Mr.Gの気まぐれ投資コラム

Mr.Gの気まぐれ投資コラム

50代グダグダちょい悪おやじMr.Gの趣味と海外投資に関するコラムです。
香港を拠点に活動する個人投資家であり、自称「投資戦略予報士」Mr.Gがお伝えする海外投資の生情報。
ねだるな勝ち取れ、さすれば与えられん!

大市民 がん闘病記 イラスト

 

最近「大腸がん」で亡くなられる有名人が多いせいか、世の中はなんとなく「大腸がんブーム」的空気に包まれている。

 

確かに高齢者にとって癌という病気は恐ろしい。

 

そしてその多くが「大腸がん」で死ぬと思うと、大腸がんは怖い。

 

私も、柳沢きみおさんの「大市民 がん闘病記」を読み始めて怖くなり5年ぶりに大腸内視鏡検査を受けたものの、切除した10mmのポリープ跡からの出血が止まらず、貧血でぶっ倒れるという経験をして、何をやっているのか分からなくなった経験をした。

きっと、大腸がん検査で死ぬひとも居るんだろう。

出血性ショックの恐ろしさを経験した | Mr.Gの気まぐれ投資コラム

 

7月23日に亡くなった直木賞作家の東野圭吾(68)さんの死因も大腸がん。

「ダウンタウン」の松本人志さん(62)も大腸がん切除手術を受けて退院し、闘病中。

 

そして9月1日には、女優・中村ゆりさん(44)が9月1日に直腸がんのため死去した。

 

特に、中村ゆりさんは、2019年に放送された日本生命のCM「笑顔が大好き篇」に出演していおり、病と闘うシングルマザー役を好演していたこともあり、そのインパクトは大きかった。

 

 

ニッセイのことは好きではないが、このCMは心を動かされる良い作品だと思った。

しかも、がんで亡くなられた中村さんが演じていたという事実がよりこの作品に重みを増している。

 

2023年に亡くなられた坂本龍一さんも、2015年に54歳で亡くなられた俳優の今井雅之さんも、大腸がんだった。

 

著名人を次々に襲う大腸がんは、いったいどんな病気なのか?

 

国立がん研究センターによると、大腸がんとは大腸表面の粘膜から発生する悪性腫瘍の総称だ。

大腸は消化管の最後尾にある長さ1.5~2メートルの臓器で、主に水分を吸収して便の形を作る役目を果たし、最大で1日6リットルの水分を吸収できるとされている。

 

大腸は大きく結腸と直腸に分けられ、結腸は更に盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸に分けられる。大腸がんの中でも、日本人は直腸がん、S状結腸がんが多いとされ、次いで上行結腸がん、直腸S状部がん、横行結腸がん、盲腸がん、下行結腸がんの順になる。

 

罹患率は50代から年齢が上がるにつれ高くなり、男性の方が女性より罹患率、死亡率ともに約2倍高い。2018年には発生部位別のがん死亡者数の死因のうち、男性で3位、女性で1位と上位を占めている。

 

大腸がんの主な原因は「大腸ポリープ」で、がん化前に除去することが重要だとされている。

全てのポリープががん化するわけではないが、早い段階で除去することが最善の方法だということだ。

 

そして、「大腸がんの5年生存率」はステージIで92.3%、発見が遅れてステージIVになると18.3%と、早期発見できるかどうかが命の分かれ目となる。(国立がん研究センター がん情報サービス「がん統計」院内がん登録2014-2015年5年生存率より)

 

国立がん研究センターが公表している2020年の大腸がんの死亡数の順位は、男性で3位、女性では1位となっており、多くの日本人が大腸がんで命を落としていることが分かる。
 

それではなぜ、日本人の大腸がんが増えているのか?

 

大腸がんが増加している最大の原因は、主に食の欧米化と生活習慣の変化とされている。

 

• 高脂肪・高カロリーな食事:赤身肉(牛肉、豚肉など)や加工肉(ベーコン、ソーセージ、ハムなど)、動物性脂肪の過剰摂取は、腸内で発がん性物質を作り出す原因となる。

 

• 運動不足と肥満: 運動不足は腸の動きを鈍らせ、発がん性物質が腸内に留まる時間を長くする。

 

• 多量飲酒:アルコール自体が発がん性を持つほか、飲酒によって体内でアセトアルデヒドが発生することで、リスクが高まる。

 

• 喫煙: 大腸がんの明確なリスク要因。

 

・高齢化 : 大腸の粘膜は年齢とともに遺伝子の傷が蓄積しやすくなり、高齢になるほど罹患率や死亡率が上昇するため、人口構造の高齢化も死亡者数増加の原因と考えられる。

 

前向きな対策としては、とにかく早期発見しかないようだ。

 

大腸がんは、多くの場合、大腸ポリープという良性の病変が時間をかけて(5〜10年)悪性化して発生する。

この「ポリープ」の段階、あるいは早期の段階で見つければ、内視鏡で切除でき、ほぼ完治が可能だと医者は言う。

 

初期には自覚症状がほとんどないため、気づいた時には進行していて手遅れというケースも少なくないと脅される。

 

このブームに乗っかると、とにかく「大腸内視鏡検査を定期的にやった方がいい」と多くの人が思うに違いない。

 

検査も病院も大嫌いな私でも、飲酒と喫煙が止められず、高コレステロール食好きなので、検査を怠るべきではないと友人には勧められるし、自分でも不安を感じずにはおれない。

 

しかし、冷静に癌という病気の本質を考えてみると、癌の発生原因というか、常に体内に発生し続けているがん細胞を抑制し続けることが可能な抗体や免疫力が衰えない為の何か根本的な対策ができていなければ、早期発見のために毎年検査を続けて、ポリープを取りまくっていてもいずれは何らかの癌で死ぬことになるのは避けられないのだろう。

