
あけましておめでとうございます!
今年2026年は、午年(丙午)なので馬の話から始めたいと思う。
ドラマ『ロイヤルファミリー』を観て、競馬や競走馬を身近に感じたひとも多いだろう。
馬という動物には、他の動物にない不思議な魅力がたっぷり詰まっている。
もし機会があれば、馬に乗ったことの無い方は、体験乗馬でも是非チャレンジしてみて欲しい。
今までに経験したことのない何かを感じてもらえるに違いない。
しかし、なぜ人は馬に乗りたいという衝動に駆られるのだろう?
人類が馬に乗り始めたのは、紀元前3021年から紀元前2501年の間と考えられており、東ヨーロッパに住んでいたヤムナ人の遺骨から、日常的に乗馬をしていた痕跡が見つかっているらしい。
・・・だとすると、5000年も前から人は馬に乗っている事になる。
馬に乗ると、自分のDNAに刻み込まれた馬に乗っていたときの記憶が時空を超えて蘇ってくるような不思議な感覚を覚えることがあるが、馬と人間の5000年にも及ぶ関係を考えればあり得なくもない。
動物のなかで、人間を乗せて走ることに5000年もの月日をかけて進化してきた動物は馬ぐらいしか存在しない。
今では、競走馬やスポーツとしての西洋馬術、ウェスタン馬術といった競技馬術が乗馬の主たるものだが、かつては戦場で兵器として取り扱われて、人と共に戦場で戦っていた。
また、エンジンで動く内燃機関の乗り物が普及する近代までは、人間の主な移動手段であり、運搬や農耕の主動力として活躍していた。
言葉の通じない動物と人間の共存関係から言えば、人と最も関係の深い動物が馬だと言えるかもしれない。
そして、馬は感情のある動物だが、人が乗って移動するための乗り物であることも事実だであり、クルマやオードバイに乗っている時に感じる恍惚感と乗に乗っている時のものは似たところがあり、乗り物としての歴史的ルーツが馬にあることは明らかだ。
私は、コロナ期間中の2021年から乗馬を始めてもうすぐ5年になる。
200鞍くらいまでは記録を付けていたが、一体何鞍乗ったかはわからない。
既に500鞍くらいは乗っているだろうか?
年間で乗れる鞍数は、週に1鞍乗るとしても、せいぜい60鞍くらいだ。
ベテランと呼ばれる人達は1,000鞍以上乗っているので、やはりまともに乗れるようになるためには最低でも10年くらいのキャリアが必要と考えられる。
最初は、某大手の大規模乗馬クラブに入会してみたのだが、予約が思うように取れないのと部班という馬が前の馬について行く習性を利用したグループレッスンが主体だった為、なかなか一人で馬を操作する技術が身につかないと感じ、マンツーマンのレッスンが受けられる小規模なクラブに移った。
やはり、マンツーマンで、1馬場に1頭だけでその馬を自由に操らなければならない状況でのレッスンは密度が濃い。
馬の頭脳は人間の6歳児くらいだと言われるが、おおよそ馬の考えていることは、仕事をサボること、食べること、怒られないことくらいで、キチンと怒ってしつけなければサボり癖がつく。
面倒くさいのは、乗り手を値踏みする能力があるところで、ちゃんと乗れるひとでないと言うことを気かず動かない馬も居るということだ。
そして、馬は一見勇敢に見えて極度なビビり屋でもあるので、乗っている人間が緊張していたり、怖がっていたり、ビビったりすると、それを感じてより不安な状態になる。
どうやら馬は、人間が緊張状態にあるときに発する匂いでそれが分るという。
その結果、動かないのはまだしも、跳ねたり暴走するといった危険な状態に陥ることもある。
一見優雅そうに見える乗馬の世界は、実は命がけというかまあまあ危険と隣り合わせだ。
昨年は厄年でもあったが、落馬をして助骨をやってしまった。
できれば一度も落ちたくないと最初の頃は思っていたが、技術を突き詰めていくとどうしても落馬の瞬間に遭遇せざるを得ない。
上手くなれば落ちることはないと思っていたが、ベテランライダーでも結構落とされることがある。
もちろんヘルメットは装着しているし、エアーバックベストという、落馬時に鞍に装着された紐がバルブを解放することでエアーバックが作動するCO2ガスボンベ内蔵の安全器具も装着しているので、落馬のダメージは状況にもよるが、思ったより少ない。
何らかのきっかけで、馬の野生のスイッチが入って暴走して止まらなくなり、相当なスピードで振り落とされるのが最も危険な状況だろう。
また、厩舎や洗い場での手入れ中に蹴られる噛まれるといった事故も多いようだ。
人によっては、それは馬の調教ができていないとか、馬が悪いとか言う人もいるかもしれないが、うちのクラブのボスは落ちたことを馬のせいにすることを絶対に許さない。
もちろん、馬が何かに驚いて跳ねるとか、躓いて転ぶとか、何か運の悪い事故で落馬する場合もあるだろうが、基本的にちゃんと乗っていれば落ちることも落とされることもほぼ無いというのだ。
いちど落馬を経験すると、その後は結構怖いものでトラウマになる。
さて、これだけのリスクを背負ってまでなぜ多くの人が馬に乗りたいと思うのだろうか?
