で、凄腕の情報屋がそのショップの経営者なんだ。お前も知っているだろ。刑事として、犯罪者の情報を得る為にしばしば立ち寄っていた。仕方が無い。そのショップで、何度か顔を会わすようになった。金さえ払えば何でもしてくれて、口を噤んでくれる男に見えたので、頼むことにした。ヤミャ、こいつの名前が言いづらくて、何か仇名はないのかと聞いたら、『以前ジョーと呼ばれた事がある』と言うので、それ以降ジョーと呼んでいる。」
これは、先日山本から聞いた話と同じであった。
シェインは、ニックと山本の関係が金だけで結ばれた薄いものだということを、改めて確信した。
「最近、『大きな仕事が入ったから、他の奴に買い付けを頼んで欲しい』と言っていたが、まさか俺達の秘密結社の手下になるとは驚きだ。」
「俺達だと?この裏切り者が!よくも前のリーダーであった伯父さんをいとも簡単に消してくれたな!!」
ニックの言葉に、ルドルフが叫んだ。
「何言っているんだ!お前が『消せ』と言うから、そうしたんだろうが!お前からクーデターを起こし、秘密結社のリーダーになると言ったじゃねえか!」
「お前が、伯父さんが俺を邪魔者として排除しようとしているとか吹き込んだからじゃねえか!よくも騙してくれたな!!」
「よせ、2人共。」
シェインが制した。
「ウェルバーが俺達を邪魔者扱いしていたのは事実だ。ルドルフ。俺が聞きたいのは、ニックが何故俺達を裏切ったということだ。お前と俺とは、警察学校時代からの顔見知りで、お前が17年前に秘密結社に入ってから親交を深め、警察でもコンビを組んだ。俺が何かしたか?それとも秘密結社に不満があったからか?」
ニックは首を横に振った。
「お前は悪くない。秘密結社の方だ。17年前、俺は荒れていた。たとえて言うならば、自分の中にいるバケモノが暴れていた。自分を厳しく律し過ぎて、事故に遭って数ヶ月入院する羽目となった。」
「荒れていた理由は、妹を殺害したシアトルの金持ちを殺そうとしたことか?」
ニックは肯いた。
17年前、ニックはマイアミに住んでいた殺害されたある裕福な女性の事件を追っていた。
犯人は、ワシントン州・シアトル市に住む金持ちの兄であることを掴み、ニックはシアトルまで飛び、金持ちの兄の周辺を洗った。
その時、金持ちの専属看護師をしていたイサオ、警護をしていたブライアン、そして当時14歳で愛人をしていたコリンの存在を知ることになる。
ニックは金持ちを追い詰めたものの、上層部の圧力で手を引かざるを得なかった。
金持ちが上層部に手を回したからであった。
一旦は捜査から離れ、マイアミに戻ったニックであったが、金持ちに雇われた殺し屋の襲撃で怪我を負わされ、復讐の為に親友のジュリアンを引き連れて、再びシアトルに足を踏み入れた。
シェイン達が幾ら調べても、ニックとジュリアンがシアトルにいた間の行動は不明である。
金持ちはそのまま逮捕されずに、その7年後に麻薬の大量摂取で亡くなっている。
調べていく内に、ニックとジュリアンがマイアミに戻る寸前、コリンが金持ちの愛人を辞め、自宅へ戻った事実を知った。
シェインは、ニックが金持ちを殺さない代わりに、彼からコリンを引き離し、精神的な深い傷を負わせたのだと悟った。
「退院後、ウェルバーに誘われ、秘密結社に入った。嬉しかった。入って数年は、正義感に満たされていた。法で裁けない悪を裏で倒す事に、やりがいを感じていた。やがて、段々と疑問に思うようになった。俺がやっていることは自己満足じゃないかと。だが、引き返すには遅すぎた。俺は黙々とウェルバーの駒に徹することで自分を抑えていた。こらえきれなくなったのは、3年前にナンバー2が死んで、ウェルバーが暴走し、金で殺人を請け負い始めてからだ。このままじゃいけないと思った。」