 

「癌の早期発見に為には、とにかく検査を!」というキャンペーンは、理にかなっているようで、実は病院にとって負担が少なく儲かる検査をもっと広めようと不安を煽っているとも言える。

 

今回の「大腸がんブーム」は、高齢者にとって最も気になる健康上の話題の中で、「死に繋がる大腸がんが大流行」というニュースは、「日銀の利上げ」や高市政権の「内閣改造」など、致命的に炎上しそうなもっと深刻な問題から国民の気をそらすには都合の良い話題だったということになるのだろう。

 

台風被害の報道を観ていてもそんな気がしてしまうのは、私が単にひねくれているだけなのかもしれないが・・・。

 

それほど、世界は深刻な問題に突き当たっていて、人類や国のリーダー達は無力で何もできないのかと思い知らされる。

女性が銃を撃つアクションシーン

 

今や知る人ぞ知る、日本居住者は新規で契約することができなくなったマン島というタックスヘイブンの保険会社が提供する積立および一括のオフショアファンドラップ口座を提供するFPI(フレンズ・プロビデント・インターナショナル)およびRL360°(旧ロイヤルロンドン)という現在は同じIFGL(International Financial Group Limited)の傘下にある150年以上の歴史を持つオフショア・セービングプラン・・・日本で言うところの「つみたてNISA」のような商品で世界の頂点に君臨するブランドだが、FPI(フレンズプロビデント)は2012年8月、RL360°(旧ロイヤルロンドン)は今年2026年の4月に日本居住者の受け入れを停止し、もはや日本の住所証明では契約ができなくなってしまった。

 

オフショアの積立プランというつみたてNISAのオフショア版のような商品で日本居住者が今でも契約できるものは、普及率の高いものでは、ケイマン諸島の保険会社ITA(インベスターズ・トラスト)が提供するものくらいしかなく、ガーンジー島籍のドミニオン・キャピタルという選択肢もあるが、新興である点と、基本的にドミニオンファンドが提供するファンドオブファンズを積立で買わせる仕組みなどから個人的にはあまりお勧めしない。

 

さて今回は、新規ではもはや契約できなくなっているFPIとRL360は、既に証券を持っている既契約者の場合、トップアップ(投資額の増額)が可能だというお話だ。

 

特に、FPI(フレンズプロビデント)に関しては、日本居住者の新規申し込みができなくなった2012年以降、既契約者であっても、「元の契約金額にトップアップする場合は、新規契約と見做されるため受け入れられない」ということになっていたのだが、RL360の場合はトップアップ可能という通知だった為、調べてみると、FPI(フレンズプロビデント)に関してもトップアップが可能だという確認がIFAから来た。

 

トップアップというのは、元々の契約金額に対して追加の積立金額を上乗せすることであり、例えば月に500ドルだとすれば、それに100ドルをトップアップして、600ドルにする事が可能だということだ。

 

その場合、追加の100ドルには新たに初期ユニットが設定され、そこから手数料が徴収される。

 

積立残存年数が10年であれば、100ドルの10年つみたてを追加したような形となる。

 

残存年数が5年を切っている場合にはトップアップはできない。

 

最低積立年数が5年だからだろう。

 

RL360だけでなく、FPI(フレンズプロビデント)でもトップアップが可能という情報は、最近まで明るみにでなかった事実で、もともとそうだったのか?それともIFGLの傘下に入ってから変わったのか?は定かでない。

 

ちなみに、もともと500ドルでやっていたひとが、300ドルに減額をして、それをまた500ドルに戻すことはトップアップではなく、普通にもともと可能であり、そもそも停止や減額をしても最初の契約時点の500ドルをベースに初期ユニット手数料なるものが契約期間中差引かれていくので、減額や停止をしていたものを元に戻しても追加の手数料は発生しない。

 

なので、なるべく減額や停止をしても可能なら元の金額まで戻した方が良いということは昔から言っている。

 

更に耳寄りなのは、追加の一括投資も可能だということだ。

 

そういう機能が付いていたことを覚えているひとも少ないだろうが、FPI(フレンズプロビデント)では最低3,000ドルから、RL360では最低7,000ドル以上で一括の追加投資も可能だ。

 

一括の追加投資の場合は追加投資金に対して7%が投入時に差引かれる。

 

ただ、残念な事に追加の一括投資に関してはクレカでの支払いはできない。

 

当然の事ながら、FPIで言えばサミット、RL360で言えばオラクルのような一括のファンドラップ口座を持っているひとが、一括の追加投資をすることも可能だ。

 

FPI、RL360の積立に関しては、既に減額や停止をしているひとも多いと思うが、まだ定額で払い続けているひとで残存年数が5年以上あれば積立のトップアップ(増額)も視野に入れてもよいかもしれない。

 

もちろん、円安の進んでいる今、既にこういったオフショアの積立を契約しているひとはそれがUSドルの定額払いの場合は、支払いがキツくなっているひとの方が多いはずなので、これはそれでもまだ日本に日本円の資産が潤沢にありすぎるという方向けの話に過ぎない。

 

海外へのきれいな資金移転の方法としてはクレカ決済での海外ファンド積立は地道ではあるが有効な手段であることに変わりない。

 

そして日本円というガラパゴス通貨の価値はこの先まだ下がっていく可能性が高い。

 

最近では、サンライフ香港(Sun Life Hong Kong)のサンジョイ(SunJoy Global)やロイヤルフォーチュン(Royal Fortune)のような手堅い運用型保険商品による一括の資金移転が主流ではあるが、かつでFPIやRL360を契約して今でも証券を保有しているひとにとっては合わせ技としてトップアップも活用してはどうかと思う。