もちろん乗馬は楽しいスポーツだ。
しかも世の中で唯一動物を人間が一体となってするスポーツなので楽しくない訳がない。
馬と共に駆けているときには一切の邪念が吹き飛んで、ある種のハイ状態すら生まれる。
馬はどうやら本質的に良い気を放っている生き物のようで、その気に触れることで人間も前向きになれる気がする。
乗馬をやっているひとはいくつかのタイプに分類できるが、大別すると馬という動物が好きで乗っているひとと、競技に参加しているかどうかはともかくとして、純粋にスポーツとして馬に乗る技術を追求するひとに分かれるような気がする。
ただ、その境界線は微妙というか曖昧であり、そもそも馬という動物が好きでなければ馬には乗ろうと思わないだろうし、乗馬の技術を追求するためには、人間の言葉を話せない馬という動物と上手くコミュニケーションをとって理解しなければそれを上手く乗りこなすことはできない。
私は、クルマもバイクも、いわゆる乗り物が好きなので、馬も乗り物好きの延長で乗っており、動物としての馬も好きには違いないが、乗り物としての馬を操る技術を身につけたいと思って乗っている部分が大きい気がする。
馬を上手く操るためには、馬のことを知らなければならない。
しかし、クルマやバイクと違って馬は感情のある生き物なので、馬を理解することは簡単なことではない。
だからこそ、乗馬の世界は終わりのない深いスポーツだとも言える。
また、乗馬は元々貴族のスポーツであり、基本的に敷居が高いということは事実だろう。
まず、カネと時間が想像以上にかかる。
私は今のところ馬を所有することは考えていないが、もし自馬を持ったなら、その購入費用や維持費といったお金の問題と調子が悪くなったり、その馬が死んでしまったりする時の心の負担が半端ではない。
競技を目指すのであれば、やはり自馬(オーナー馬所有)前提というのはあるように思う。
いろんな馬に乗る楽しさもあるが、競技では完璧にその馬を把握して、一体にならなければならないだろうし、自分に合うように調教していかなければばらない。
クラブによっては、自馬でないと受け入れてもらえない競技志向の強いところもあるようだ。
私は、競技に出るつもりはないし、どんな馬でも器用に乗りこなすことができるライダーを目指しているので、自馬を持つことはないだろう。
あと、始める年齢に関しては、やはり子供の頃から乗っていた方が上達は早いだろうが、子供に乗馬をさせるのはいろんな意味で親が大変な気はする。
乗馬には、人間同士のコミュニケーションが上手くない人にとってのセラピー効果もあり、コミュ症のひとが馬とのふれあいを通じて心を開いていくということもある。
そういう、いろんな人たちが、それぞれの理由を持って乗馬クラブに通っている。
全体としての印象は、まず女性の比率が高い。
そしてまあまあ高齢化が進んでいる。
あと、長年乗っているベテランの先輩方が多い。
鞍数は結構乗っていても、乗馬歴5年というのは乗馬の世界では初心者の部類だ。
しかも50歳後半で始めているので、体力的にはまあまあしんどい。
いったい何歳まで馬に乗れるのかは分からないが、70代ではバリバリに乗っている先輩方が沢山いる。
そして、長年乗馬をやっているひとは年齢に比べて身体年齢がむちゃくちゃ若い。
もしろん、運動量的には走っている馬の方が遙かにしんどい訳だが、上に乗っている人間は精神を集中し、馬の司令塔としてすべきことをきっちりして馬を適切にコントロールしなければならないので、30分くらいがその集中力の限界かもしれない。
動く馬の上で、一点にきっちり座り、馬の動きを邪魔するような余計な動きを全くしない姿勢を維持するためには、実際には多くの普段使わない筋肉を使っている。
乗馬には体力や筋力は他のスポーツほど要求されないが、バランスと体幹がほぼ全てと言ってもよく、馬と一体になる為には柔軟な股関節と究極の「座り」が必要とされる。
この「座り」というものができていないと、手綱も脚もちゃんと使うことはできない。
ただ、この究極の「座り」を手に入れるためには、それだけで10年くらいかかる可能性がある。
馬との完全な一体化を実現している完璧な座りを手に入れているベテランライダーの走りは、無駄な力が一切入って要らず、上半身も下半身も安定している。
