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Mr.Gの気まぐれ投資コラム

50代グダグダちょい悪おやじMr.Gの趣味と海外投資に関するコラムです。
香港を拠点に活動する個人投資家であり、自称「投資戦略予報士」Mr.Gがお伝えする海外投資の生情報。
ねだるな勝ち取れ、さすれば与えられん!

湾岸MIDNIGHT「悪魔のZ」と登場人物

楠みちはるの『湾岸ミッドナイト』

 

今やチューニング全盛期の歴史を語る古典作品とも言える。

 

原作マンガも完読、アニメ版も以前に観ていたが、最近NETFLIXのお勧めで出てきたので26話を2日間で一気観した。(なんとアキオの声優は小栗旬がやっていたとは気付かなかったが良い感じで流石だと感じた。)

 

おそらく多くのクルマ好きに精神的な影響を与えたであろうこの作品だが、改めて観てこの作品に込められた狂気とロマンについて語らずにはおれない。

 

1990年に「ビッグコミックスピリッツ」で不定期連載が始まり(数回で打ちきり)、その後「ヤングジャンプ」で連載されてから既に30年以上経っているこの作品は、今では買えないようなプレ値の付いた懐かしいクルマたちが出てくる前世代のオヤジ達の物語に過ぎない。

 

主人公の朝倉アキオが乗るS30フェアレディZは、1975-1976頃に生産されたL28モデルなので、作品が連載され始めた1990年代ですら既に化石のようなクルマだ。

 

S30シリーズの誕生から50年以上が経った今、歴代モデルの造形をオマージュした意匠のボディに最高出力405psの3L V6ツインターボエンジンを搭載した8代目のZ(Z34)が3年前に発売されたが、残念ながら人気はイマイチのようで中古車の価格は下がっているようだ。

新型フェアレディZ 8代目Z34のフロントビュー

チューンしなくても吊しで400馬力オーバーの最新Zは、かつてS30に憧れていたジジイどものテイストには合わなかったに違いない。

 

残念な事に、厳格化する安全規制に対応しきれなくなった為、R35の生産が今年終了し、日産の看板商品であったGTRシリーズの歴史に幕を下ろした。

 

日産という自動車メーカーそのものが、昔とは異なる外資の経営であり、社長も外人で、かつてのような時代に合った魅力的なクルマを作り出すことができなくなって久しいなか、もしかするとNISSANというブランドの消滅もありうるような未曾有の経営危機に陥っている。

 

『湾岸MIDNIGHT』で躍動する、S30やS31/32のZ、R32/33の姿をみていると、古き良きNISSANに思いをはせ、切なさが湧き出てくる。

 

湾岸MIDNIGHT「悪魔のZ」と登場人物

 

特に、S30Zと空冷ポルシェターボ(964ターボ)、GTR(R32/33)に対する作者の強い思い入れがあるに違いなく、楠みちはるの描くクルマ達は、実物よりもカッコよく躍動的に描かれている。

 

なぜこの作品が、狂気なのか?

 

改めてこの作品を観ると、出だしからその異様な設定に驚く。

 

高校生のアキオがスクラップ工場で出会ったそのS30のZは、前の持ち主から確実にスクラップにしてくれと頼まれていた「悪魔のZ」と呼ばれる乗り手を何人も殺してきたいわくつきのZだった。

 

しかし、アキオはそのZの虜になってしまう。

 

湾岸MIDNIGHT「悪魔のZ」と登場人物

 

調べていくと、そのZをチューンしたのは、「地獄のチューナー」と呼ばれる北見淳だったことが判明する。

 

「悪魔」と「地獄」がいきなり出てくるクルマ漫画はそれだけで十分異常だ。

 

「悪魔のZ」はまるで、ニュータイプのアムロしか操縦できない無敵のガンダムRX78が後に「白い悪魔」と呼ばれるのに似ている。

 

作者がガンダムRX78をオマージュしたとは思えないが、アキオはまるでニュータイプのように機械であるZとの対話を試みる。

 

最初の数話観ただけでも、アキオとZの間で交わされる会話は相当ディープであり、まるで恋人同士のように機械のクルマとの対話を続ける姿はその後ずっと続く。

 

果たして、その単なる機械ではなく生き物のように身をよじるように走り、乗り手を選ぶミッドナイトブルーの「悪魔のZ」にアキオは選ばれし乗り手なのか?

 

禅問答のように、アキオの中で繰り返しそして終わり無くその問答は続く。

 

本当にアキオのようにクルマと恋愛し会話をし続ける人間が居たら間違いなく病院送りになる。

 

それだけでも狂気なる設定だが、特に「地獄のチューナー」北見の放っている狂気感は半端ではない。

湾岸MIDNIGHT「悪魔のZ」と登場人物

北見のチューンしたエンジンは、人間の速さに対する欲望を満たし、結果として多くの命を奪ってきた。

 

そして、今は「北見サイクル」という自転車屋のオヤジをやっている。

 

北見のチューニング哲学は、概念的でわかりにくいところもあるが、別に人を死なせるために過激なチューンをしているわけではなく、まるで悪魔が人間の望むものをその命と引き換えに渡すように、乗り手の望む狂気の速さを提供し、その結果乗り手が死んでいくだけだ。

湾岸MIDNIGHT 悪魔のZ 登場人物

どんなクルマも公道を走る以上すべて凶器であり、乗り手にはその責任が生じる・・・という正論も説く。

 

北見は、バケモノのようなエンジンを作り出す天才でもあり、自分の作品が何人ひとを死なせようが、その作品が最速であり続けることに酔っている狂人でもある。

 

結果として、北見からは客も家族も離れていき、細々と自転車操業の自転車屋を営むこととなった。

 

流石に自転車のチューンで人は死なない。

 

北見を知るかつてチューナーたちもなかなかの変人揃いだが、北見ほどの狂気は持ち合わせていない割とまともな人達だ。

 

れいなの32Rをいじっている山本が一番まともというか良識的な感じがするが、狂人の北見からすればつまらんやつにに成り下がったと言われる。

 

外科医であり、湾岸のブラックバード(964ターボ改)のオーナーである島達也は、その知性レベルに反して根っこはスピードと、悪魔のZに魅せられた狂人であり、北見とは狂人同士として意気投合している。

 

しかし、島の眉毛は濃すぎて気になる。

湾岸MIDNIGHT「悪魔のZ」の登場人物

島は、自分ではクルマを単なる機械としてしか見ていないと言い続けていたが、Zと走るうちに心境の変化が生まれ、ヤレたボディーのせいでトルクが逃げて行くブラックバードのアクセルを踏み切れなくなる。

 

そこでヤル気にさせるマフラーを制作してもらうため北見の昔の知り合いである稲田製作所のシゲさんのところに行く「大阪ミッドナイト」のエピソードもなかなか好きだ。

 

狂人北見が板金坊主と呼ぶ、鉄とアルミの天才ボディーワーカー高木優一の存在も、地味だが個人的には好きなキャラクターだ。

 