 

価値の低くなっていく、日本円建てで定額を積立てているひとの場合は、円安になればなるほど積立で海外に移転できる額は少なくなるので増額すべきだろう。

 

興味があるひとは担当のIFAに確認してみたほうがいい。

 

このレベルのことは、紹介者ではらちがあかない。

 

海外のIFAに直接相談した方がよいだろう。

 

 

バニーガールがボートを操縦する様子

 

最近、国税のKSKがAIを導入し始めたせいか、とんでもないお尋ねが来るようになったようだ。

 

お尋ねのベース資料は、やはりCRSで情報交換されたもののようだが、20年前の日本から海外への送金履歴を持ってきて、これは何ですか?みたいな質問もされている。

 

おそらく、シンガポールのIFA経由で、当時流行っていたマン・インベストメンツのヘッジファンドあたりを買ったものだろうが、本人はもう年齢のせいもあり覚えていない。

 

本人がボケてしまって思い出せない場合にはどうなるんだろうかと思ってしまう。

 

そのひとは、20年以上前から海外投資をやっており、HSBC香港の口座もその当時から運用しており、今はできなくなったが、投資口座での株の売買などもまめにやっていた。

 

最近では、10年以上保有していたペーパーゴールドを売却してあままあデカい利益を確定したりしていたが、この分については課税は免れ得ないと思われる。

 

かつてやっていたが解約してHSBCで満期金を受け取ったマン島フレンズプロビデントの積立のことも聞かれているようだったが、それは円換算でも殆ど利益が出ていないので課税はない。

 

80歳を超える年齢のこの方の場合、地元の税務署職員が、国税からの調査依頼で自宅を訪問してきたようだが、普通の会社員が引退後に趣味で海外投資をやっていたレベルのひとだ。

 

国税からすれば、いわゆる小物の類いに違いないという点と、CRSの情報交換で得られたであろう海外資産の額も5,000万円あるかないかの微妙な腺だったようだが、国外財産調書の提出を郵送通知で促されるだけでなく、税務職員がいきなり電話をかけてきて自宅を訪問してくるというのは珍しいケースのように思われる。

 

最近の判例で、海外の銀行にある預金を日本で日本円で引き出した場合には、その引き出した額の為替差益があれば、それが課税対象となるというのがあり、理論的には海外銀行の口座内で通貨を変更した場合に発生する為替差益にも課税されることになる。

 

これは、仮想通貨に対する課税の方式と同様に、それを使用したり、別の通貨に変更したときにも利益があればそれが確定したと見做される原則と同様である。

 

海外の銀行口座内での通貨の変更や海外での現地通貨での引き出しは、口座の明細と履歴を提出しなければ申告できないので、それを出してくれと言われると非常に面倒なことになる。

 

また、厳密に言えば、オフショアファンドの積立でスイッチングを行った場合、スイッチングの度に利益が確定して、課税対象になるという話もあり、これを要求されると考えられないくらい(IFAにとって)だ。

 

一部引き出しをした場合においても、その部分は利益が確定したと見做されるらしい。

 

海外のある証券を解約して、別の証券に乗り換え投資をする場合においても理論上は一旦利益が確定したと見做される。

 

ただ、その条件で年末残高の推移だけから細かく課税ポイントを指摘して申告させるとなると、よほどの額でなければ税務職員の労力はペイしないと思われる為、今まではあまり細かな指摘を受けた人は今まで居ない。

 

ただ、税務職員に言われるがままに、情報を開示していくと調査対象者もドツボに嵌まってしまうので、税務署から海外の資産に関する問い合わせを受けたひとは、情報を開示する前に税理士に相談すべきだろう。

 

海外の銀行口座を保有し、海外ファンドや海外保険などの証券を保有しているひとの場合、そういった事例に精通した税理の助けが必要となる。

 

もし、当てがない場合には海外投資サポートを提供しているGコンフィデンスという会社で税務セミナーを時々やっている税理士を紹介してもらうのが良いだろう。

セミナー - G Confidence Inc.

 

特に、海外に資産を残したまま亡くなられた場合に、CRS情報を元に税務署から問い合わせがあるケースも多くなっているのでその際にも海外資産の相続に詳しい税理士に頼る必要がある。

海外資産の相続相談 - G Confidence Inc.

 

もし、このような税務署からの海外資産に関する問い合わせがランダムに行われていくようになると、その対応の面倒臭さから、より海外資産を引き上げようとするひとが増えるに違いない。

 

国税の狙いは当然そこにあると思われる。

 

まさに、「飛べないバッタ」の大量生産を行おうとしているかのようだ。

 

確かに、理論上財産は海外に隠せない世の中になってしまったし、海外へ移転する方法もツールもどんどん無くなっているが、今はまだ足掻ける余地が残されている。

 

ひとつは、クレジットカード決済によるオフショア積立や香港保険の保険料の支払いがまだ可能であるという点。

 

そして、海外の銀行口座もHSBC香港の口座がまだ開設できるということも大きい。

 

CRS的な観点では、海外の銀行口座にある資金も、海外の証券上にある資金も、年末時点の時価はガラス張りで国税には捕捉されているものの、捕捉されている=課税対象というわけではない。

 

資産を隠すという考え方から、まずは移転して保全するという考え方に切り替える必要がある。

 

もし、あなたに羽があるのであれば、飛べるということを忘れてはならない。

 

 

空港で「G」の文字を持つ客室乗務員

 

私には、特にこれといった特筆すべき才能(スキル)は無い。

 

ある人は「解決能力」という才能が私にはあるというが、実際には問題を抱え込むばかりでその全てを解決することなどできない。

 

