前回 目次 登場人物 あらすじ 
山本とルドルフはトレーラーハウスから外へ出ると、毛布でくるまれたニックの遺体を止めてあった車の近くに一旦下ろし、トランクからショベルとヘッドライト付きのヘルメットを取り出した。

ヘルメットを被った2人は再び、肩に毛布でくるまれたニックの遺体を担ぎ、遺体を埋めるべく、トレーラーハウスの裏手にある森へ行こうとした。

「俺も行く。」
外で気を静めていたシェインが声を掛けた。
すると、シェインの携帯が鳴った。
FBIからの内通者からであった。

「悪い。先に行ってくれ。」

「分かった。俺達に任せてくれ。」
山本が声を掛け、ルドルフと共に森の中へ入った。

夜の森は静かであった。
いくら山本が先頭を歩いているとはいえ、夜の森の中を歩くのは、ルドルフは怖かった。

少し歩くと、山本は大量の枯れ葉で覆われた場所を見付けた。
「この辺にするか?」

山本の提案に、ルドルフは大きく首を振った。

「ここは駄目だ。もっと、奥へ行け。」

枯れ葉で覆われた土の下は、ルドルフの伯父で,秘密結社の前リーダーのアルベルト・ウェルバーが眠っているのだ。
ルドルフは更に増幅する恐怖心と戦っていた。

『許してくれ。伯父さん。俺はニックに騙されていただけなんだ。』

2人はそれ以上の会話も無く、黙々と奥へと歩いていた。
「ここにしよう。」

遺体を下ろして、大きな木の下の柔らかい部分を2人は掘り始めた。

「ウォーン、ウォーン。」
その時、ロボが大きな声で遠吠えをし始めた。

「おっと、いけない。ロボに何か食べさせないと。山本、後を頼む。」

ルドルフは、急いでトレーラーハウスへ引き返した。
グランドチェロキーZJの助手席で、ロボは遠吠えを続け、外に出たいらしく、窓を前足で引っ掻いていた。

シェインとミーシャが、窓越しで宥めていた。
「主人を亡くして、寂しいんだな。」
ミーシャが悲しそうに呟いた。

「今朝から何も食べていないんだ。餌を与えれば少しは落ち着く筈だ。」
シェインは、トレーラーハウスの中へ入った。
間もなく、ドックフードと水が入ったボウルを持って、外へ出てきた。

ロボは、ボウルを見ると、満面の笑みを浮かべ、尻尾を大きく振った。
ルドルフは車からロボを出すと、食料と水を与えた。
ロボはエサをムシャムシャと頬張った。

「空腹で鳴いていたのか。こいつ、ルドルフから与えられた餌を頬張っている。何も察していないんだな。抜けているところが救いだ。」
シェインはロボの背中を撫でた。
ポケットから白い粒状のものを取り出すと、手で砕き、水が入ったボウルにそっと入れた。

「眠り薬か?」

「短い間しか効かない薬だ。可哀想だが、移動中大人して貰う為だ。ロボはルドルフが預かることになっている。」
ミーシャの問いに、シェインは答えた。

「ルドルフの側にロボがいたら、FBIは不審を抱かないか?」

「それは大丈夫だ。ルドルフの長年のガールフレンドで、英会話教師をしているマリアンヌを通じて、別人の家に暫くいることになっているからな。」

「別人といっても、マリアンヌの親友だから、FBIに通報されることは無い。シェイン、さっき電話に出ていたが、そのFBIから新情報が入ったのか。」
ルドルフは、先程のシェインの電話が気になった。

ブライアンがもたらした情報は、直ぐにシェインの耳に入る。
「殺し屋のアルフレッドの元恋人が、ニックの元恋人でもあったんだよ。明日一番にFBIは証拠を固め、ニックに事情聴取するとさ。」

「おい、本当か?危機一髪だったな。もし、一日遅れていたら、ニックはFBIに捕まっていたところだった。」

「ニックがプリシラとかいう名前の女と別れたのは、17年前だ。アルフレッドがプリシラと関係を持ったのは、去年だ。プリシラは、2人の接点を全く知らない。同じ女と寝たのは偶然かも知れん。唯、彼女が2人と出会った場所が、同じダーツバーだった。そこで2人は出会った可能性が高い。」

「その女も裏社会の人間か?」

「いや、救急コールセンターで働いている女性だ。若くして夫を亡くし、一人息子を育てながら、若い男を漁っていたとよ。60歳になった現在でも、ライフスタイルを変えていないと言っていたな。」