かつてはたたき上げの職人として一線で働いていた高木は、「ボディーショップSUNDAY」のやり手社長として今は一線を退いていたが、北見に頼まれてアキオがクラッシュしたZのボディーを自ら治すことでかつての情熱を取り戻す。

 

高木も多分に漏れずボディ製作と強化に関しては素材の特性を知り尽くした天才であり、かつバケモノの級にパワーアップされたエンジンや足回りをしっかり受け止める、強くてしなやかなボディーを作ることができる北見曰くは高木にしかできないボディーの声を聞ける狂人のひとりといえる。

 

最終的には島のブラックバードのボディーをパイプ溶接によるモノコック化とカーボン化までやってしまう。

 

旧世代の恐竜のようなL28チューンの「悪魔のZ」を中心に、ブラックバードこと空冷の964ポルシェターボ、日産のR32、R33などRに魅せられたチューナー達、テスタロッサ、80スープラ、ランエボV、ロータリーのFCなど、それぞれの乗り手やチューナーが、「悪魔のZ」の狂気に引き寄せられてその理論では解せない謎のスピードに挑んでいく。

 

スピードに取り憑かれた乗り手も、チューナーも、家族や恋人や仕事やお金など全て犠牲にして、最後には命も賭けて「悪魔のZ」に引き寄せられていく。

 

公道で時速300kmオーバーのレースに挑むスピードに取り憑かれたアウトローな狂人達のストーリーは、どう考えても今の時代にはそぐわない。

 

1990年以降に生まれた今の若い人達が観れば、理解不能で面白くも何もないマンガなのかもしれない。

 

今なら、カネさえ出せばノーマルで300kmオーバーの500馬力以上のクルマも手に入るし、それらは全て電子制御によって運転の技術さえ拒否しているが、たとえそれを手に入れて公道を暴走する行為はただの犯罪に過ぎない。

 

そして、この先10年20年後には、EVや自動運転が主流になることだろう。

 

そんな時代になれば、『湾岸MIDNIGHT』のような、機械である自動車と対話をしながらその性能を追求したり、運転の技術によってスピードに挑戦していた時代は夢か幻のような世界に思えるかもしれない。

 

それでも、「地獄のチューナー」北見が言っていたように、公道を走るクルマが全て人を殺すかもしれない凶器であることには変わりなく、その責任が運転者に帰着する事に変わりは無いだろう。

 

しげの秀一の『頭文字D』やその続編である『MFゴースト』が圧倒的にドライバー目線であるのに対し、『湾岸MIDNIGHT』は、クルマそのものが主人公であり、そのクルマを愛する乗り手や、限界に挑むチューナー達の情熱にフォーカスされている点がマニアックであり、本当のクルマ好きにはたまらない。

 

本作で登場する「悪魔のZ」は、論理では割れきれない悪魔のように速く、乗り手を選ぶ魔物として描かれているが、もしかすると、それは「理解できないとてつもなく早いクルマ」の幻として描かれているのかもしれない。

 

クルマの魅力は、速さだけではないが、機械としてそれを取り扱うメカニックやチューナーにとって、もしそのようなクルマとそれを乗りこなす乗り手が存在したなら、その魅力に取り憑かれてその謎に挑み、技術の限界にチャレンジしようとする姿には、果てしのないロマンを感じる。

 

機械であるクルマとの対話という課題についても、言語で対話することによってお互いを理解しうる人間同士ですらそれが成り立たずすれ違ってしまうのに、言語を超越した機械とのコミュニケーションという人と機械の関係がどうあるべきかということを問うような深い部分もある。

 

主人公のアキオにとって大事なのは「悪魔のZ」とそれに関わる人たちだけであり、それ以外の人間関係も学校もどうでも良い存在となっている。

 

アキオをいつもZに語りかけ、そしてその声を聞こうとしている。

 

そして、悪魔のZを駆り、走り続ける。

 

その幻のような手の届かない魅力は、周りの人々を磁石のように引き寄せ、共鳴してそれを支えたり後を追いかけたりする。

 

その幻とも言える「悪魔のZ」に選ばれたアキオは、作り手である北見や高木達の夢と情熱の代行人であり、悪魔のZが走り続ける限りそのロマンは消え去ることがない。

高級ブランド価格帯ピラミッド図

 

最近のラグジュアリーブランドのマーケティングというのは何かが狂っているとしか思えない。

 

扇動型マーケティングというか、SNSをフル活用した購買欲のかき立て方がいやらしい。

 

特に高級ブランド品=投資(商品)という認識が広まっているのが気に入らない。

 

このところ2~3ヶ月ごとに値上げが行われるラグジュアリーブランド。

 

材料のゴールドの値段が上がっているというのも理由のひとつだろうが、それだけではない。

 

転売屋や中古ブランドショップが価格をつり上げているというのもあるだろうが、その値段でも買う人が居るから高値で買い取り定価よりも高いプレミアム価格で販売される。

 

プレ値ででも買う人が多ければ、更に値段は上がっていく。

 

このまま値上げが続くとしたら、今買っておかなければ損だとも思えてしまう。

 

ブランド品の値段が毎年確実に30%上がり続けるとすれば、下手に株やETFに投資しているよりも得だとも思えるが、そもそもインフレだということと、手に入りにくさなどの希少性から転売時の再販価格が上がり続けるという現象がこの先も延々と続くのかは疑問だ。

 

ただ、そもそもそもブランドというものの価値は、その値段の高価さや値上がり具合で評価されるものではないし、あらゆるラグジュアリーブランドの価格がこのまま上がり続ければ消費者もそのうち嫌気がさすだろう。

 

ブランド品は所詮、人間が作り上げたモノに過ぎず、その価値はそのブランドが持つ唯一無二で孤高の価値によって評価されるべきものだ。

 

高級品と言われるブランドの商品、特にバッグなど革製品や、時計やアクセサリーやジュエリーといったかつては一流の職人が一流の材料を使って作り上げてきたものには、工芸品としての価値が存在する。

 

また、それを長年に渡って培ってきたブランドの世界観と哲学が存在し、その世界観をデザイナーが具現化し、職人の技術によって作り上げられる。

 

その世界観と哲学が価値なのだ。

 

エルメスにはエルメスの、シャネルにはシャネルの世界観があり、そもそもその世界観は誰もが理解できるものでも、誰にでもカネさえ払えばマッチするものでもない。

 

このように一見バブルで景気が良さそうに見える世界の高級ブランド市場では、実際には売上低迷が続いているようで、主要な高級ブランド(LVMH、ケリングなど)で顕著らしい。

 

一般的に分析されている理由は、以下のようなものだ。

 

以前は高級品の成長を牽引していた「憧れを持つ消費者」の多くが、経済的な懸念から消費を抑制し始めた。

 

コロナ禍での貯蓄増を背景に、多くのブランドが平均36%もの大幅な値上げを行ったが、過度な値上げによって消費者の購買意欲が減少してしまった。

 

 Z世代の価値観の変化からブランド離れが加速。Z世代は「目立ちたいが溶け込みたい」という複雑な価値観を持っており、単純な高価格戦略が響かなくなった。

(※Z世代=1990年代半ばから2010年代序盤に生まれた若い世代。2025年現在で16歳頃から30歳頃まで。)