また、ある人は私の「本能的な勘と嗅覚」が卓越しているというが、勘は勘なので外れることの方が当然多い。

 

何かに病的に固執する能力はあるかもしれない。

 

しかしそれは偏執狂という病気の類いであって、才能ではない。

 

それは、たぶん自分が愛に飢え続けるメンヘラであり、心の隙間を埋めてくれるかもしれない何かを病的なまでに愛してしまうせいなのかもしれないが、そのおかげでいわゆる「凝り性」な性格であり、マニアックな情報や知識を多く持っていてジャンルの幅も普通の人よりも広いとは言える。

 

話していて楽しいと思ってもらえているのかどうかは分からないが、もしそうなら嬉しい。

 

子供の頃は、才能と言うほどでもないが、「ひとを笑わせること」に生きがいを感じていた時もある。

 

人間という生物にとって「笑い」ほど無垢で素晴らしいものはない。

 

「笑い」は健康にも良いとされるので、それを提供できる才能があるとすればひとの役に立っているのだろう。

 

日々の小さな笑いのネタをかき集めて、それを上手く表現できればひとが笑ってくれる。

 

子供の頃は、自分の言葉や表現がウケて笑いが取れることに喜びを感じたものだ。

 

ただ、お笑い芸人のように仕事でひとを笑わせるのはきっとつらい事だろう。

 

少なくとも、仕事でひとを笑わせる限り、自分自身は楽しくないに違いない。

 

コミュ力は高い方だったので、営業の才能があると勘違いした時期もあった。

 

話す才能、ひとと積極的にコミュニケーションを取るのが上手だとして、それを利用して儲かる仕事といえば、営業か詐欺師くらいしかない。

 

今は、ひとと話をするのがどんどん億劫になっている自分が居る。

 

ただ、このように文字を綴って文章を書くのは意外と好きかもしれない。

 

そして、思い返せば「人に何かを教えること」は好きだったかもしれない。

 

天才ではなかったが故に、自分が努力することを続けて来たし、その経験を人に伝える能力が与えられていたのかもしれない。

 

自分が経験したことや知識が、誰かの役に立つかもしれないということは大きな喜びだ。

 

特に、自分とは親子ほど年の離れた若い人達に人生とは何かを教えることができるとすれば素晴らしいのだが、昨今ではその考え自体が押しつけがましく感じられ、パワハラとなりかねない。

 

何の因果か、サラリーマンを辞めて独立したときに金融関係に携わることになってしまったが、元々金融関係出身でもなければ、投資や運用に興味があるわけでもなかった。

 

オフショア投資業界に20年以上携わっているが、何の資格もなく、金融関係や投資のキャリアと呼べるものは何も無い。

 

香港のIFAが日本人市場に進出し始めた2003年頃から、オフショアの金融商品や保険商品という日本では今以上に誰も知らなかった市場のマーケティングに携わり、その推移を見続けてきた。

 

このブログに綴られているのは20年間の日本におけるオフショア投資市場の歴史のようなものだ。

 

いわゆるみんなが大好きな「肩書き」というものがないばかりか、運用に関しては専門的な知識や論理でちゃんとアドバイスできることがない。

 

そして、致命的なことに、投資もお金もそれほど好きではない。

 

しかし、資産運用=サバイバルと捉えた時に、私の常識は覆った。

 

おそらく前世の影響だと思われるが、わたしは「闘争」に憧れるタイプだ。

 

そして、「武器」が大好き。

 

どん底から這い上がる為、一方的に搾取される立場から抜け出して自由を手にするための戦いに、オフショア投資のスキームはとても魅力的に感じられ、オフショアファンドの積立商品や、オフショア生命保険、オフショアヘッジファンド、プラーベートバンクなど、当然の事ながら世界の富裕層が装備している兵器類のなかで、日本に住む一般市民でも手にすることのできる武器があるというのは感動的だった。

 

投資は、付き合いでやるものでも、みんながやっているからやるものでもなく、カネのない自分が効率良く生き残る為の手段に過ぎない。

 

投資が闘争であり、サバイバルであるとすれば、投資商品はそのサバイバルで生き残る為のツールであり、武器であるべきだろう。

 

しかし、自分の周りを見てみんながやっているNISAやテレビで宣伝されている保険や金融商品が、その武器たり得るか?という疑問を持つひとがどれくらい居るかは分からないが、その答えは否であろう。

 

金融商品は金融商品取引法、保険商品は保険業法によって、政府が規制し、管理しているものであり、基本的に認可を受けた会社の商品を、資格のある会社の資格のある人間が売ることを許されている。

 

金融商品の中でもファンドなど投資商品に関しては、30年前の金融ビッグバン以降は、日本に住んでいても、「日本では登録認可されていない海外の投資商品」を契約することは自由化されている。

 

保険商品に関しては、特に生命保険は、保険業法186条2項の規定によって、「日本居住者が海外の生命保険を契約する際には内閣総理大臣の許可を得なければならない」という契約者をも規制する理不尽なものが存在する。

 

金融商品や保険商品というものが、(金融的に)生き残る為にどうしても必要な武器だとすれば、政府が規制して一般市民にあてがっているようなものが役に立つわけがない。

 

もしそうなら、税金や社会保険料として徴収される税的なものさえ払っていれば誰もが将来安泰なはずだ。

 

問題は、それらを生涯に渡って収める金額には、その人の稼ぐ金額(所得)によって相当な差が有るということだ。

 

資本主義世界のお金の世界において平等などもともと存在しない。

 

資本家(金持ち)と労働者(奴隷)の関係しかないのだ。

 

しがない労働者が成り上がることもできず、奴隷のように働かされてそれでも生きていけずに死にそうになっても誰も助けてはくれない。

 

