赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (28)
半玉のつくり方
風呂上がり。ホカホカの湯気を上げている清子が大きな鏡の前で、
浴衣の襟をはだけている。
半玉は、お座敷でお酌や芸を見せる芸者さんの見習い。
半人前の、文字通り、『たまご』を指す。
関東では半玉と呼んでいるが、京都は舞妓と呼ぶ。
年齢的には、舞妓の方が年少になる。
長い歴史を持つ京都では、13~4歳くらいからお座敷に出る。
未成年が酒席へ出ることが、京都市の条例で特別に許可されている。
かつては中学へ通いながら、デビューする舞妓もたくさんいた。
舞妓は見た目の「おぼこさ」が命。
関東の半玉という呼び方は、玉代(ぎょくだい)が半分だったことに由来している。
現在。そうした格差は是正されている。
半玉でもとりあえず、芸事のひとつくらいは披露しなければならない。
踊りは「やっこさん」という、初歩的なものから身につける。
三味線や笛などは難度が高すぎる。
そのため、出番の少ない太鼓などから習得していく。
これらのことができてはじめて半玉として、見番に登録することができる。
半玉と1本(一人前の芸妓)の違いは、服装にも現れる。
1本になると、特別な時以外は、普通の訪問着などを着用する。
帯はお太鼓と呼ばれる締め方。
髪は、日本髪の鬘(かつら)を使う場合もあるが、多くが夜会巻き
(鹿鳴館時代に流行した髪型・束髪の一種) と呼ばれる髪型が多くなる。
後髪の束をねじり上げ、髻をつくった形が基本。
揚げ巻き・花月巻きなどと呼ばれている、いわゆる、アップスタイルの髪型だ。
これに対し、半玉は常に振り袖を着用する。
肩上げや腰上げも取ってある。全体的に、子供らしさが残っている。
襟を大きめに抜き、首筋を見せて着つけるの。
帯は「千鳥」という、コンパクトでかわいい結び方。
髪型は、桃割れのかつら(かつらではなく、自毛の子もいる)を使用する。
半玉でも、先輩格になると格好が少しばかり変わる。
髪型が結綿(ゆいわた)に変わり、かんざしも少し地味になる。
結綿(ゆいわた)は、江戸時代後期に流行った未婚女性の代表的な髪形。
つぶし島田の髷の元結の上に、赤い鹿の子の手絡(てがら)を結びつける。
平打ち簪(かんざし)や、花簪(はなかんざし)に飾り櫛などを添えて
少女らしい華やかさを演出する。
お化粧は、顔全体を白く塗る。背中や首筋も白くぬる。
目のふちに、赤い紅をさす。
上気した瞬間の女性の色気をあらわしたもので、若い子ほど妖艶さがひきたつ。
京都の舞子には、口紅に関しての決まり事がある。
出だしの舞子は下唇にだけ紅をさす。
1年ほど経過してから、上唇に紅をさすことがゆるされる。
関東の半玉に、そうした決まりごとはない。
「おや?。少しばかり、濃すぎやしないかい?。
透き通った綺麗な肌をしている年頃だ。
そこまでベタベタお粉(おしろい)を塗らなくても、いいだろう?」
ひょっこり顔を出した市が、清子の白塗りに不満をつけている。
『そんなことしたら、白塗りが斑(まだら)になってしまいます!』
小春は、白塗りの手をゆるめない。
「そうだよね。
下地をしっかり塗らないと、お化粧の乗りが悪くなるのは確かです。
でもねぇ。透き通った半玉たちの肌を見るたんび、
そんなに厚く塗らなくてもいいのに、と思うのはどう言う意味だろうねぇ。
透き通る肌を、ここまで隠さなくてもいいのにと思うのは、
やっぱり、年寄りのひがみかねぇ・・・・」
市が清子の顔を覗き込んで、「もったいないねぇ」とため息をつく。
しかし。小春は白粉を塗る手を、ひとときも休めない。
やがて白一色の、清子の顔が完成していく。
「平安時代の貴族たちは、顔を白く塗っていました。
薄暗い住居の中で、めいめいの顔を引き立てることが目的です。
芸妓や舞妓の白塗りのルーツをたどると、やはり同じことが言えます。
昔のお座敷は、ろうそくをともしていました。
かすかな光の中でも美しく見えるよう、白塗りしたのがはじまりです。
そう教えてくれたのは、市奴お姐さんではありませんか。
お粉は、陶器のように、完璧なまでに、真っ白になるまで塗りなさいって。
そう教えていただいたことを、私はいまでも、
鮮明に覚えております」
「あら。そんなことを言ったかい?。
そんな昔のことは、とっくに忘れちまった。
あっ、あんた。ひとつ忘れているよ。隠し技の、ピンクの粉を忘れただろう。
このまんまだと清子の顔は、ただの白塗りのお化けだ。
白の奥にほのかな紅みがかくれていないと、ダメじゃないか。
白粉のおしろいを施す前に、ピンクのお粉をささっとさりげなくつけておく。
そうすると、下地の奥から、ほんのり紅が浮かび上がってくるんだ。
ですが、今からじゃ遅すぎますか・・・
後の祭りになるが、適当に、サラサラとピンクの粉をかけてやれば、
なんとかなるかもしれないねぇ・・・」
「あら。ホントウです。
ずいぶん前のことですから、半玉を作る手順など、すっかり忘れておりました。
いまから白塗りを落とすのは大変です。
面倒ですからこのまま、ピンクのお粉を上からかけてしまいましょう。
その上にもういちど、白塗りを重ねていけば、小々お化粧が厚くなりますが、
なんとかなるでしょう」
「おう。そらいい考えや。その手でええやろう。
厚くなればお化粧が丈夫になる。きっと長持ちをするだろう。
かまへん。かまへん。今日はそれでええことにしょう。
明日から気をつければ、それでいいこっちゃ。あっはっは」
『おいおい。経験豊かなお姐さんたちが、そんな大雑把なことでいいのかよ』
心配顔のたまが下から、清子の顔を見上げる。
『いいから、たま。心配しないで頂戴。経験豊かなプロにも失敗はあります』
気にしなくても大丈夫と、清子が目で笑い返す。
『そんなもんか。でもよう、大変だなぁ。上下関係の気遣いってやつは・・・・』
姐さんには絶対に服従なんだなと、たまがブツブツつぶやいている。
(29)へ、つづく