「ロボを引き取ったのは、贖罪の為か。」
「ああ。ロボの最初の飼い主が悪徳弁護士だと言っても、俺が初めて金目当ててで手に掛けた人だったし、何より年配の女性だ。とても気が重かった。」
ルドルフは庭に目をやった。
ニックの愛車ジープ・グランドチェロキーZJの中で、ロボは吠えるのをやめ、「クーン、クーン。」と寂しげの声を上げていた。
「だから、今回の計画が出たとき、何とかしなければならないと思った。ブライアンだけを倒すなら話は分かる。奴は、依頼人であるミーシャの二人の兄をムショに送った敵だ。しかし、親友というだけで、看護師のイサオまで倒そうとするのは間違っている。」
「奴は唯の看護師じゃない。ニンジャの息子で、ミーシャの仲間を倒した男だ。」
「そうだとしても、彼は普段は善良な市民じゃないか。挙げ句に、襲撃の場所をイサオの自宅に決めた事だ。その上、女房がいる日を選んだ。いくらなんいでも、酷すぎる。」
「だから俺達を止めようと動いたのか。その為、今年の初めに、17年前にお前が助けた不良少年の裁判資料を取り寄せたのか。山本、見せてやれ。」
山本が、シアトルで集めた資料をニックに見せた。
ニックは身を乗り出して資料を見ようとした。
「それじゃ読み辛いな。手錠を外せ。」
シェインに命じられ、山本は資料を床に置くと、ズボンのポケットから鍵を出して、ニックの後ろに回り、手錠を外した。
両手が自由になったニックは、目の前の床に置かれている資料を拾い、読み始めた。
17年前、まだ金持ちを追っていたニックは、カフェにイサオを呼び、情報提供を求めた。
イサオは、『金持ちの家で見たことは家族にも話してはならない。』との契約にサインした事を理由に協力を拒否した。
その時、目の前で不良少年達が喧嘩を始め、その中の一人が小型拳銃で頭を撃たれた。
看護師のイサオは咄嗟に手当を行い、ニックは救急車を呼び、迅速な救命活動を行っていた。
幸いに、撃たれた少年は、左目の脇から頭蓋骨の後ろへと弾が貫通したものの、奇跡的に弾が神経や血管を掠っただけで、脳に大きな損傷は無く、命を取り留め、後遺症も残らなかった。
その後、犯人は逮捕され刑務所送りになり、少年はこの事件をきっかけに更生した。
ニックが今年初めに取り寄せたのは、この少年の事件の裁判記録であった。
裁判記録では、弾が少年の頭の中をどう移動したか詳細に記されている。
ニックは、この事例を真似して、イサオを撃ったのだ。
イサオを守る為に。
「そこまで掴んでいたのか。」
ニックは、資料から目を離した。
「何故、イサオを撃った。逃がせば良かったのに。」
「逃がすだけでは、駄目だ。計画は進む。それなら、お前達に先んじてイサオを撃てば、秘密結社が混乱して、今回の事が中止になると思った。初めはちょっと怪我を負わして、病院送りにするつもりだった。入院すれば、警護が付く。しかし、それだけでは、ウェルバーは中止の命令を出さない。俺は彼の怖さをよく知っている。どうしようかと悩んでいる時に、この事件を思い出し、裁判資料を取り寄せた。大怪我を負わせれば、流石のウェルバーも慌てると思った。」
「何でも屋の店主を通じて、小型拳銃の弾を大量に買ったのもその為か。」
「そうだ。記録を読んで、数え切れない位練習をした。ちょっとしたズレでも、イサオは死んでしまうからな。」
「イサオを撃って直ぐに救急処置をしたのも計画の一部か。」
「ああ。しかし、銃声を聞いて、直ぐに若いカップルが駆け付けてきたのには驚いた。それで咄嗟に、『赤毛の男が撃った。』と嘘をついた。」
「まんまと俺達は騙され、男を捕まえて薬を使って尋問した。無駄な事をした。」
シェインは苦い顔をした。
「17年前に1回会ったきりの男の為に、秘密結社や俺達を裏切ったのか。挙げ句に、殺し屋を雇って、同志まで消した。それも善良な市民一人を守る為か?!」