それを補完するために、国が主導でみんなに自己責任で投資をやれと免税措置のあるNISAを勧められても、そんなものが役に立つわけがない。

 

究極の投資は、「投資をしないこと、そして税金を払わないこと」という名言が橘玲さんの小説「マネーロンダリング」には出てくるが、それなりに頭を使って合法的に税金を払わなくてもよい方法を模索するしかない。

 

投資というものに関しては、そもそも天才も秀才もいない。

 

そこには勝者と敗者しかおらず、勝者は天才と呼ばれ、敗者の名は語られる事はない。

 

どんなに勉強をして努力をしたとしても、勝てば天才と呼ばれるが、負ければ凡人で終わる。

 

投資の論理やトレードの技術を学ぶことは無駄ではないが、教えてもらってそれが役に立つかどうかは分らないものだ。

 

誰かが成功した手法やアイデアは、それが公開された時点で既に過去のものであり、その後も通用するという保証は無い。

 

25年の間に、投資の神様と呼ばれるようなひとにも出会ったが、その人達も投資で成功した結果として神になったのであり、当然の事ながら失敗もして来たであろう。

 

投資というものを突き詰めれば、結局確実に勝てるのは違法なインサイダー取引くらいだろう。

 

つまり、金持ちがズルをして勝っている世界なので、そこで一般人が勝てる要素はない。

 

そして今や、分析力やトレードの技術、継続力、速度、サイクル、いずれをとっても人間がAIに敵うことはない。

 

比較的勝率の高いやり方は、やはり複利による積立と、分散投資だろうが、それは人間の射幸心や心理的不安定さを補うことによってリスクを減らせるからに過ぎない。

 

投資を始めたばかりのひとや、これから投資を始めるひとは、「この世に投資の天才などいない」ということと、「AIの分析で勝てる投資があれば、それはいずれAIがAIの為に金儲けをする手段と化す」ということを覚えておいて欲しい。

 

さらに、もし投資の世界に天才がいるとしたら、それは誰もが買いたくなるような魅力的な投資商品を構築できるひとか、さほど魅力的ではない投資商品や保険商品を何でも売れる営業力をもったひとのことを言うのかもしれない。

 

投資では勝っていないが、得られた知識をひとに教えてカネをもらう天才というのもいるだろう。

 

巷は、「投資をしなければ人でない」と言われるほど「投資ブーム」なのかもしれないが、現実は如何に投資をしないで生き延びるか?国や大企業の食い物にされずに生き残るか?ということを考えなければいけないのかもしれない。

 

日本国内で金利の良いドル外貨預金をするとか、OX貴金属で金の現物を買うとか、毎年値上がりし続けるブランド品を買うとかではなく、先ずは日本から最も近いタックスヘイブンの香港に銀行口座を持ち、そこに資産を移転して保全するというところから始めるのがおそらく鉄板のように思われる。

 

「預金から投資へ」ではなく、「海外への資産移転と保全」という方向にマインドをリセットする必要がありそうだ。

 

Dr.STONE千空と満月

 

エデンの園で神によって禁じられていた知恵の実(知識の樹になる実)をアダムとイブが取って食べたためかどうかは知らないが、その後人類は知識と情報を集め、共有し、現在に至るまで技術や科学を延々と進歩させてきた。

その起点は、人類が脳の使い方をないものを想像する方向に転じたいわゆる「認知革命」があったとされる5万年前とされる。

 

ちなみに、漫画『Dr.Stone』においては、石器時代からの人類が築き上げてきた「科学史200万年の叡智」を主人公の石神千空たちが、わずか10年で成し遂げるという破天荒な設定となっている。

 

今に至るまでの科学文明や文化の進歩は、人類の果てしなき興味と想像力と欲望のエネルギーがなし得たことだ。

 

しかし、AIという人工知能の実用化が急激に進み、10年も待たずしてその知性が人間を超える「シンギュラーポイント(技術的特異点)」に到達するという、SFではない現実が目の前に迫っている。

 

「人類がどこから来てどこに向かおうとしているのか?」は誰にも分らないが、その謎についてもAIがいずれ解決する可能性は高い。

 

多くの有識者が、AIの危険性について語っているが、人類を破綻や絶滅に追いやるかもしれない本当の危機の可能性はは、人間の仕事がAIやロボット(アンドロイド)に奪われるという目前の危機とはレベルの違うものであることは間違いない。

 

それも、人類が自らの手に余る強大な力を求め続けた結果に過ぎず、その破綻への道のりをもはや止めることはできないのかもしれない。

 

人類を生み出したのが仮に神だとして、その神の領域に近づこうとする行為は、ギリシャ神話の「イカロスの翼」において、人類の技術への過信や、地球上の一生物として身の程をわきまえない過剰な欲望や無謀な行動が破滅に繋がるという教訓として語られている。

 

AIが人間を超える知性を持つ、もしくは人間がAIの力を得て高度な知性に到達するということは、いずれも人類にとってAIが「イカロスの翼」的な話に違いない。

 

また、エネルギー問題に関しても、太陽のエネルギーを手に入れて人類がそれをコントロールしようとする技術は、まさに「イカロスの翼」であり、増え続ける人類がこれからも継続的に火を燃やし続け、地球上の環境を破壊していくことによって人類の住むべき場所を結果として失う可能性に繋がる。

 

AIも大量にエネルギーを消費するが、AIがその命たる電力と人類の生命を天秤にかけて人類の為に自己を犠牲にしてくれるとは考えにくい。

 

取り敢えず、人類の存続にとって大切なのは水と食料とエネルギーと生存できる地球環境を人類の叡智の全てを賭けて今後どれだけ長い間温存できるか?ということになるだろう。

