赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (35) | 落合順平 作品集

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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (35)
 たまの綱渡り



 「さぁて。すべての準備が整いました。
 それではそろそろ、覚悟を決めて、綱渡りとまいりましょうか、
 うふふ。たま」

 清子がニコニコ笑いながら、たまの首筋をなでている。
『冗談じゃないぜ、まったく。人ごとだと思って、呑気だな清子は・・・』
目の前でふわふわと揺れている、綱渡りの細い紐を見つめながら、
たまが額から一筋、脂汗を流している。

 「ちょっと待て。その猫に、もうすこし細工しょうじゃないか。
 その格好ではまだ、なんとも地味すぎる。
 見た目がもっと、パッと映えるような小道具はないか。
 探せ、さがせ。そのあたりに、何かあるだろう」

 庄助旦那の再度の提案に、一同がドッとどよめく。
女たちが、室内に置いてある道具や人形を片っ端から物色していく。
棚に、勇ましい武者人形が飾ってある。
熊にまたがった金太郎が、床の間に置いてある。

 「そらまた良い考えどすなぁ。何か無いかしらねぇ・・・小道具が」

 「そうやねぁ。せっかくのたまの晴れ舞台です。
 手ぬぐいと日傘だけでは、たしかに、寂しいものがありますねぇ」

 「もうすこし、凛々しくしてはどうですか。
 武者人形の兜なんかどうでしょう。
 ついでです。鎧も全部着させて、猫武者風に仕立てあげましょうか」

 「おっ金太郎がいるぞ。金の字の腹掛けなんかどうだ。
 頭に兜。、腹に金太郎。
 悪くはないが、まだ地味すぎるなぁ。もっとほかに何か無いか、
 これではまだ、格好がさびしすぎる」

 「長靴なんか、どうですか。
 さきほど入口で、幼子用の長靴を見かけました。
 ひとっ走りしてそれを取ってまいりましょう。いい絵になります」

 「そいつはいい考えや。兜に、金太郎、長靴で決まりだな。
 清子、準備ができるまでその子猫を絶対に逃がすんじゃないぞ。
 オジサンがいまから、凛々しく飾ってあげるからな。
 ははは。なにやら一気に、面白くなってきたぞ。
 いまから史上最高の傑作が観られるぞ」

 たまがジタバタと抵抗する。しかし。それも虚しく兜やら腹巻やら、
長靴などの小道具が無理矢理、たまに装着されていく。

 『こら。や、やめろ。おまえら。
 清子まで一緒になって喜んでいる場合じゃないぞ。
 綱渡りをさせられんだぜ。
 ごちゃごちゃこんなものをおいらに取り付けて、いったいどうするつもりだ。
 綱から落ちたら、さすがのオイラだって只じゃ済まねぇ。
 笑ってる場合じゃないぜ、清子ったら。
 早く助けろ。な、なんだよ・・・・お前。
 なんだかんだ言いながら、結局、お前が一番、喜んでいるじゃねえか。
 喜んでいられるのも今のうちだ。
 あとでかならず仇をとってやるからな。よく覚えておけ、この薄情女』

 『お口が下品です、たま。
 いい加減で、あきらめてください。
 みなさん、おまえの綱渡りにたいへん期待しております。
 先程から、お待ちかねです。
 みなさんのおかげで、ずいぶん凛々しく、男らしくなりましたねぇ。
 はい。それではそろそろ参りましょう。
 たま渾身の綱渡りのお座敷芸を、みなさまにお見せいたします』

 ヒョイと持ち上げられたたまが、清子の手で綱の上へ移動する。

 『よ、よせ。清子。た、高すぎるぞ。目がくらむ!。
 悪いことは言わないから、こんな乱暴なことは今すぐに、やめろ!』

 『何言ってんの。このくらいの高さで。
 あんた。ミイシャに会いにいくときは、平気で高いところをヒョイヒョイと
 渡っていくじゃないの。
 あれから見れば、こんなもの、目をつぶったって行けるわよ。
 男の子なら、もう覚悟を決めていきましょう。
 いきますよ。はいっ』

 清子が合図した瞬間、たまの両足が綱の上に置かれる。

 『万事休す。もはやこれまで!』
たまがすっかり覚悟を決める。
『こうなったら意地でも向こう側まで歩いてやる。
だけどよ。兜に、腹掛けに、長靴だろう。おまけに背中に日傘を背負っているんだ。
これじゃ茶釜のタヌキより、重装備じゃねぇか。
ま。などと泣き言を並べてもはじまらないか。みんが期待して見ているんだ。
じゃ・・・ぼちぼち行くか。覚悟を決めて・・・」

 たまが覚悟をきめて、1歩目を踏み出す。その瞬間。
ピンと張られていた紐が、ぱたりと音を立てて畳の上に落ちる。
たまには、何が起きたのか、さっぱり意味がわからない。
『な、なんだぁ。何がどうしたんだぁ?』背中をつかまれたたまが、
ふわりと畳の上にある腰紐へ軟着陸する。

 「よしよし、いい子だ。
 そのまま。そのままでいい。そのままでいいから、紐を踏み外さず、
 こっちまで歩いてこい。
 出来るだろうお前。そのくらいの芸なら」

 おいで、おいでと紐の向こうから、庄助旦那がたまを手招きする。
笑顔の小春と、市もそこに座っている。
清子までいつの間にか、紐の向こう側に陣取っている。
おいで、おいでと全員が、たまに向かって手招きをしている。

 『なんだよ。さんざん人を脅かしておいて、最後はこういう仕掛けかよ。
 よしっ。一世一代の、おいらの晴れ舞台だ。
 優雅に綱を渡りきったあと、着地は、後方宙返りの4回転ひねりを決めてやるぜ。
 見てろよ。おいらの芸は、あとで高くつくぞ!』


 たまが優雅に綱の上へ、最初の1歩を踏み出す。
お座敷から、ワァ~という大歓声とともに、大きな拍手が湧き上がる。

 
 (36)へ、つづく

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