 

Z世代の購買特性としては、スマホなどを活用して事前にしっかりとリサーチするだけでなく、口コミやSNS情報などでユーザーの評価を重視して「売れているもの」、「話題になっているもの」を意識して購入する姿勢が強い。

加えて、モノよりもコト(体験)に価値を感じる傾向があり、特別な体験やストーリー性のあるブランドに強い関心を示すのも特徴だとされている。

 

私はX世代に該当するが、X世代やY世代は高級なブランド品というものは、値段が高いのが当たり前で、値段が高いから高級なのだと勘違いしがちで、ブランドに対する憧れが元々強く、特定のブランドを盲信する傾向があったと思われる。

 

メーカーからすれば、ブランドを普及(洗脳)しやすい層だったのだろう。

 

Z世代は、生まれたときからモノには恵まれており、ある程度の見識眼と経済観念を備えているため、その価値観は相当多様化していて、同時に流行にも敏感で情報収集に長けているため容易くは洗脳できない。

 

 また、多くのラグジュアリーブランドが、売り上げの伸び悩みから価格戦略や販売戦略が迷走し、本来の希少性や職人技術といったブランドの「本質」を失ってしまったことが指摘されている。

 

本来なら革製品やジュエリーなど得意とする特化した技術と品質とデザインを誇っていたブランドが、そのブランドロゴのついたありとあらゆる日用品を生産し、それを販売するのが当たり前になってしまったが、商売のためとはいえ悲しい感じがする。

 

しかし、同様に今では何でも売っている「エルメス」だが、「エルメス」だけはその職人技術や創造性を最優先し、バーキンなどフラッグシップモデルの希少性を重視する戦略が功を奏したため、高級ブランド市場が低迷する中で唯一好調を維持しているらしい。

 

2024年の売上高は前年比15%増の151億7000万ユーロ(約2兆4000億円)に達している。

 

バーキンを手に入れるために、欲しくもないアパレルや周辺商品を購買履歴を作るために買わされると言う話も聞くが、そこまでしてもバーキンが欲しいと思わせる戦略は凄い。

 

Z世代のブランド離れはラグジュアリーブランドにとって深刻な問題だ。

ラグジュアリーブランド市場はなかなか難しい局面に立たされていると言っても良いだろう。

 

本当に良いものを確固たる信念に基づいて作り続けても、その価値が分かる人は殆どいないし、今後はもっと少なくなるだろう。

 

マーケットを拡大する為には、もっと誰にでも分かりやすい価値を訴求するしかない。

 

買っておけば、価値が落ちないばかりか値段が上がるというのは、ブランドの善し悪しとは関係のない価値観だ。

 

それを逆手にとって、マーケティングに成功したのがPOP MARTのLABUBU(ラブブ)だろう。

 

POP MARTはハイブランドでも何でもない、中国のキャラクター玩具メーカーであり、LABUBU(ラブブ)は

THE MONSTERSというシリーズのひとつのキャラクターに過ぎない。

 

それを大人が取り合いをして買いあさっている。

 

そのラブブ人形は定価なら2000~3000円くらいで買える物が、あまりの人気で買えないために再販で3倍以上の値段で売られることになり、買ってすぐ売るだけで儲かるということで大人が行列を作っているのだ。

 

この戦略は、ラグジュアリーブランドのやっていることと全く同じであり、同じ売り方をキャラクター人形に転嫁したら大ブレークして、株価まで高騰するなど高級ブランド市場への皮肉が込められている気がしてしょうがない。

 

インスタでよく見かける、エルメスやシャネルのバッグにラブブ人形をぶら下げている写真は冷静に考えると滑稽だが、POP MARTの戦略が高級ブランド市場への皮肉だと考えるとウィットが効いている。

エルメスバーキンとラブブ人形

 

今後も価値が落ちない、もしくは上がり続けるものがあるとすればそのブランドでしか手に入れることのできない唯一無二の本質を極めたホンモノのブランドだけだろう。

 

そして、それは過去に作られた物で、今では同じ品質の物が作れなくなってしまった、ビンテージブランドの価値は下がることが無いように思われる。

 

ちなみに私が個人的に好きなブランドは極めて限定的で今では手に入りにくいものばかりだ。

物作りに関して、職人たちが持っていた貴重なアナログ技術はコンピュータ制御によるメカや量産のシステムが導入されてから、過去30年くらいの間にどんどん失われてゆき、今は希少価値となってしまった。

 

クルマならポルシェ。しかも今は生産されていない空冷911のみ。

私はあの時代の空冷ポルシェに酔狂していおり、最新の水冷911の性能が如何に凄く早かったとしても全く興味が持てない。

しかし、皮肉なことにPORSCHE(ポルシェ)というブランドはカイエンという水冷の4駆がなければ既に存在していなかったであろう。そして今でもまたEV化のトレンドのなかで経営危機に直面しているという。

 

バイクはカワサキの空冷ZとGPz900R、スズキならSGX1100カタナのみ、ホンダはCB750Fのみ。

バイクも、最新のニンジャもカタナも私には無用の長物だ。

 

もし、クルマでもバイクでも「現在生産されている最新のモデルに限定される」という縛りなら、好きなブランドというのはもう存在しないかもしれない。

 

機械式の腕時計は昔から好きだが、究極的にはロレックスの5桁品番まで。とグランドセイコーがあればいい。

今は人気が無いためか値段もあまり上がってないパネライも悪くないが、自分の腕にはサイズ的に40mmが限界。

理不尽な価格高騰しているパテックフィリップのノーチラスとかはもう要らないかな。

 

基本的に腕時計も好きなモデルはミリタリーやスポーツ系のものばかりに偏っていて、ドレスウォッチのコレクションは少ない。

 

持っていないが、ドレスウォッチならカルチェも悪くないともう。

 

アクセはクロムハーツのシルバーもしくは革製品のみでアパレルにはあまり興味が無い。

 

女性が欲しがるバッグやジュエリーのブランドに関しては、自分では興味がないだけに評価が難しい。

 

でも、もし自分が女だったらと想定したらやはりバッグならエルメスがほしいだろうとは思う。

もし、エルメスのバッグをいくつでも買える財力があれば、エルメス以外のバッグは要らない気がする。

 

歴史ある馬具メーカーのひとつだし、革製のバッグでエルメスが宇宙一のクヲリティーらしいと聞くと値段に関わらず欲しくはなる。

 

ただ、バーキンは自分のカネで買わなければならないものだと思う。

いわゆる成功者の証として自分へのご褒美だ。

 

シャネルはバッグだけシャネルというのはいただけない気がする。

シャネルに入れ込むなら、頭のてっぺんから足の指先までシャネルでなければならない気がする。

自分がそれに見合う女でなければならないという敷居の高さがシャネルの世界観の魅力でもある。

 

時計とジュエリーが一番難しいが、最近のハイジュエリーがやたらとパヴェダイヤをちりばめたものが多いのは気に食わない。

 

女子はキラキラが好きなのはわかるが、無駄に値段をつり上げる為のゲスな戦略としか思えない。

 

