新聞を読んでいる人がいる。
イヤホンで音楽を聴いている人がいる。
携帯電話でメールを打ってる人がいる。
目をつぶっている人がいる。
何気ない電車の中の風景。
誰も見ていない。
誰も聞いていない。
誰も何も言わない。
閉ざされた電車という空間の中で、
人々は心を閉ざしている。
何も見ないことで、見られないことを望み、
何も聞かないことで、何も聞かれないことを望み、
何も言わないことで、何も言われないことを望む。
それに気が付いた僕は、
パーカーのフードを深くかぶり、全てを閉ざした。
思うほど、人は他人のことを想っていない。
人は自分以外の人との間に、見えない境界線を作り上げている。
けれど「他人」という言葉を使わない。
切り離すことを恐れてるんじゃない。
切り離されることを恐れているんだ。
どこか繋がっていたい。
でも交わりたくない。
人はそれぞれカプセルに入った粉薬。
大きなビンの中に、色とりどりのカプセルが詰まっている。
一見混ざり合っているように見えるが、本質は違う。
それぞれが「個人」という殻に守られている。
必要以上の感情や言葉を出すことはない。
ただ一緒にいれば安心するというだけ。
想いの通わない集団なんて意味があるのだろうか?
ただそこにある安心を求め、人はビンの中から出されないように必死になる。
一度ビンの外に出てしまえば、そのフタは固く閉ざされ二度と入ることはできないだろう。
でもその窮屈なビンの中で、何も発することなく存在することに意味があるのだろうか?
それは生きているというのだろうか?
ビンの外は苦しみや辛さしか無いのだろうか?
でもみんな本当はわかっている。
カプセルの中身なんて、最初から何も入ってない。
ビンの中にいるからこそ、存在できる。
存在したいからビンの中にいる。
そこに意味なんてない。
それが生きている実感なのだから。
人は自分以外の人との間に、見えない境界線を作り上げている。
けれど「他人」という言葉を使わない。
切り離すことを恐れてるんじゃない。
切り離されることを恐れているんだ。
どこか繋がっていたい。
でも交わりたくない。
人はそれぞれカプセルに入った粉薬。
大きなビンの中に、色とりどりのカプセルが詰まっている。
一見混ざり合っているように見えるが、本質は違う。
それぞれが「個人」という殻に守られている。
必要以上の感情や言葉を出すことはない。
ただ一緒にいれば安心するというだけ。
想いの通わない集団なんて意味があるのだろうか?
ただそこにある安心を求め、人はビンの中から出されないように必死になる。
一度ビンの外に出てしまえば、そのフタは固く閉ざされ二度と入ることはできないだろう。
でもその窮屈なビンの中で、何も発することなく存在することに意味があるのだろうか?
それは生きているというのだろうか?
ビンの外は苦しみや辛さしか無いのだろうか?
でもみんな本当はわかっている。
カプセルの中身なんて、最初から何も入ってない。
ビンの中にいるからこそ、存在できる。
存在したいからビンの中にいる。
そこに意味なんてない。
それが生きている実感なのだから。
ちょっと考えてみてください。
あなたには今、何人の友達がいますか?
あなたには今、何人の知り合いがいますか?
それは今だから「う~ん…」と唸って考えればなんとか出てくるかもしれない。
仕事柄、人と接することが多いから、数えきれないなんて人もいるかも。
じゃあ質問を変えます。
今までに出会った人は何人いますか?
それらの人々にはまた会えると思いますか?
こうなるとわからない。
まぁわかるはずもないのだけれど。
けれど、自分の人生において親も含めれば必ず誰かと接点がある。
自分ひとりの存在が、突然この世に現れたわけではないのだから。
そして、生きていくかぎり、誰かの手を借りなけれはならないのだから。
きっと記憶の片隅にも残っていない人だっている。
でも確実に何らかのカタチで、どんなに小さな些細なことだって、
自分の人生の一部にちょっぴり影響していたりするんだ。
その人にはもう会えないかもしれないけど、
今いる自分は、今まで出会った人たちでできている。
今は一人かもしれないけど、
自分の中にいる、たくさんの人たちは
これからもずっと一緒に生き続けていくんだ。
今、目の前にいる人だって、いつかはいなくなっちゃう。
会えい人になっちゃう。
だから、今が大切なんだ。
そして、いつかは自分も「会えない人」になるときがくるんだ。
あなたには今、何人の友達がいますか?
あなたには今、何人の知り合いがいますか?
それは今だから「う~ん…」と唸って考えればなんとか出てくるかもしれない。
仕事柄、人と接することが多いから、数えきれないなんて人もいるかも。
じゃあ質問を変えます。
今までに出会った人は何人いますか?
それらの人々にはまた会えると思いますか?
こうなるとわからない。
まぁわかるはずもないのだけれど。
けれど、自分の人生において親も含めれば必ず誰かと接点がある。
自分ひとりの存在が、突然この世に現れたわけではないのだから。
そして、生きていくかぎり、誰かの手を借りなけれはならないのだから。
きっと記憶の片隅にも残っていない人だっている。
でも確実に何らかのカタチで、どんなに小さな些細なことだって、
自分の人生の一部にちょっぴり影響していたりするんだ。
その人にはもう会えないかもしれないけど、
今いる自分は、今まで出会った人たちでできている。
今は一人かもしれないけど、
自分の中にいる、たくさんの人たちは
これからもずっと一緒に生き続けていくんだ。
今、目の前にいる人だって、いつかはいなくなっちゃう。
会えい人になっちゃう。
だから、今が大切なんだ。
そして、いつかは自分も「会えない人」になるときがくるんだ。