「もしかして、アルフレッドはその息子の家に忍び込んで、そいつのパソコンから青戸猛が若い頃に忍者の修行をしていた映像をインターネットに流したのか。」

「そうだ。」

「どうしてそんなことを?」
ミーシャが尋ねた。

「猛が噂じゃなく、本物の忍者であることを知らしめるためさ。秘密結社の人間をびびらせる為だ。きっと、ニックがアルフレッドに命令したに違いない。腕の立つ2人でも、秘密結社を相手にするんだ。大勢の敵に立ち向かうには、計略が必要だからな。」
シェインが答えた。

「伯父さんは、『猛の事を恐れるな』と言っていたけど、70歳過ぎても訓練された同志と互角に戦えるんだ。心して掛からないといけない。」
ルドルフは気を引き締めた。

ロボが落ち着くのを見計らうと、ルドルフは、シェインとミーシャを伴い、森の奥へと向かった。

「ルドルフ、随分奥に入ったな。」

「ここなら、いくらFBIでも分かりはしまい。」

3人が現場へやってきた頃には、山本は遺体を穴へ下ろし、地面から這い上がり、腹に付いた土を払い落としていた。
かなりの深さまで山本は地面を掘っていた。

「よくやった。」
ルドルフが山本を褒めた。

4人が埋める作業を始めようとする前に、シェインはトレーラーハウスの裏で手折った紫のデュランタの花を穴の名へ投げ入れた。

「ニックは紫色が好きだった。元相棒からの別れの挨拶だ。」

4人はニックを埋める作業をした。
作業を終え、森から出ると、リードで繋がれていたロボは横になっていた。
腹が満たされた後なので、気持ちよさそうに寝ていた。

「よしよし。」
ルドルフが、眠っているロボの頭を撫でた。

「急げ。明日になると、FBIがニックの事情聴取にやって来る。奴を消した証拠を消さなければならない。」

シェインのかけ声で、4人はトレーラーハウスの清掃を始めた。
数時間後に作業を終え、皆は眠っているロボを抱えてホンダ・アコードツアラーに乗り、その場を去った。
マリアンヌの親友宅の近くでルドルフとロボを下ろすと、3人は隠れ家へと消えた。

ルドルフがロボを抱えながら歩き、マリアンヌの親友が住むコンドミニアムを訪問した。
先に待っていたマリアンヌ本人と、彼女の親友が出迎えてくれた。
親友はゴールデンリトリバーを飼っており、近くのソファで寛いでいた。

「突然のお願いを引き受けてくれて有難う。」

「気にしないで。貴女も大変ね。生徒さんが急に帰国してしまい、ワンコを預かることになるなんて。」
マリアンヌの虚言に騙されている親友は、ロボを預かることになっていた。

「ロボと言うのよ。大人しい子だから、心配はいらないわ。ルドルフの件が落ち着いたら、引き取るから。」

ルドルフがロボを家に連れて来た時には、薬が切れていたが、ロボは未だ眠たそうで、大きなあくびをした。

「あら、おねむの時間なのね。トニー、ご挨拶して。」
ソファから出てきた彼女のペットのトニーは、ロボの臭いを嗅ぐと、ロボもトニーの体を嗅いだ。
そして、トニーはロボを受け入れ、奥の部屋へロボを誘導した。

「仲良くなりそうね。」
マリアンヌはルドルフにそう言うと、腕を組んだ。
ルドルフはマリアンヌを見た。

彼女はルドルフに笑顔を見せていたが、その瞳は『後のことは任しておいて。』と語っているかの様で、ルドルフは頼もしく思えた。

=====

翌朝になり、ニックに事情聴取をする為に、FBIがトレーラーハウスを訪問したが、勿論人のいる気配は無かった。
愛車のジープ・グランドチェロキーZJが残されていたので、FBIはニックがロボを散歩させているのではと思い、周辺を見て回ったが、見付からなかった。

ニックを見張っていた警官に尋ねても、「ニックはトレーラーハウスにいた」と言うばかりであった。
FBIは、その警官が秘密結社の一員だとは知らなかったので、その嘘を信じてしまい、悪戯に時間だけが経ってしまった。

「ニックがロボと消えたって?この前の様に、どこかへ出掛けていれば良いのだけど。」
アパートにいたコリンの耳にも、ニックが消えたという情報が入った。
コリンは邪悪な気配を感じ、彼らの身を心配した。

「ロボを連れて何処かへ行くにしても、車を置いて、長時間いないのだからな。だだの散歩にしてはおかしい。」
デイビットは考え込んだ。

「今、ブライアンはFBIの詰め所から、ホテルへ戻っていると言うから、俺達も彼に会って、詳しい情報を聞いてみよう。」
コリンは、ロボの事が心配になり、ソワソワした。