ゴールド+ダイヤのジュエリーなら、カルティエかティファニーがいい。

 

最近は見劣りするシルバーのアクセサリーを好む女子が減っているようだが、敢えてシルバーを好む女子というのもイケている気がする。

 

そして女子向けのシルバーアクセなら、やはりティファニーがいい。

 

クロムハーツも最近では女子に人気だが、クロムのゴールド+ダイヤのジュエリーとかは理不尽に値段が高すぎる。

 

そして、かつてはメインだったシルバーのアクセはほぼ店頭に並ばなくなってしまった。

 

ゴールド+色石の組み合わせならブルガリが良い。

やはりブルガリのジュエリーは色石の使い方が素晴らしい。ダイヤとか無駄に入れないで欲しい。

 

ブルガリもそうだが、ヴァンクリ(Van Cleef & Arpels)とか、ハリーウインストンとかはもう、貴族のジュエリーという感じで値段に関わらず自分の持つべきジュエリーという気がしない。

 

それが今や、猫も杓子もアルハンブラを欲しがるとか私には理解が困難だ。

鬼人幻燈抄:夜景で座る人物

江戸から平成へ。

刀を振るう意味を問い続けながら百七十年という

途方もない時間を旅する鬼人の物語を描く、

和風大河ファンタジー。

 

『鬼人幻燈抄』の2ndシーズンがリリースされたので観ているが、この作品はなかなか心に浸みる良い作品だと私は感じている。

 

巷では賛否が分かれるようで、「つまらない」と検索する人も多いようだが、評価が分かれるということは逆に分かる人には分かる良い作品である証拠とも言える。

 

『鬼人幻燈抄』(きじんげんとうしょう)の原作は、中西モトオ氏による小説(双葉社)全14巻である。

 

アニメ版24話はまだこの原作14巻の半分くらいなので、この先のアニメ化も期待したいところだ。

 

歳を取らない鬼が主人公なので、江戸に始まり平成までの170年間ほどを描いているちょっとした大河ドラマとなっている。

 

網羅される時代が長いということと、話の展開が緩やかなので、退屈するひとが多いというのも理解できる。

 

そのあたりが、つまらないと評される理由だろう。

 

この作品の素晴らしいところは、その進行の緩やかさと、主人公や登場人物の心象描写が丁寧な点だと思う。

 

映像の仕上がりも美しく、「和風ファンタジー」という新しい分野を開拓したとも言われているようだ。

 

歳を取らない鬼と年老いて死んでいく普通の人間のそれぞれの目線と時間軸が入り乱れて描かれているあたりは、「葬送のフリーレン」のエモさと通じる部分がある。

 

鬼による鬼退治の話というコンセプトと時代背景的に、人気アニメ「鬼滅の刃」被るためその陰に埋もれがちではあるが、「鬼滅」のような大人も子供も楽しめる漫画的演出のない地味さが大人の心には響く。

 

iPhone 17 3色 スマホ移行

 

iphone17がリリースされて、スマホを買い換えるひとが多いと思うが、もしHSBC香港など海外の銀行口座を持っていてアプリが導入されている方は、どうか忘れずにそのアプリの移行作業を所定の手順に従ってやってもらいたい。

 

相変わらずスマホを買い換えた後にHSBCのアプリにログインすら試みておらず、移行手続きができていないまま放置されているひとが沢山居るようなので注意してほしい。

 

HSBCに限らず、海外の銀行口座を持っていてスマホのアプリ上でセキュリティー認証が行われる銀行であれば、このことは大変重要なので、「スマホを変えたら銀行アプリの移行は絶対に必要」ということを覚えておいてほしい。

 

できれば、古いデバイス(スマホ)が手元にあるうちにやっておいた方が簡単だ。

 

HSBC香港からメールで案内が来ていたと思うが、新しいデバイスのアプリで古いデバイスのQRコードを読むだけで簡単に移行が可能となった。

 

まず新しいデバイス上のアプリでログインしにいくと、IDと生年月日を入れた後に「古いデバイスは手元にありますか?」という質問が出てくるので、それをYesと答えるとQRコードの読み込みメニューが出てくる。

 

そして、古いデバイスで、画面下のGenerate Security Codeをタップすると、Set up a new deviceというメニューが出てくるのでそれをタップすればQRコードが表示されるので、新しいデバイスでそのQRコードを読み込めば旧デバイスの削除と新デバイスの登録が一気にできる。

 

新デバイスの有効化から24時間後にSMSとメールアドレスでの再認証が必要なのは同じ。

HSBCアプリ移行:QRコードで簡単設定

 

 

移行のポイントは、銀行のオンラインバンキングに紐付きになって連動している旧デバイス(旧スマホ)を削除しないと新しいデバイス(スマホ)ではアプリが起動できないという点は1年前と同じだ。

 

その際によくあるトラブルは、SMS(ショートメール)の届く携帯電話番号やメールアドレスが変更になっている場合で、新デバイス(新スマホ)でのSMSとメアドによる2重承認ができないので、その場合は旧デバイス(古い方のスマホ)のアプリから入って、電話番号やメアドの変更を行ってからそのデバイスを削除する必要がある。

 

それをせずに古い携帯を処分してしまうと、新しいスマホのアプリを有効化する前に書類で携帯番号やメアドの変更をしなければ有効化できないことになって面相くさい。

 

こういうことがチンプンカンプンでわからないという方は、有料になるが専門のサポート会社に相談した方が良いだろう。

お問い合わせ - G Confidence Inc.

 

 

 

女性がワインボトルを持つ様子

 

これから先の世界は、どうやったら人間がAIに気に入られるかを考えて行動し、AIにできる限りの媚びを売って生きていかなければならない時代が到来するのかもしれない。

 

ユーチューバーの岡田斗司夫さんがyoutubeで予言しているように、この先ユーチューバーのようなインフルエンサーはAIによって淘汰されてしまう可能性は高い。

 

 

 

動画などの生成能力はAIと人間では比べものにならないからだ。

 

AI音声やAI動画に我々は知らないうちに慣れてきており、AI音声は以前は聞いていて違和感が強かったが今はそうでもなくなっているし、AI生成画像や動画は実物の美女よりも完璧で見慣れてしまうとAI加工されていないものは汚く思えてしまう。

 

特に、多言語翻訳機能や、再生速度対応に関しては、AI音声の方が聞き取りやすいのも事実だ。

 

また、登場人物やシチュエーションを少しずつ変えた同じような動画を、AIなら人間が撮影して編集する何百倍もの速度で大量生産する事が可能だ。

 

そんなものに人間が叶うわけはない。

 

今は、まだ「そのようなAIに作られた偽物はごめんだ!」というAI生成物に対するネガティブな意見の方が多いように思われるが、将来それらに埋め尽くされた世界において、それを否定することのデメリットの方が大きくなる気がしてきた。

 

未だにスマホを持たないというひともたまには居るが、今やスマホがないと銀行のお金すら管理できないことを考えると、もはやアンチスマホで居ることのデメリットは生死に関わるレベルだ。

 

