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ちょっと一休み

気が向いたときに更新します^^

新聞を読んでいる人がいる。

イヤホンで音楽を聴いている人がいる。

携帯電話でメールを打ってる人がいる。

目をつぶっている人がいる。

何気ない電車の中の風景。



誰も見ていない。

誰も聞いていない。

誰も何も言わない。



閉ざされた電車という空間の中で、

人々は心を閉ざしている。

何も見ないことで、見られないことを望み、

何も聞かないことで、何も聞かれないことを望み、

何も言わないことで、何も言われないことを望む。

それに気が付いた僕は、

パーカーのフードを深くかぶり、全てを閉ざした。
思うほど、人は他人のことを想っていない。

人は自分以外の人との間に、見えない境界線を作り上げている。

けれど「他人」という言葉を使わない。

切り離すことを恐れてるんじゃない。

切り離されることを恐れているんだ。

どこか繋がっていたい。

でも交わりたくない。



人はそれぞれカプセルに入った粉薬。

大きなビンの中に、色とりどりのカプセルが詰まっている。

一見混ざり合っているように見えるが、本質は違う。

それぞれが「個人」という殻に守られている。

必要以上の感情や言葉を出すことはない。

ただ一緒にいれば安心するというだけ。

想いの通わない集団なんて意味があるのだろうか?

ただそこにある安心を求め、人はビンの中から出されないように必死になる。

一度ビンの外に出てしまえば、そのフタは固く閉ざされ二度と入ることはできないだろう。

でもその窮屈なビンの中で、何も発することなく存在することに意味があるのだろうか?

それは生きているというのだろうか?

ビンの外は苦しみや辛さしか無いのだろうか?


でもみんな本当はわかっている。

カプセルの中身なんて、最初から何も入ってない。

ビンの中にいるからこそ、存在できる。

存在したいからビンの中にいる。

そこに意味なんてない。

それが生きている実感なのだから。
ちょっと考えてみてください。

あなたには今、何人の友達がいますか?

あなたには今、何人の知り合いがいますか?

それは今だから「う~ん…」と唸って考えればなんとか出てくるかもしれない。

仕事柄、人と接することが多いから、数えきれないなんて人もいるかも。


じゃあ質問を変えます。

今までに出会った人は何人いますか?

それらの人々にはまた会えると思いますか?


こうなるとわからない。

まぁわかるはずもないのだけれど。

けれど、自分の人生において親も含めれば必ず誰かと接点がある。

自分ひとりの存在が、突然この世に現れたわけではないのだから。

そして、生きていくかぎり、誰かの手を借りなけれはならないのだから。


きっと記憶の片隅にも残っていない人だっている。

でも確実に何らかのカタチで、どんなに小さな些細なことだって、

自分の人生の一部にちょっぴり影響していたりするんだ。


その人にはもう会えないかもしれないけど、

今いる自分は、今まで出会った人たちでできている。

今は一人かもしれないけど、

自分の中にいる、たくさんの人たちは

これからもずっと一緒に生き続けていくんだ。


今、目の前にいる人だって、いつかはいなくなっちゃう。

会えい人になっちゃう。

だから、今が大切なんだ。

そして、いつかは自分も「会えない人」になるときがくるんだ。