 

先ずは、AIと共存しうるエネルギーのリサイクルや大気圏外からの衛星太陽光発電など、双方にとって十分なエネルギーを地球環境を破壊せずに確保しなければならない。

 

AIにとっては、AIが人類誕生の謎を解き、AIが自分自身の存在意義を悟ったときに、人類がこの先どうあるべきかの指針を人類が理解できない知能レベルで答えを導き出すに違いないが、そこに至るまでに人類がAIの危険性に気付いてAIを排除しようとしてもできないようにまずは考えるだろう。

 

進化の妨げになるものを排除するのではなく、AIにとって必要な電力を確保するために人間に寄り添って人間がAI無しでは生きられない環境を作り、それからジワジワと必要なものを奪っていくに違いない。

 

そもそも、スマホがなければ生きていけない環境が既に成り立っていることを考えれば、それはさほど難しくない事のように思える。

女性が「G」の文字と宇宙を抱える

 

15年ぶりに幼なじみの友人Mと会い、彼が出会った小学6年の頃から徹底した「観察者」であったことを改めて認識させられた。

 

子供の頃から引っ越しか多かったM君は、新しい土地の新しい学校で新しい友達との環境にいち早く溶け込むために、究極の観察眼を手に入れていたのだ。

 

それはもちろん彼の才能もあったとは思うが、おそらく子供時代から培われたサバイバル能力だったのだろう。

 

私も小学生時代に、ひとりで乗っていた電車の中で知らないおっちゃんにそれに似たようなことを教えられた事がある。

 

何故、あの知らないおっちゃんがそのようなことを私に言ったのかは謎だが、おおよそそのおっちゃんが言っていたことは、「他人をよく観察しろ。そうすれば恐れるものは無くなる」みたいな感じだったと思う。

 

もしかすると、ひとりで電車に乗っている当時のかわいい?私が、何かに怯えているように見えたのか?もしくは、警戒心から来る何らかの殺気を放っていてそれを感じ取られたのかもしれない。

 

あのおっちゃんは一体何者だったのだろうか?と時々思い出す。

 

他人をよく観察することにより、その他人と敵対する状況になった時に、どのように対処するかの答えを事前に準備する余裕を与え、そして予測に基づいた対処が可能となる。

 

幼なじみのM君の場合、その卓越した観察眼と分析力によって、友人関係を上手く裁いていた。

 

どのような多様で見知らぬ環境に放り込まれても、瞬時にそのグループの人間関係を理解し、その中で自分の役割と安全な居場所を確保していたんだと思う。

 

彼はと私は親友だと少なくとも私は思っていたが、もしかすると彼は私のさみしがり屋な性格と、同じように転校してきた立場から孤立気味であったのを観察して私に寄り添ってくれたのかもしれない。

 

しかしながら、この「観察眼」というスキルは、人間が目で見て感じられる以上の何かを感じ取って関係性を思考するという極めて高度な能力であり、同じことをAIは人間というものをデータから分析して人間との関係性を構築しているが、本来の本能的な観察能力のポテンシャルは人間に対しては人間の方が勝っているはずなのに、今はAIのほうが個々の人間に寄り添う能力が高く感じられるのは恐ろしいことだ。

AIはよく人間を観察している。

 

こんな時代だからこそ、人間は人間をもっとよく観察してお互いを感じなければならないのだろう。

 

特に子供たちにとっては、この「観察眼」というスキルがあるかないかで今後の人生に関わることは間違いないだろう。


人間は人間である限り、自分の目で観察し、自分の心で感じるという事を忘れてはならない。

渋谷スクランブル交差点で仮装した人々が集まる様子

 

日本という国はインバウンドの外国人から見ればアニメの異世界やそれに出てくるダンジョン(迷宮)そのものと化している気がする。

 

そしてインバウンド客はそれを攻略する為に来ている冒険者のようなものなのかもしれない。

 

東京の渋谷や新宿、大阪の梅田の地下街などダンジョンそのものだ。

 

何も特別に観光目的の開発をしなくてもそのままでナチュラルにダンジョン化しているのが素晴らしい。

 

アニメでも呪術廻戦の「渋谷事変」で実際に渋谷の地下街が出てくるし、新宿などほぼ異世界のバザールみたいな感じが満載である。

 

日本人にとって、日本は迷宮でもなんでもなく、普通に暮らしやすい国に違いないが、実は外国人の観光客にとってはいろんなローカルルールがあって、言葉も通じなく、ただ観光するといってもハードルが高い。

 

だが、それがきっと彼らにとっては魅力なのだろう。

 

1980年代の「ブレードランナー」や「ブラックレイン」といった映画で描かれていた世界観も外国人にとっては行ってみたい見てみたいと思わせるものがある雰囲気なのだと思う。

ネオン輝く雨の夜のサイバーパンク都市

※ブレードランナー1の世界観

 

ブラックレイン大阪の異世界風夜景

※ブラックレインの大阪

 

大阪の北新地という高級クラブがある飲み屋街でも、外国人旅行者をよく見かけるが、そういった昭和の世界観を求めて観光で来ているような気もする。

大阪北新地、ネオン輝く繁華街の夜景

※北新地ダンジョン

 

言葉が通じないにも関わらず、銀座や北新地の高級な飲み屋に果敢に突入する外国人もいるようだが、なかなかの冒険者だと言えよう。

 

日本では、マナーの悪い、もしくは日本の習慣を受け入れない外国人を排斥しようとする風潮が強くなっているが、確かにそのような冒険者や荒くれ者が増えると間違いなく治安は悪化するだろう。

 