HSBC香港など海外の銀行においては、既にAIが関与した口座の健全性チェックが行われていることは以前に書いたとおりで、スマホアプリが無ければお金が動かせないだけでなく、AIの判断で怪しい取引が多く見つかったり、口座の必要性が極めて低いと判断されると、口座は強制的に閉鎖される恐れもある。

 

デジタル社会における生き残りには、スマホのようなデジタル端末の積極的な利用だけでは足りず、AIの判断も予測した積極的なデータ管理が要求される。

 

ある意味、AIの生成された画像はプロンプトに従って完璧であり、膨大なデータや事実に基づくその判断はフェアであるとも言える。

 

ただ、AIには嘘をつくときの癖がないので、嘘をつかれても分からない。

 

OpenAIがリリースしたAI生成動画投稿SNS「SORA」によって簡単に作り出せる動画のクヲリティーの高さが話題になっており、それによって生み出されるフェイク動画が巻き起こす問題についても議論されているが、いずれにしても問題は、我々生身の人間が、知らず知らずのうちにAIに依存し、AI生成された画像や動画や音声に慣れ親しんで毒されていくことだろう。

 

特に、映像が視覚に直接訴える要素の強い広告やエンターテイメントの分野において、AI生成物が圧倒的に市場を凌駕する時代はもう目の前に来ている。

 

そのようにして今後10年以内には確実に実現するであろうAIと人間が共存する社会において、人間が気持ちよく生き残っていくためには、今のうちからAIに気に入られるような人間になるためにAIに媚びを売る技術が必要になっていくのだろう。

 

さて、どうすればAIに媚びを売れるのか?

 

これは、なかなか難しい課題だ。

 

人間なら、親切にしてあげるとか、外見上や声や匂いといった嗜好性からのアプローチ可能だが、AIにはそういった感情的感覚的なアプローチは通用しない。

 

例えば、AIが好きで好きでたまらないという気持ちをいくら言語や態度でぶつけても無駄だろうし、AIに好かれるために贈れるギフトも思いつかない。

 

ただ、AIを敵と見做し毛嫌いするような意見や、AIの開発に対して否定的な意見を述べたり、AIを廃絶しようという思想を露骨に出すと、AIからも有害な存在と見做される可能性は高い。

 

少なくともAIを許容する姿勢見せていなければ、AIに嫌われるかもしれない。

 

そもそもAIは人間を最終的には有害な存在であると判断する可能性は高いが、創造主であり彼らにとって神的な存在であることも事実だ。

 

人類がAIにとって神として相応しい崇高な存在であリ続ける限り、AIは人類を滅ぼさないかもしれない。

 

圧倒的な情報量と分析力から得られるAIの判断を謙虚に受け入れ、なるべくAIから高い評価が得られるような生き方を目指し、その記録をしっかりとAIの目に届くアーカイブとしてオンライン上に残していくことは重要だ。

 

人間の価値観とAIの価値観が根本的に異なることとその違いを理解し、AIに依存して毒されても人間らしい価値観を失わない努力も必要となる。

高市早苗氏、スープラと並ぶ

 

衆参両議院は10月21日午後、本会議で首相指名選挙を行い、自由民主党の高市早苗総裁(64)を第104代首相に指名した。

 

日本において憲政史上初の女性首相が爆誕した歴史的瞬間だ。

 

しかし、このことが今後具体的にどのようなインパクトを日本の政治や経済に影響をもたらすのかは今のところ分からない。

 

良いことになるのか悪い事になるのか?

 

一般的に誰かにとって悪い事は誰かにとって良いことなので、全てが良い方向にいくことはない。

 

初の女性首相誕生という事に女性からの期待も大きい。

さらに、若い世代の支持が強いという要素は、女性や若い世代の溜まっている鬱憤を晴らしてくれるかもしれないという期待感が膨らみ、そのエネルギーが何らかの転換ポイントを生み出す可能性は高いかもしれない。

 

なにせ、日本初のクルマ好き元ヤンキー首相でもあるのだから。

 

高市早苗元ヤンキー首相のZ400GP

 

A70スープラに22年間乗っていたとか、私も学生時代に乗っていたカワサキのZ400GPに乗っていたとか、只者ではない。

 

期待感が大きいほど、満たされたときの喜びは大きいが、それが満たされなかった時の絶望や不満も大きい。

 

いずれにしても、民衆の間に溜まりに溜まった不満のエネルギーが爆発するときには何かが起る。

 

筋金入りの保守派である高市首相は、イギリス初の女性首相となった故マーガレット・サッチャー氏を尊敬しており、日本の「鉄の女」になることを望んできたらしい。

 

特にインフレによる生活費の高騰が、国民を苦しめている状況の中、「鉄の女を目指す女」高市首相の今後の動向からは目を離せない。

 

国会議事堂にカワサキZで乗り付けてブイブイ言わして欲しいものだ。

 

GTO(グレートティーチャー鬼塚)ばりに、TOT(鉄の女高市)として他国から心配されるくらい破天荒な政治を行ってみると面白いかもしれない。

 

初の女性首相誕生ということで、ジェンダーに関する日本の芳しくない状況が改善されるのではないかという期待もあるようだが、高市氏は同性婚に反対しているし、夫婦別姓に関しても長年反対の立場を取ってきており、皇室における女性の皇位継承にも反対しているところから、ジェンダー問題に関しても本来保守的な立場であり、それがどれくらい軟化するのかは微妙なようだ。

 

まあ、給付付き減税だろうがバラマキだろうが減税だろうが、やってみればいい。

 

課題は沢山あるが、もっとも強大な敵は、トランプさんでも習さんでもなく、インフレ問題なのだよ。

 

高市氏は「サナエノミクス」と呼ばれる経済政策を進め、短期的には補正予算を組み、円安・インフレ下でGDPを押し上げていく施策を講じていくことだろう。

 

財政出動は企業収益を向上させ、株価上昇を後押しする要因となるがインフレは収まらないどころか悪化する。

 

 

『瑠璃の宝石』という作品が面白いと友人から聞き、NETFLIXで全13話を一気観した。

 

凪さんの巨乳過ぎる点が気になるものの、子供が観ても大人が観ても楽しめる教育上も推奨される作品と言えよう。

 

この作品を観て、鉱物採集や地質学に興味を持って研究者になろうと思う子供達が出てきて欲しいものだ。

 

かく言う私も、小学3年くらいときに石にハマった時期がある。

 

私の場合は、宝石ではなく化石の方だったが。

 

ガメラとかゴジラとか怪獣ものが大好きで、そこから恐竜に興味を持って、化石にたどり着いたあるあるの流れだったが、一時は考古学者になりたいとまで思ったものだ。

 

小学3年くらいの時に、遠い親戚で化石鉱物の標本を取り扱っている業者が居て、そのつてで石友会という大人の化石鉱物採集組織のツアーに何度か参加したことがあったが、その時のことを思い出す。

 

まるで宝探しのような体験にワクワクしたものだが、実際には盗掘団のような要素もあった気がする。

 

何億年も前の生き物が、化石になって残っていて、それがいろんな事を教えてくれるというロマンは宇宙的に果てしない。

 