ルドルフは堪らなかった。
ニックは、契約を盾に証言を拒否するイサオを諦め、2人はそれきり会っていなかったと言っている。
イサオも同じ事を、ブライアンやFBIに証言している。
シェイン達はニックとイサオの行動を洗ったが、2人がそれ以降会った形跡は無かった。
「俺の中にいるバケモノが囁くんだ。『自分に正直になれ。我慢するな。仲間を裏切れ』と。俺はバケモノの声に従うことにした。実際やってみて、俺の見通しは甘かった。ウェルバーは計画を続行した。秘密結社を相手に一人で立ち向かわないと行けなくなった。やっていく内に限界を感じ、裏社会の人間を通じて、殺し屋を雇った。」
「お前が雇った殺し屋のアルフレッド・ハンは何処にいる?」
「奴が母国のベトナムへ一時帰国してから会っていないし、連絡も取っていない。俺の携帯の履歴を調べれば明らかだ。奴はジュリアンがやって来て、慌ててアメリカに戻ったが、空港で非番の警官に見付かってしまい、カナダへ逃亡した。もう、この街には来ないだろう。」
ニックは観念した様子で、戸棚へ目線をやった。
携帯電話が置いてあった。
シェインは、携帯を取り上げて確認した。
ニックの言う通り、アルフレッドが帰国したと思われる日から携帯への着信は無かった。
「これが、野郎の携帯番号か。」
シェインは携帯を尻のポケットに仕舞った。
「ニック、お前にもう一つ聞きたい事がある。秘密結社に入って数年後に疑問に思ったと言うが、どうして10年前に秘密結社から見放された俺を助けた?家族からも、友人からも、同僚からも見放されたのに、お前だけは俺の側にいてくれた。なのに何故、今になって俺を裏切った?」
「シェイン、それは昔の話だろ。済んだ話だ。今更その話を持ち出してどうするんだ。止せ。」
今度は、ルドルフがシェインを制した。
ミーシャは、山本の方を見た。
山本は肩を竦め、首を横に振った。
2人には何の話か分からなかった。
「教えてやる。10年前、殺人課の刑事だった俺は、ニックと組んで仕事をしていた。ある日、麻薬に絡んだ殺人事件が起きた。犯人である麻薬売人のガールフレンドに俺は一目惚れした。彼女も同じ気持ちだった。彼女、ドーンは、直ぐに売人と手を切ってくれて、俺達は隠れて付き合い始めた。間もなくの頃、俺は突然の高熱に襲われ入院した。原因は、ドーンから貰ったウィルスだった。彼女は元ボーイフレンドから、知らない内に感染させられていたんだ。それで、全てが明るみになってしまった。俺がドーンを通じて、犯人に捜査情報を漏らしたのではないかと、警察に疑いを持たれた。刑務所に送られた麻薬売人も俺の事を知って、嘘を振りまいた。『シェインが女と引き替えに、情報をくれた。』とな。警察は俺の言い分を信じずに、売人を信用し、俺に内定調査を行った。勿論、結果はシロとの判定が付いたが、同僚からの疑惑は晴れず、俺は警察を辞めた。一緒に住んでいた娘は、俺の元を去り、別れた女房の所へ行ってしまった。秘密結社の人間にあるまじき行為だとして、ウェルバーに除名された。皆んな、俺から離れた。責任を感じたドーンも、俺から離れてしまった。しかし、ニックだけは違った。」
シェインの目は悲壮感を漂わせ、ニックを捕らえていた。
「俺に救いの手を差し伸べてくれて、俺が薬剤師を目指した時には金も貸してくれた。ウェルバーに取り成して、秘密結社に再び参加出来るようにしてくれた。そして、ドーンの行方も捜し出して、俺の元へ戻るように説得してくれたりもした。」
「俺はお前が羨ましかった。一目惚れした女に全てを注いだお前が。俺も遠い昔、捜査で見かけた年下の女性に一目惚れした。俺にはお前の気持ちが痛いほど分かった。」
ニックは答えた。
シェインは初めて元相棒の告白を聞いた。