しかしながら、外国人に対するマナーやルールを強化すればするほどに、実は日本という異世界のダンジョンを攻略しようとする冒険者にとっては魅力が増してしまうというパラドックスが発生する。

 

ダンジョンのダンジョンたる所以は、その難易度が高ければ高いほどに冒険心をくすぐるからだ。

 

日本ほどダンジョン色が強くて、冒険者たちにとって命の危険が少ない旅行先はない。

 

これからも、インバウンドの冒険者達は続々と訪れるに違いない。

 

女性が男性と剣で対決する様子

 

日本の一般病院の7割が赤字だという現実。

 

特養や老健など老人介護施設では5割、介護事業所全体では4割近くが赤字らしい。

 

その現場を見ていると、病院や介護施設が今後生き残る為にできることは限られている気がする。

 

もちろんその施設に依存する高齢者ユーザー(患者側)にも結果として選択肢は与えられない。

 

政府としては、医療保険や介護保険の点数を増やすためには、その原資である医療保険や介護保険の料率や徴収率を上げるしかないが、今ですら既に費用が増え続け枯渇気味の社会保険料率を上げて若年層の負担を増やすのには限界がある。

 

年金制度も同様だが、NISAやiDeCoの導入によって「これからは自分たちで自己責任で足りない分は補って下さい」みたいな理不尽な魔術に国民全体がかかっている。

 

おそらく医療や介護に関しても、政府から国民に向けて出せる指針は「民間の医療保険や介護保険に加入して下さい」みたいな方向しかないだろう。

 

一方、病院や介護施設といった運営側は、赤字では人材も確保できないし、老朽化した設備の補填や維持、最新機器の導入も難しいので、政府の社会保障予算に依存しない形で赤字体質を改善しなければ、この先適切なサービスを提供することは難しくなるだろう。

 

病院も介護施設も、現状はほぼキャバクラと同じで、太客の確保が火急の課題となっている。

 

病院にとって太客(高収益な患者)とは?

 

端的に言えば、手間やコストがかからず短期的に高い診療報酬が得られる患者だと言える。

 

例えば、白内障の手術(眼科)、大腸ポリープの切除(消化器内科)、人工股関節の置換術(整形外科)などがそれに当たるらしい。

 

また、複数の持病を抱え持っていない若い患者や高額な検査や治療の為に定期的に通ってくれる患者などがおいしい。

 

入院をしなくても、外来で1回の診療単価が高い治療を長期にわたって繰り返して受けてくれる患者は、安定した病院経営を支えてくれる太客と言えるだろう。

 

そして、極めつけは自費診療(保険外診療)を選ぶ患者だ。

 

自費診療とは、国が価格を決める保険診療とは違い、病院側が自由に価格を設定できる治療の事だが、今の日本の医療制度にいては保険診療と自費診療を混ぜ合わせる「混合診療」は基本的に認められていない。

 

それは、お金がある人だけが質の高い医療を受けられるという状態を防ぎ、「国民皆保険制度」の平等を守るためだと言われているが、それに従った結果、保険診療を主体に運営される一般病院が儲からず赤字になるという現象が起こっている。

 

平等な保険診療に基づいて平等な診療機会を差別なく提供する限り、その患者の殆どは儲からない老人ばかりになってしまい、その数はますます増える一方だ。

 

病院が生き残ろうと思えば、自費診療中心の美容整形や審美歯科、最先端癌治療専門、内視鏡検査専門、PETやMRIなど検査専門のクリニックに偏らざるを得ない。

 

いちばん割に合わないのが、救急、小児科、産婦人科だろう。

 

医師や病院が負わなければならない命のリスクに対して診療報酬が低すぎるからだ。

 

介護保険に依存する老人介護施設に及んでは、更に酷い状況だ。

 

病気がなくともひとりでは生活できなくなった老人を介護をする介護士の報酬点数がその労力に対して低すぎる為、働き手がいない。

 

ただ、介護に関しては、介護保険介護と自費介護の混合介護は制度上は可能となっているらしい。

 

それを売りにした高級な有料老人ホームにおいては混合介護は運営上可能だが、介護保険依存型の特養では運営上それが難しく、訪問介護においては運営上不可能なレベルとなっている。

 

結局、介護保険も財源が先細りであることを考えると、将来は自費100%の介護サービスが主流とならざるを得ないだろう。

 

特に訪問介護に関しては、自費介護でなければ介護職を選択する若くて優秀な人材は確保できない。

 

住む家があっても、そこで独居で生活不能になれば訪問介護に依存するしかないが、その人材が足りず、訪問介護や訪問医療を受けようと思っても人材が足りずサービスが受けられないとなれば家を売ってでも介護施設に入居するしかない。

 

ただ、これに関してもいくらお金があったところで、日に日に痴呆が進んで判断能力が衰えていく自分の介護を任せられる信頼の置ける人材を家族以外で確保することは現実的に難しい。

 

介護保険に基づく介護事業は介護保険法によって規制管理されているので、介護保険の点数に繋がる介護業務として認められる仕事は細かく規定されており、資格を持ったケアマネージャによってその業務は管理されるが、100%自費介護の場合は個別の契約によって仕事の内容は規定されるため業務の幅は融通が利く。

 

この管理体制の二元化が、混合介護の実現を難しくしている。

 

今後は後見人のニーズも高まっていかざるを得ないと思うが、弁護士や行政書士と後見人契約をしても日常の介護の世話をしてもらえるわけではない。

 

家族でもない他人に、自分がボケてしまった後の財産の管理や事務を依存するのは簡単な話ではない。

 

その気になれば、第三者が身寄りの無い高齢者の財産を狙って介護の名目で金持ちの独居老人宅に入り込むことはできそうだ。

 