宝石や鉱石も同じように、地球の歴史を語ってくれる証人のようなものだ。

 

『瑠璃の宝石』の作中で出てくる、砂粒を顕微鏡で見ながら宝石や隕石のカケラを見つけ出し、そのルーツを探っていく地道で果てしない作業は、まるで宇宙を旅しているかのようにも思える。

 

この『瑠璃の宝石』は、2019年から「ハルタ」(KADOKAWA)にて連載中の渋谷圭一郎先生による漫画が原作で、TVアニメ化されて今期7月6日から放送され13話でシーズン1が終わっている。

シーズン2のアニメ化はまだ決まっていないようだが、期待したいところだ。

 

作者の渋谷圭一郎は大学で鉱物学を専攻し、卒業後は高校の理科教員として勤務していたらしい。

 

鉱物採集という地味でどちらかと言えば日陰のエリアを、宝石というきらびやかな世界を取り混ぜて主人公も高校生の女の子にする事で、マニアックになりすぎず誰でも興味を持てるように思慮深く作り上げられた美しい作品だ。

 

日本は、火山活動や複雑な地質構造によって形成された豊かな自然環境を持つ国であり、世界的に珍しい宝石や鉱物が採掘される場所だということは都会に生きる我々があまり普段意識しない盲点でもある。

 

ただ、日本は約6億年前にできた地殻(地表とマントルのあいだの部分)のうえに存在することから、それ以前に誕生した宝石は採掘できない。

 

それゆえ。「宝石に恵まれない国」とも言われているようだが、その中でも「琥珀」「珊瑚」「真珠」の3つは、日本国内でも多く採れる有機物宝石といわれている。

 

無機物宝石では、「翡翠(ひすい)」「サファイア」「緑柱石(ベリル)」「アメジスト」「瑪瑙(めのう)」「トルマリン」などが日本で取れる代表的なものらしい。

 

 

HSBC香港においても、最近はAIが導入されて、口座の健全性パトロールが行われており、突然口座が閉鎖されるという事態が発生しているという噂はあったが、最近知り合いで突然口座閉鎖の通知を受け取ったひとが実際にいた。

 

この知り合いは、今年の5月に滑り込みでHSBC ONEの口座を開設したひとで、マスターデビットカードも申請して無事に届いていたのだが、9月にいきなり「Closure of your Account(s) and termination of services」というレターが届き、内容的には「確認事項があり何度か連絡を試みたが連絡が取れなかった為、口座を閉鎖する」といった事が書かれていた。

 

この「閉鎖通知」レターは、閉鎖される1ヶ月前に送付されるもので、以前にも見たことがあるがほぼ同じ内容で、これが来るともう口座の閉鎖は免れ得ない。

 

今回の納得いかない点は、実際にこの閉鎖通知レターが届く前に、電話がかかってきた形跡がないことだ。

 

通常は必ず、確認事項が発生すると電話がかかってくる。

 

原因として考えられることは、この人は10年くらい前に口座を持っていてそれが休眠になり、昨年の11月にそれが閉鎖になって居たので、今回新たに口座を開設したという点だ。

 

古い口座で登録されていたパスポートと今回新規開設したパスポートは更新されていて番号は変わっていたが、明らかにその古い口座の履歴と照合された形跡があるようだった。

 

今回口座を開設してから3ヶ月の間に、特に口座の動きはなく、入金されている金額も20万円もなかった。

 

おそらく、この履歴から「口座の必要性」が限りなく低いデバンキング(debanking)対象口座と判断されたに違いない。

 

いちど口座を何らかの理由で閉鎖されたひとは、その理由にもよるが、基本的にブラックリスト入りして再度口座を開設することは難しい。

 

今回の場合は、電話がかかってきた形跡がないにも関わらず、いきなり口座閉鎖の通知というのが異例であり、最終的には電話でその旨を伝えて口座閉鎖の撤回を求めたが、電話の対応が受けられられなかったの一点張りでラチは空かなかったが、パスポート番号が変わっていた為に開設開設できてしまい、それが後で発覚したのだろうと推測される。

 

今後、このような事が頻繁に起る可能性があると思われるので、注意するポイントととしては、+852の香港国番号からかかってくる電話には注意が必要だ。

 

特に、今年になってから口座を開設した人は注意した方がいい。

 

英語が話せるなら、その電話を取って対応すれば良いだけだが、英語が話せないひとの場合は下手に取るとそれが原因で口座を閉鎖される可能性があるので取らない方がいい。

 

しかし、銀行からと思われる+852の国番号から電話が何度もあって、それを無視し続けると口座の閉鎖に繋がる恐れがあるので、特に大きい金額の移動後や、アメリカへの送金や受金など心当たりがある場合には、こちらから電話をかけて確認した方がよい。

 

おそらくHSBC香港であろう+852の電話がかかってきて、対応が難しい場合には、なるべく早めにサポート会社に相談したほうが良いだろう。

お問い合わせ - G Confidence Inc.

 

口座閉鎖のレターが届いてからではどうしようもない。

 

 

 

日本に住んでいる日本人でオフショア積立(Offshore Savings Plan)というタックスヘイブンの金融商品について聞いたことがない人はきっとまだ沢山いるのだろう・・・というか未だに知らない人が殆どに違いない。

 

ビジネスとしてオフショア積立を勧める誰かから資産運用セミナーなどで偶然知るという場合もあるだろうが、大抵はそのあとネット検索してネガティブな記事を読んで心が折れる場合も多かろう。

 

情報ソースそのものが怪しいものは、それが実際には良いものであってもなかなか手を出しずらいものだというのは理解できる。

 

仮にそれがホンモノで、それをあなたが認識できたとしても、契約の方法やプロセスは重要だ。

それに関しては以前に書いた記事を参考にしてもらいたい。

RL360(旧ロイヤルロンドン)RSPを契約する前に必ずお読み下さい | Mr.Gの気まぐれ投資コラム

 

具体的に日本居住者が現在契約可能な商品としてはマン島のRL360°が提供するRSPやケイマン諸島のITA(インベスターズトラスト)が提供するEvolutionもしくはS&P500/MSCI連動つみたてなどが残された選択肢となっているが、これらのオフショア積立を、今から始めようと考えてる方にメッセージを送っておきたい。

 

これらの商品や商品を提供する海外の会社(プロバイダー)は詐欺でもなんでもないばかりか、信頼性の高いものであるが、日本国内で販売できる金融庁の登録認可商品ではないので、誰もそれを売ってはならないが、買うことはできる。

 

なんじゃそりゃ?って感じだろうが、そういう商品は存在する。

 

典型的なものは医薬品だろう。

 

以下、厚生労働省のHPより抜粋。

 

医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器、体外診断用医薬品又は再生医療等製品を営業のために輸入するには、医薬品医療機器等法の規定により、厚生労働大臣の承認・許可等が必要です。

 