「そのブライアンから、情報をたった今貰ったんだろ。落ち着け、コリン。ニックの事はFBIに任せろ。」

「ロボのことが気になるんだ。もしかして、この前ニックがロボと出掛けたあの海岸かな。」

「その情報は、既にFBIは知っている。捜査員が向かっているだろう。」

事実そうであった。
コリンが、再びブライアンに確認した所、FBI捜査官はその海岸へ行き、ニックを探したが何処にもいなかったとの報告を受けた。
捜査官達は、海岸の近くにある診療所へも聞き込みをしたが、医師や看護師達からもニックを見ていないとの証言を得ていた。
その他にも、ニックのいそうな場所や、ニックの親友達、職場の同僚達のいる所へ行っても、ニックを見付けることは出来なかった。

「車を置いたまま、ロボを連れて消えたなんて。見張りの隙を突いて、誰かの車に乗って逃げたかも。ブライアン、どう思う?」

コリンの問いに、ブライアンは答えた。

「その可能性はあると思うが、果たしてニックはFBIの動きを察知していたどうか。この件は、今朝の会議で、FBIの報告を受けるまで警察は知らなかった。元警官のニックが元の職場から連絡を受け、仲間を呼んで逃げるには時間がなさ過ぎる。FBIによれば、トレーラーハウス付近は他の車が止まった形跡が無いし、トレーラーハウスも綺麗に片付いていた。慌てて逃げた感じには見えないとも言っていた。昨日は、ニックは休みで、一日中トレーラーハウスで寛いでいた。それは見張りの警官が証言している。昼過ぎに、知人から電話を受けていた事が分かっている。恐らく、それ以降にニックはロボと共に消えた。」

「知人の電話がヒントか。」

「警察が番号を辿ったら、前に話したマフィアに追われて姿を消した何でも屋の店主の兄からであった。彼も弟の行方を捜していて、長年の付き合いのあるニックなら居場所を知っているかと思い、電話したそうだ。ニックの答えは『知らない』だっだ。」

「じゃあ、ニックは何でも屋の店主を探しているんだろうか。でもなんで危険な所にロボを連れて行くんだろう。」

「私も同感だ。何でも屋の店主が姿を隠したのは、1週間以上前だ。もし、探すのなら、その頃からやっている筈だ。それに、ロボを連れて行ったとなると、別の件で姿を消した可能性が高い。」

ブライアンと話たコリンは我慢出来ず、ニックとロボを探しに外へ出た。
デイビットも側に付いて、街を回ったが、彼らの行方はようとして分からなかった。



ジュリアンは夜の街を捜索していた。
何でも屋の店主の居所を探しあぐね、イサオの事件も追わねばならず、更に親友・ニックが愛犬と共に何処かへ隠れてしまい、ジュリアンは疲労困憊していた。


今夜もクタクタで、経営しているダイナーへ戻ってくると、駐車場の影から男が出てきた。
『強盗か?!』
ジュリアンは護身用の銃を取り出そうとしたが、思い留まった。
何と出てきた男は、何でも屋の店主であった。
すっかり瘦せこけていた。

「随分探したぞー!何処にいたんだ。無事で良かった。」

「それよりも、昨日、マフィアのボスと会ったんだろ。どうなったんだ。教えてくれ。」
何でも屋の店主は、ジュリアンに弱々しく抱きついた。
店主は、不倫相手にマフィアのボスの名前を騙っていた。
その事がボスの耳に入り、怒りを買った事を知った店主は逃げ回っていたのだ。

ジュリアンは辺りに人がいないことを確かめると、ダイナーの2階へと店主を連れて行った。

「安心しろ。どうにか話はついた。金は掛かるがな。」

「恩に着る。命の恩人だ。君の親切は一生忘れない。」
店主は、涙ながらに感謝の気持ちを述べた。

「いいんだよ。お前とは長い付き合いだからな。お兄さんも心配していたぞ。あとで電話を入れろよ。」

「ジョーニーとも話がしたい。妻の連絡先を知っているか?」
店主はジュリアンに尋ねた。

ジュリアンは苦い顔になった。
「いや、知らないんだ。お前の事で精一杯だったから。彼女の決意は固い。もう諦めろ。」

ジョーニーは、夫である店主の2度目の浮気を知り、家を出て行き、離婚訴訟を起こしていた。

「もう一度詫びを入れたい。よりを戻したいんだ。」
店主は泣き出した。

ジュリアンは、どうにもならないことだと分かっていた。
「お前がマフィアに追われていた事を知っても、裏社会に通じているジョーニーは何もしなかった。これで分かるだろ。覆水盆に返らずだ。吹っ切って、新しい人生を歩め。」

店主は暫く泣き続けた。
意を決し、ジュリアンに告白した。
「あの日の事を正直に話すから、ジョーニーと話をさせてくれるように手筈を頼む。」

店主の言葉に、ジュリアンは眉をぴくっと上がった。
「あの日とは?イサオさんが撃たれた日の事か?」

店主は肯いた。

「お前!俺達を騙していたのか!!」
ジュリアンは、店主の胸ぐらを掴んだ。
続き