「年上が好みのお前が?」
「そうだ。戸惑った。しかも、愛してはいけない人だった。俺は自分の中にバケモノがいることを知った。俺は、自分が許せなかった。だが、お前は違う。お前だけでも、幸せになって欲しかった。時が経ち、お前も俺も変わってしまった。お互い非情になり過ぎた。お前だって、言うことをきかない若手を排除しただろ。正直、俺だって迷いはあった。悩んで悩み抜いて、お前を裏切り、秘密結社を敵に回すことにした。」
「愛してはいけない人か。ニックも、事件の関係者に惚れたのか。」
ルドルフが呆れた様に言った。
「俺のも終わった話だ。遠い遠い昔にな。」
ニックは目を伏せた。
シェインは過去の事件を思い返していた。
『終わった話とはいえ、今でも尾を引いているのか。さっぱりとした性格のニックらしくない。それ程愛してはいけない年下の女性が、遠い遠い昔の事件にいたか?その頃だと俺達も若かったな。相手も・・・。』
その時であった。
シェインの頭にある人物が閃いた。
『あいつか!だから、ニックはそいつに一目惚れしたからこそ、自分の中にバケモノを見付けたと言ったのか。今も苦しんでいるのか。』
「シェインどうした?顔が真っ青だぞ。」
ミーシャが心配した。
「なに、大丈夫だ。思い出したんだ、その人の事を。ニック、その人は家族思いの人だったな。自分を犠牲にしても厭わない位、強い心を持っていたな。」
「いいや、違うぞ。お前の想像している娘とは全然別の人だ。」
ニックは即座に否定した。
足が小刻みに震えたので、ニックは必死に震えを隠す為に、両手で太ももを強く押さえた。
「勘違いだったか。」
そう答えたが、シェインはニックの微妙な変化を見抜いていた。
『やはりそうだったのか。ニック。哀れな奴だ。』
長年の付き合いなのに、ルドルフは気付かないでいた。
一緒にコンビを組んでいたからこそ、シェインはニックの気持ちが手に取るように分かっていた。
「もうその話はここら辺で良いだろう。」
ルドルフが切り出した。
「殺し屋を雇わなくても、FBIに通報すれば良かったのにな。仲間をFBIに売るのは流石に躊躇ったか。」
「その通りだ。俺が何も言わなくても、FBIはブライアンや情報屋のジュリアンと協力して、お前達を追っている。お前達が、大勢の殺し屋達と隠れているが、いずれは捕まるぞ。」
「俺達、秘密結社を甘く見るな、ニック。一つ教えてやろう。ブライアンのパソコンを俺達はハッキングしている。そこから、FBIの情報をいつでも引き出せるのだ。」
ルドルフはニヤッと笑った。
「俺も教えてやる。ウェルバーが、ルドルフを小僧扱いしていのは、本当だ。でも、甥のお前さんを殺すまでは考えていなかった。」
「やはりそうだったか!この野郎!!」
「俺が動かなければ、お前はウェルバーが生きている限り、ずっと下っ端だったんだぞ。感謝しろよ。」
ルドルフは顔を赤くして、ニックに掴み掛かかろうとしたが、シェインが止めた。
それでも向かおうとしたので、山本とミーシャもシェインに加勢した。
ルドルフを落ち着かせると、シェインが聞いた。
「ルドルフと俺を煽り、クーデターを進めたのは秘密結社を内側から崩す為だったのか。」
ニックは肯いた。
「それも失敗に終わった。お前達は、立派に秘密結社をもり立てている。ちょっとの時間は稼げたが。」
「じゃあ、ビリーに『ウェルバーが妊娠中だった妻を殺害しようとしている』と言ったのも、嘘か。」
「そうだ。その嘘で、ビリーを仲間に引きずり込んだ。彼は何も知らない。」
「俺達は、ニックにすっかり騙されていた訳か。なんてこった。」
シェインは自嘲気味に、フッと鼻で笑った。
「もうこれで、全てを話した。余計な事まで話したがな。何もかも捨てて、ここまできたのに。骨折り損のくたびれもうけだったな。」