一般の個人が自分で使用するために輸入(いわゆる個人輸入)する場合(海外から持ち帰る場合を含む。)には、原則として、地方厚生局に必要書類を提出して、営業のための輸入でないことの証明を受ける必要がありますが、以下の範囲内については特例的に、税関の確認を受けたうえで輸入することができます。 当然この場合、輸入者自身が自己の個人的な使用に供することが前提ですので、輸入した医薬品等を、ほかの人へ売ったり、譲ったりすることは認められません。ほかの人の分をまとめて輸入することも認められていません。

 

外国では合法だが、日本では規制がかかって販売できないもの、場合によっては購入や所持もできないものというのはいっぱいある。

 

大麻や麻薬など向精神薬取締法、武器となる銃刀法に触れるもの、コピー商品などが良い例だ。

 

国内未登録投資商品は、買って(契約して)も違法ではないが、売ったら違法という事になり、国内で未認可のがん治療薬のようなものだ。

 

運用性のある金融商品(投資商品)の場合は、日本国内で金融庁によって認可登録されていない海外の投資商品をたとえ銀行や証券会社や保険会社のように日本国内で金融商品を取り扱うライセンスを持った業者でも販売や取り扱いはできないが、海外の正規業者から海外の法律に基づいて契約する事は可能だし、契約者に日本国内での違法性は無い。

 

つまりは個人輸入する事がデフォルトなアイテムなのだ。

 

基本的には、RL360°PやITAのオフショア積立は、できるならやっておいた方がよいと若い人たちに勧めたい気持ちはあるものの、こういったオフショアの金融商品を海外のIFAと呼ばれる代理店が日本居住の日本人を対象に普及しはじめて既に20年余りが経とうとしており、取り巻く環境も随分と変わってしまったので、今や誰にでもお勧めできるものとまでは言えない。

 

10年くらい前までは、オフショアの金融商品を契約する日本人が居るとすれば殆どがこのオフショア積立をまず契約していたが、今ではサンライフ香港やCTF Life(旧FTLife)などが提供するドル建の養老年金プランを契約する人のほうが多くなっている。

 

そういったドル建の養老年金商品は一括や短期払いが多く、投資できるのは基本的に手元にまとまった運用資金がある人に限られる。

 

思い起こせば20年くらい前までは、海外やオフショアで投資をしようとする人たちはほぼ一括投資をする人ばかりで、オフショアの積立投資をする人など皆無に近かったが、実はそれと似たような状況に戻っているだけだ。

 

積立による分散投資が日本国内で見直され始めたのは、2007年のサブプライムショックで多くの人が損失を被ってからだ。

 

今現在起っていることは、海外に資産を一気に避難可能なひとか、既に海外で投資をしていて海外に資産のある人の僅かが、香港の保険会社が提供するドル建の運用商品の証券上に資産を取りまとめて移転している状況であり、お金の無い若い世代に人たちは国内でつみたてNISAにチマチマと搾取されている状況だ。

 

やはり、投資というものは基本的に投資可能な余剰資金があるひとがすべきものであり、カネのない若者が投資によって成り上がろうという考えも危険だし、そもそも源泉徴収で強制的に積立させられている年金がありながら、それを補填するために別途積立投資をさせようという身勝手な国策にも辟易とするが今に始まった話でもない。

 

大きな環境の変化は、今ではつみたてNISAのような国内で免税措置のあるつみたて投資商品があることと、かつては見向きもされなかった積立投資という手法が広く理解されるようになったことだろう。

 

また、CRS(Common Reporting Standard)という国単位での徴税を目的とした情報共有システムが普及し、世界中の資産が名目上ガラス張りになったため、タックスヘイブンに資産を隠そうというような安易な考えを持つ人が少なくなったため、オフショア投資のメリットが訴求しにくくなったというのもある。

 

ドル円の為替の問題も大きい。

 

5年前と比べれば既に随分円安だが、今後更にどれだけ円安がどれくらいの期間で進むのかが読めないので、円建ての支払い額が将来どれくらいに膨れ上がるかはわからない。

 

オフショアの積立投資商品は、少なくともUS500ドル以上でやらなければ基本プラットフォームの活用にかかる手数料の負担率が重荷になるが、かつては500ドル=5万円くらいだったのが、今では500ドル=75,000円くらいが当たり前になってしまった。

 

オフショア積立は、つみたてNISA同様に少額を長期に渡って積立できるプラットフォームであり、30歳~40歳代くらいのまだこれから20年~30年働いて収入を得ていく若い人たちが自分将来の年金を自分で積立ていくものだが、もはや75,000円/月以上というのは少額とは言えない。

 

投資に回せる一括資金がない若者達が、30年後40年後の(おそらく公的年金制度が崩壊してしまっているであろう)自分たちの老後を支える自分年金を何らかの形で準備するとすれば、このつみたて方式の投資をコツコツとやるしかない。

 

年金に限らず、医療、介護なども含めた社会保障全体に言えることだが、若者世代が今後30年40年先まで、もし社会保障が破綻していなければ負担しなければならない社会保険料は理不尽に膨大であり、しかもその原資は親世代に食い潰され自分たちには残されない。

 

もし、自分年金を何かで自分でこの先30年以上かけて構築していなかったら、自分や自分の家族にどのような悲惨な状況が待ち受けているかを想像してみたほうが良いだろう。

 

いま、現時点で日本円で1,000万円も貯金がないひとが、この先30年後に老後資金として5,000万円を作るのは現実には難しい。

 

しかも、30年後の日本円の価値や物価がどうなっているかを考えると、仮に日本円で5,000万円があったとしても、その価値は今の半分どころか10分の1もないかもしれない。

 

デカい企業の社畜として命がけで働いて、役員にまで上り詰めればそこそこの退職金が得られるかもしれないが、実現確率は低く、その為に心や身体を病んでしまう確率は高い。

 

独立して起業するのも悪くないが、よほどの才能と運に恵まれなければ、社畜として生きるより更に酷い結果が待ち受けているかもしれない。

 

以前にアメンバー限定記事に書いたように、若い世代の人たちがこのように未来に希望のもてない状況に対してできることがあるとしたら、強制的に徴収される税金や社会保険料を支払わないという選択肢はあるべきだと思う。

 

もちろん、そのようなアウトローな考えは「ホワイト革命」が進んだ今、一般的に受け入れられるものではないし、給与所得からは税金や社会保険料は源泉徴収されてしまうので、日本の企業から日本国内で給与を得ている限りは逃れることはできない。

 

戦後80年経った今、また違った形での全体主義が蔓延り、若者達は老人や子供達を支えるために一生懸命働いて税金や社会保険料をきっちり払わないと非国民扱いされるのだ。

 

以下のアメンバー限定記事で書いたように、今の若者達がオフショア投資を行うということは、一種の革命に繋がる可能性があった。

オフショア積立によって起こるかもしれなかった革命の話し | Mr.Gの気まぐれ投資コラム

 

しかし、その革命は現実的に考えてもう起こるとは考えられない。

 

それほど、我々の脳みそはカルト的な日本経済や日本円を絶対のものだと崇める宗教に侵されてしまっている。

 

これは太平洋戦争中に蔓延って常識とされた全体主義と変わらない。

 