もし、初心者が乗馬を始めるとして、最初の1~2年をその座りとバランスの訓練だけに費やせばその後の上達は相当効率が良くなるに違いないが、殆どの人はそれではつまらないのでやめてしまうだろう。
これは、フィギアスケートの世界とも似ていて、基礎のスケーティングの技術ができていなければスピンやジャンプといった技が身につかないということは分っていても、何年もスケーティングやコンパルソリーだけを延々とやらされていたら飽きてしまって続かない。
結局、常に新規会員を募集している大手の乗馬クラブでは、いきなり技術を教える傾向があり、練習馬もそれに対応するような調教を受けている場合が多いが、馬にとっては肉体的にも精神的にも負担が大きくなるというのが問題となっている。
また、安全管理を任されるインストラクターの精神的ストレスも大きいようだ。
乗馬クラブにいる馬たちは、元は競走馬として生まれたものが多く、引退して乗馬クラブに引き取られてくるものが多い。
私は、競馬にあまり興味がなかったので競走馬については詳しくはないが、大手の乗馬クラブでは有名な競走馬やその血を引く馬たちに出会うこともある。
わたしはせいぜい『ウマ娘』を観てその血統を知ることがある程度だが、競馬ファンにとってはそれも楽しみのひとつだろう。
日本で、競馬の為に生産される競走馬の数は毎年8,000頭以上、そのうち9割が殺処分の運命をたどるという華やかな競馬の世界の裏側についても理解しなければならない。
TVドラマ『ロイヤルファミリー』の最終話でも「養老牧場」という話題が出てきたが、引退馬の行き先は限られていて、殆どは殺処分の運命にある。
馬の寿命は20年から30年くらいだが、競走馬としての寿命は8歳くらいまでらしく、殆どの競走馬として生まれた馬たちは生まれてから2~3年の間に競走馬としての素質が見いだされなかったり、怪我や故障によって走れなくなってしまった馬は処分の対象となる。
走れる馬は、運が良ければ乗馬クラブに練習馬として引き取られるが、それでも役に立たなければ結局処分されるケースもあるし、練習馬としての才能を開花させた馬でも、人を乗せて走れなくなる日まで散々酷使されて走れなくなったら処分される。
競走馬時代に怪我などにより走れなくなった馬は、即殺処分の運命となる。そして統計上の数ははっきり分からないようだが、多くは食肉用やペットフードとなるらしい。
このような養老馬問題を解決するには、競走馬の生産を減らすか、乗馬をもっと普及して引退馬の引受先を増やすか。養老牧場のような引受先をJRAが支援して増やすか?くらいしかないのだろうが、競馬や一部の商業的な乗馬クラブ以外で儲かる競争馬の再利用ビジネスがない事を考えると難しそうだ。
いっそのこと、交通手段をEVとかではなく、馬に戻してしまえば良いのかもしれない。
1930年頃はまだ、100万頭以上の馬が飼育されそのうち70%が農耕用、30%運搬および移動用だったようだが、1950年代にはモータリゼーションの普及によってエンジンで動く機械の馬に変わってしまった。
いまさら、100年くらい前に戻れといっても無理なのだろう。
それでも、ひとりでも多くの人が乗馬に興味を持って乗馬をするようになれば、乗馬クラブが少しは儲かるようになって、引退馬の嫁ぎ先も増えるには違いない。
昨日も、お正月にうちのクラブに居た1頭の養老馬が28歳でこの世を去ったが、あのように天寿を全うできる馬が僅かであることを考えると胸が痛む。
走る為に生まれてきた馬は、走れなければ生きてはいけない運命だが、まだ走れるにも関わらず処分される馬が沢山居るということは知っておいてほしい。
馬の寿命が30年くらいだとして、人間の寿命はその3倍の90年くらいあるが、人間は馬ほど走り続けてはいない。
人間は、走れなくなっても廃棄処分になることはないが、馬は走れなくなったらもう終わりなのだ。
私は去年61になったが、還暦プラス1歳と考えている。
この午年を機に、残りの人生長くて30年というものを、馬の30年と同じように考えて、走れなくなったら殺処分で餌にしかならないと考えて生きていこうかと思う。
今年は、自分はいつまで走れるのか?この先30年をどう駆け抜けるか?について馬と共に駆けながら考えてみたいと思う。