先日行った美容師さんとの会話で、
「何か問題が起こったら、まずは本人と話合いをする。」
という話をしたんです。
すると、その美容師さんは、
「夫と喧嘩ばかりになってしまうので、夫のいとこに仲裁を頼んだんですよね。
夫と夫のいとこは仲がいいから。」
と。
「だけど、いとこから仲裁はできないと断られました。
どう思います?」
どうもこうも、私がいとこでも、断りますわな。
自分の家族の喧嘩ならまだしも、
いとこ夫婦の間に入って、何かいいことがあるとでも?
それも、アメリカ人。
みんな自分のことで精一杯ですよ。
愚痴を聞いてもらえただけ、ありがたく思え。
「私は娘夫婦の喧嘩の仲裁はしてるんです。
いつもそれでうまく行くんです。
娘の旦那さんにも感謝されてるし。
いとこが助けてくれないって、おかしくないですか?」
そう言われても、娘さんと娘さんの旦那さんが、
実際どう思っているかは、
本人に聞いてみないことにはわかりません。
自分ではうまくやってるつもりでも、
傍迷惑にしかなっていない可能性もあるでしょう。
そもそも、いとこが仲裁するかどうかは、自由意志。
断わって、文句を言われる筋合いも無し。
でも、最近のスピ系のいうことには、
「他力本願」
で、流れに身を任せる方がうまくいく、と。
これ、意味を取り違えると、ただの依存になっちゃうんですよね。
自分ではどうにもならない領域と、
自分でどうにかしなければいけない領域を、
履き違えている場合が多い。
それは現実社会においても、
目に見えない世界においても、
同じ事が言えるでしょう。
人はますます常識の格差が広がっていきます。
おかしな人たちも増えてきたし。
悪い意味で多様化しているので、
話が噛み合わないことも増えてくると思います。
逆恨みされないことって、大事です。
ちゃんと相手と向き合って話すことも、
おかしいことはおかしいと言えることも、
必要な時には、ちゃんと助けを呼べることも、
逃げる時には躊躇せず抜け出すことも、
全部大事です。
他人を使って丸く収めたつもりになるより、
自分で自分の言動、行動に責任を持つ。
(専門家に相談することも含め)
この先、うまく立ち回れるかは、直感力勝負。
結局最後は、自分に跳ね返ってきます。
そんなもんです。
そして、この美容師さん、
いとこを使ってまで旦那さんとの関係を戻したい理由は、
「離婚すると、将来自分の老後の面倒を、娘や息子に託すことになって申し訳ないから、
せめて夫婦間でなんとかやっていきたい。」
という、どっちを向いても依存でしかない話でした。
アメリカ育ちの人間が、
日本みたいに年老いた親の面倒なんて見てくれるわけないだろ!
今からできることは、せいぜい老後資金を積み立てていくことくらいです。
他力本願も、ほどほどに。