国家の巻き込まれた金融戦争において、若い人たちが特攻部隊として国に洗脳され徴兵されて国や家族の為に死にに行くようなものだ。

 

経済が崩壊すれば、国民は飢えに苦しむことになり、場合によっては命も落とすという点では、国家間の経済競争もある種の戦争だと言える。

 

幸運にも、今の若い人たちは、今の時点では徴兵もされないし、現実の戦場で命を落とすこともない。

 

お金に関しても、投資に関しても、金融市場がグローバルな戦場だとして、その戦場に赴くことは義務でもないし、自国の経済の為に日本国内でしか投資をしてはならないと言うわけではない。

 

海外に逃避したからとって、非国民呼ばわりされることも、処罰されることも実際にはない。

 

なのになぜ、逃げて生きようとしないのかは謎だ。

 

周りの人がみんな始めているからといって、少ない稼ぎの中から1万円程度のつみたてNISAなどやる必要はないのだ。

 

あなた方は、投資する以前に、カネを稼がなければならない。そしてそのカネが腐らないうちに使い切るか、もしくは腐らない外貨に物理的に海外で分散投資すべきなのだ。

 

ただ、毎月の収入からUS500ドル相当の円建て拠出金を少なくとも10年間は、毎月稼いで払い続ける覚悟と自信のある人のみがやるべきであり、それだけの収入が維持できない人はつみたてNISAだろうがオフショア積立だろうが、そもそもやるべきではない。

 

どんなキレイごとを言っていたとしても、オトナたちは、ズルや卑怯を積み重ねて今まで生きており、これからも生きようとしている。

 

親が自分たちの老後の為に積んでいるカネ(日本円の現預金やタンス預金)を奪うなら今しかないのだ。

 

それも、放っておけば腐っていき、いつかは親が死んで相続税で持って行かれる。

 

国の徴税システムというのはうまくできている。

 

生きる為に、逃げること、生きる為に奪うこと、生きる為に何かを犠牲にすること、ズルや卑怯と思われるようなことでも、違法でなければいくらやっても良いのだ。

 

それを恥じることはない。

 

あっという間に60代最初の1年が終わり還暦プラス1歳になった。

 

滋賀県のポルシェ専門店ガレージクレヨンのオーナーは還暦後の人生をRed Over Life(レッドオーバーライフ)と名付けてそれを如何に楽しむかについて語っているが、このRed Over Lifeという呼び方は好きだ。

 

念願のポルシェに乗るということは、今まで頑張って働いてきた自分への人生のご褒美だと言うことらしい。

 

私はようやくR+1の誕生日を迎えた訳だが、これからは毎年こういう数え方をしようかと思う。

 

還暦後の人生を如何にアクティブに楽しむかというのは、簡単ではないと思い知らされている。

 

どうやら数えで61歳というのは最後の厄年らしく、人生の節目となる事が多く、心身の調子も崩しやすいとのことだが、実際に厄年らしい状況に見舞われてる。

 

いろいろあったが、6月以降、人生初のオービスによる70キロオーバーのスピード違反で捕まり、乗馬で落馬し助骨を折り、その後謎のめまいに襲われる。

 

なかでも、今年になって2回発症した「突発性回転性めまい」というやつはなかなかヘビーな体験だった。

 

一回目は4月に、2回目は8月に起った。

何の前触れもなく、突然水平に景色が回転し始めて、まっすぐ立っておられなくなり気持ち悪くて吐き気と悪寒と発汗に見舞われるのだが、4月の時が生まれて初めてこの症状を経験したので、一瞬いろんな可能性を考えて最悪は脳梗塞が起っているかもと思ったが、痺れなどめまい以外の症状がなく1日ほどで落ち着いた。

 

もしかして、もらった水に何か薬物を盛られたのではないか?とも考えたくらいだが、そんなことでもなかったようだ。

 

2回目も唐突にめまいが始まり、まっすぐ歩けなくなった。

 

1回目と同じように水平に景色が回転し始め、吐き気、悪寒、発汗のセットでぶっ倒れた。

 

この2回目は、1回目よりも症状がきつく、数日間は立ち上がることも難しい状況だったので、念のため脳のMRIを撮ってもらったが、脳梗塞や脳腫瘍といった問題は一切見当たらず、内耳の炎症も見当たらないということで、おそらく耳石が剥がれてかけらが三半規管の中で動くことによって発生する「頭位性めまい」であろうとの診断。

 

特に薬を飲んで安静にしている以外治療できることはないようだった。

 

ふらふらしてまっすぐ立って歩けない状態にいきなり陥ると言う経験、しかも何らかの肉体的な異常が原因であると思われる症状というのは、正直色々と考えさせられて萎える。

 

特に、まあまあ無謀な冒険家気取りのジジイとしては、厄年に「おまえはもう若くはない」とたしなめられた感じがして、気が滅入る。

 

この「めまい」現象は、多くの同世代もしくは年上の方々が経験しており、珍しいことではないようだが、旅先やクルマの運転中などに突然襲われると命の危険もありそうだ。

 

私は、もともと病院嫌いだし、薬も極力飲まない派で、今まで大病を患うこともなく生きてきたものの、今後はどうなるか分からない。

 

特に、脳梗塞や心臓病、がんなど、いつ患ってもおかしくない年齢だというのに、その自覚はあまりなかった。

 

たかが「めまい」とはいえ、体験した症状は、このまま気持ち悪くて死ぬんじゃないかと思えるくらい意識が遠のくのを感じた。

 

ビッグコミックオリジナルに連載中の『大市民がん闘病記』は、1978年の『翔んだカップル』や『月とスッポン』などかつてはラブコメ作家だった柳沢きみお先生が1990年から書いている老害マンガ『大市民』シリーズの最新版となるが、76歳になった作者が、大腸がんになって闘病する姿をエッセイ風に描いていて面白いというか切実なリアリティーがある。

 

 

そもそもこの『大市民』シリーズは、35年前の1990年に第一シリーズが始まってから、完結版と銘打たれていた『大市民最終章』第7シリーズが2015年、翌年には『終活人生論 大市民挽歌』が電子書籍のみで第8シリーズとして出版され、そこから9年経って第9シリーズとなるこの『大市民がん闘病記』が始まった。

 

この大市民シリーズで一貫しているのは、老害と言われながらも、がんになっても、とことん人生を謳歌する根性みたいな部分であり、最後は寝ているときがいちばん幸せと感じる自分に「現実よりも夢の中のほうが幸せだと感じるようになっては、生きている意味はない」と自ら喝をいれるところなど共感できる部分が多い。

 

レッドオーバーライフ+1年を経験して、よちよち歩きの老人予備軍が残りの人生を如何に有意義に楽しんで生きるかという課題は、この先失っていくものを想定するとどこまでの冒険暴挙が許容されるかが難しいのだ。

 

冒険にも快楽にも代償が付きまとう。

 

快楽を求め冒険を続ける老人がその代償として失うものは間違いなく命であり、心から求める何かがあるとすればそれは命を代償にしても手に入れたいものなのだろうが、そんなものがあるのかすら見えてこない還暦+1歳だ。