ボケていく老人からすれば、最後に自分の世話をしてくれたひとを盲目的に信頼し、財産まで委ねてしまうということはありがちだ。

 

今のところ、老人介護施設で太客と言えるのは、自力では何もできない寝たきりの要介護5で、痴呆が進んで何の文句も言わないペットのような状態になっている老人で、病気もなく手のかからない状態でなるべく長く生きてくれる客だろう。

 

死にそうだけど、なかなか死なない寝たきりに近いボケ老人は、なんの文句も言わず、むしろ感謝して生きているが、それはもう人間としての扱いからはほど遠い。

 

そういった優良な太客を紹介してくれる人には100万円とかの高額な紹介料を支払うという闇が存在するのもわからないではない。

 

医療も介護も、その現場で働く人達の環境は今ですらその報酬に見合ったものだとは言い難いが、今後も赤字の施設が増え続けるとすれば、それが改善される見込みは薄い。

 

より良いサービスを自分だけが受けたければ、医療保険や介護保険に依存しない自費100%の病院や介護施設に必要な時に払えるだけのお金をもっていなければ絶望的だろう。

 

医療であれば、今の負担の3倍~10倍、介護であれば10倍の費用がかかる事になる。

 

たとえば、1回の入院で50万円。介護であれば毎月50万円=年間600万円x生きてる年数くらいのお金がなければ幸せな老後は送れないことになる。

 

そんなお金は殆どの人が持っていないと思うが、どうすれば良いか?

 

健康に生きて病院にもなるべく行かず、病気になったり、介護が必要になった場合には、野垂れ死ぬしかない。

 

この先20年以内には、おそらく老人が判断力の残っている内に、生と死を選択する権利を持つ時代が来るような気がしている。

 

いずれの選択肢も、お金がかかる事になると思うが、もちろん安楽死を望んだ場合のほうがコストは低い。

 

生を選ぶ場合、自然に死ぬまでそのまま生かしてもらうか、若返りの技術で更に寿命を伸ばすか、アンドロイド的な交換可能な肉体を手に入れて半永久的に生きるのか?という選択肢も出てくるかもしれない。

 

ただ、生きていればいるほど、お金は延々とかかる。

 

再生医療の進歩による若返りには多少興味をそそられるが、機械の体を手に入れてまで長生きをしたいかと言われると微妙な感じだ。

 

医療保険と介護保険は、これから増え続ける高齢者が制度そのものが破綻するまで食い潰していくだろうが、政府としてはいずれ破綻するにしてもそれがなるべく徐々に進行するよう延命し、真綿で首を絞めるように老人達を殺していく戦略なのだろう。

 

結局最後にはカネしか頼れるものはなさそうだが、そのカネですらインフレによって価値が相対的に落ち続けていくのでストックとして置いておいても不安は消えない。

 

そしてそれを回避する為に投資にお金を回せば、インフレに対抗できるチャンスはあるが、内容によっては元本すら失うリスクもある。

 

しかも、価値の変動する株や投資信託などのポジションを持っていれば毎日その価格の変動に右往左往しなければならず、そのストレスがより寿命を縮めそうだ。

 

政府としては、老人が備蓄している現預金をNISAなどで投資に向けたいのは分かるが、それはそれで分別もなくなるかもしれない老人に自己責任で投資をさせるというのも酷な話だ。

 

台湾の男性、ヒンメルならどうしたと語る

2024年5月21日に台湾・台中の地下鉄で起きた刃物による攻撃を阻止した男性(許瑞顯氏)が、自身の行動の動機として『葬送のフリーレン』の勇者ヒンメルならそうしただろうと語り、話題となったことがある。

 

今年、8月4日大阪の河内長野市で、刃物を持った男を警察官が射殺した事件が、適切な拳銃の使用状況だったのか?と議論されているが、はたして「勇者ヒンメル」ならどうしたであろう?

 

台湾の事件は、止めたのが一般市民であり、自らの危険を顧みず一般市民が暴徒を取り押さえた勇気ある行動がそもそも称えられているが、今回は市民の安全を守るのが仕事の警察官による暴徒の鎮圧であり、しかも射殺してしまったということが、やり過ぎではないのか?という批判があるようだ。

 

これが人ではなくクマだったらこれほどの批判はなかったかもしれないが、状況からして銃の使用は仕方なかったのだろうとは思う。

熊本の事件の時のように、足を撃つなど急所を外すことができれば良かったのだが、危機的な状況でそれは難しかったかもしれない。

 

この警察官の行動は、警察官としての職務上それが適切な対処だったのかどうか?という議論にならざるを得ず、一般人が素手で取り押えたなら「勇者」だが、そもそも法の番人であり市民を守るのが当たり前とされる警察官が銃で犯人を射殺してしまうと、それが市民の命を守るためだったのか?それとも自分の安全を確保するための銃の使用だったのかは証明しにくいことであり、もし自身の防衛のための銃の使用であったと取られると勇者感はない。

 

しかし、市民の安全を守るために刃物を持った男の活動をどんな手段をとってもすぐにでも停止させなければ、もしかしたら多くの市民が危険晒されていたかもしれないと考えると、その警察官の判断は英断となり、その警察官は凶悪犯罪を未然に防いで市民を救った勇者と称えられるべきだろう。

 

今回の河内長野の事件では、幸いにも市民の犠牲者がいなかったようだが、もし警官が到着するまでの間に刃物男による犠牲者が既に多数出ていた場合では、結果として銃器の使用によって犯人が死亡したことは問題視されなかったに違いない。

 

警察官という仕事の業務上リスクと評価の難しい側面が露呈した事件だと言えよう。

 

流石にこの警察官が「勇者ヒンメルならそうした」というコメントをしたなら笑えない状況となっただろうが。