ニックは深い溜め息をついた。
「何か言い残すことはないか?」
シェインはワルサーPPKをニックに再び向けた。
「お前にこれ以上負担を掛ける訳にはいかない。これ位しか、元相棒の俺には出来ない。」
ニックは足に隠していた小型拳銃を取り出すと、顎に銃口を当てて、引き金をひいた。
勢いで後頭部を壁に打ち付け、床に崩れ落ちた。
壁にはべっとりと血が付いていた。
山本がベットの毛布を引っ張り出すと、血にまみれたニックの遺体を、くるくると器用に丸めるた。
次にベットのシーツを引っ張り、ひも状に幾つか切り裂くと、丸めた毛布を手際よく縛った。
そして、床に落ちていた血まみれの拳銃を余ったシーツで拭き取り、ズボンの尻ポケットへしまった。
「シェイン、ミーシャの言うとおり、かなり顔色が悪い。外で休んでいた方が良いよ。後の事は俺がやるから。」
「悪いが、頼む。」
シェインは外へ出た。
ミーシャも後に続いた。
山本は毛布にくるまれたニックの遺体を肩に担いで、外へ出た。
「壁と床の血はそのままにしておいてくれ。俺が埋葬を終えたら、綺麗にしておく。ルドルフも疲れただろう。」
「気にしなくて良いぞ。裏切り者を片付けただけだ。俺はそんなに疲れていない。」
ルドルフは、視線を感じた。
ジープ・グランドチェロキーZJの助手席の窓から、ロボが悲しそうな目でじっと見ていた。
ルドルフは視線を逸らし、ニックを運ぶのを手伝った。
=====
日が落ち、星が空に煌めいていた。
コリンとデイビットは、アパートへ帰り、寝る支度をしていた。
ブライアンからデイビットの携帯に連絡が入った。
デイビットは、携帯の音量を上げ、隣にいるコリンの耳にブライアンの声が入りやすいようにした。
「ジョンが、貴重な情報を見付けてくれたぞ。ニックとアルフレッドの接点を見付けてくれたんだ。」
「目撃者がいたのか。」
「似たようなものだ。アルフレッドが付き合っていた女性は、ニックの元恋人だったんだ。彼女が証言してくれた。」
「何だって!」
コリンが叫んだ。
「彼女を通て、2人は知り合ったのか。」
デイビットが尋ねた。
「デイビット、そこまでは確かじゃないんだ。その女性、プリシラというのだが、ニックとは17年前に付き合ったものの、数ヶ月後に彼から突然別れを切り出された。プリシラにとって初めて男から別れを告げられたので、よく覚えているそうだ。それから暫く会っていなかったが、数年前に偶然再会して以来、友人としてたまに会っていたそうだ。プリシラは、ニックと別れてからも恋愛遍歴を重ね、昨年暮れから今年の始めに掛けてアルフレッドと付き合っていた。プリシラは2人が会っていた所までは目撃していない。しかし、プリシラは2人とは同じバーで知り合っている。恐らく、2人はバーで会っている筈だ。関係者に尋ねれば、いずれ判明する事だ。」
「バーって、ニックの親友・アーサーが経営していたバー?」
コリンは聞いてみた。
「私もそう思ったが、彼の店近くにあるダーツバーだった。」
コリンとデイビットは、イサオの兄・隼と行った店だと直感した。
「意外な接点だな。じゃあ、秘密結社を混乱に陥れていたのは、ニックだったのか。」
自分の命を助けてくれたニックが、イサオを撃った犯人の可能性が出てきた事に、コリンは少なからずショックを受けた。
裏社会で長く生きていたデイビットは、冷静に事態を受け止めていた。
「明日一番に、FBIと協議して、ニックを任意で事情聴取する。そこで、ニックが事件にどう関与したか明らかになるだろう。」
携帯を切った後、2人は床に就いた。
コリンは事態が進んだ事で気分が高まってしまい、眠りにつくのに時間が掛かってしまった。
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