赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (36) | 落合順平 作品集

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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (36)
 清子の日記



 深夜の布団の中。清子が、電気スタンドを引き寄せる。
ついさっき、12時の時報がなったばかりだ。
腹ばいになった清子がノートに向い、書き込みを始める。

 『おい。何やってんだ、清子・・・』
口に何かを咥えたたまが、のそりと姿をあらわす。
『よっこらしょ』わざわざ遠回りの道を選び、清子の背中へのぼってくる。
『何書いてんだお前、さっきから』清子の手元を覗き込む。

 『日記です。
 今日あったことや、覚えたことなどを忘れないうちに、こうしてメモしておくの。
 こうしておけば安心でしょう。忘れたりなんかしないもの』

 『普通は、頭で記憶して覚えるもんだろう。
 もっともお前の場合は、特別だからな。
 メモを書いたとたんに安心して全部、まとめて忘れちまうからな。
 でもまぁ、何もしないよりは、まだマシか』

 『たま。お前の口は、いつでもひとこと余計です。
 あたしが機転をきかせたおかげで、お座敷の綱渡りも無事に済んだのよ。
 感謝しているのなら、あたしに、お礼を先に言うべきでしょう』

 『あん時は全くもって、肝を冷やした。
 あんな格好のまんま、綱渡りなんかした日にゃ、命がいくつあっても足りねぇや。
 ありがとうよ確かに助かった。大いに感謝しているぜ』

 『感謝しているのなら、いい加減に、あたしの背中から降りなさい。
 子猫のくせにやたらと重いわねぇ、おまえは』

 『言うねぇ。清子も。
 忘れ物を拾ってきてやったというのに、感謝の前に、いきなりの小言かよ。
 なんだよ。いらないのなら、また捨ててきちまうぜ』

 『わたしの忘れ物?。いったい何を、拾ってきたのさ?』

 『何だかよくわからねぇ。
 だがよ。妙に乳臭い、細長いバンドみたいなもんだ』

 『乳臭い、細長いバンド・・・・え。あ、ああぁっ!』

 清子が布団をはねのけ、いきなりガバっと飛び起きる。
たまが咥えてきたのは、洗面所へ忘れてきた、新調したばかりのBカップのブラジャー。
浴衣の襟を、いそいでかき合わせた清子が、たまの口からブラジャーを奪い取る。
『簡単には離さないぞ。ちゃんと礼をいうまでは・・・・』
たまも簡単には離さない。必死に食い下がる。
清子の新調したばかりにブラジャーに、たまがぶらりとぶら下がる。

 『こら。離しなさい。BカップがCに伸びちゃうじゃないのさ。たま!』

 『お前。いつの間にBカップになったんだよ。
 このあいだまで確か、ブカブカで、隙間だらけのAだったはずだ!』

 いつものように、右から清子のパンチが飛んでくる。
『へへん。お前の攻撃なんざ、すでに見抜いておるわい。右から来ると見せかけて
本当は、左からの平手打ちが本命だ。その手は食うものか。おっとっと・・・」
ひひひと笑った瞬間、たまの口がブラジャーが外れてしまう。

 『愚か者。結果が出る前に笑うから、みずから落ちる羽目になるのです。
 こら。たま。乙女の胸を、大きな目をして覗き見るんじゃないの!。
 お願いだから、少しのあいだあっちを見ててちょうだい。
 すぐに済むから・・・・』

 『どうしたのさ。賑やかだけど、何か事件でも起こったのかい?』
カラリと襖が開く。寝る支度を整えた小春姉さんが、隣室から顔を見せる。
『あ、いえ。なんでもありません』あわてて胸元を整えて、清子が正座する。
清子の膝の上で『いつもの、小競り合いです』とたまが、ヘラヘラと笑い返す。

 「そう?。何事もないの。ならいいのですが。
 明日は早くから喜多方に出向きます。たまも清子も、早く寝なさい」

 じゃあね、と襖に手をかけて閉めようとする小春に、なぜか清子が食い下がる。

 「小春お姐さん。
 喜多方の庄助旦那様は、たまと清子と小春姐さんの3人でおいでくださいと、
 熱心に誘って下さいました。
 小春姐さんと喜多方の旦那様には、深い縁が有ると伺っています。
 なにゆえに小春姐さんは、お誘いをお断りしたのですか?
 せっかくのお誘いです。
 3人揃ってお伺いするのを、楽しみにしていると思うのですが?」

 「他意はありません。売れっ子芸者は忙しいのです。
 別口の先約がありますので、明日は無理です。
 そのかわり。市さんにお願いしておきましたから、安心して行ってきなさい。
 私のことは気にしないでください。
 たまと一緒に、蔵とお酒と、ラーメンの街を満喫しておいで」
 
 「ふぅ~ん。蔵と、お酒と、ラーメンの街だってさ喜多方は。たま・・・・」

 「素敵な街ですよ、喜多方は。
 明日のお出かけを楽しみに、もうおやすみなさい、2人とも。うふふふ」


(37)へ、つづく

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