私は昔から「ものにつられやすい」人間である。
小2のとき好きだった言葉は「おだちん」だ。
「忍たま乱太郎」のきり丸をリスペクトしていた。
初めて「おだちん」をもらったのは
母が熱を出したときに近所の自販機に牛乳を買いに行ったご褒美だと今でもはっきり覚えている。
「あぁ、きり丸はおだちんをもらうとこういう気持ちになるんだなぁ。こりゃ幸せだ!」と小2にして
おだちんの良さを知ってしまった。
おだちんが出るなら何でもやるよ!という勢いの私だが、
つい最近まで皆そういう気持ちなのだと思っていた。
みんな「完全成果型人間」だと思っていたのだ。
しかし母によるとどうやらそうではないらしい。
完全成果型人間でない人はどういう思考なのか、
ものをつらされないでどうやって頑張るのか、
もはや私には全く、ほんとに全然わからない。
だったら逆に自分のことを説明してみよう、
ということで私の「完全成果型人間」的エピソードを紹介する。
これが私のスタンダードである。
一番誇りにおもう成果エピソードは中3の実力テストでのことである。
受験に関わる内申点がつく実力テストは重要だった。
私が完全成果型人間だと知る母は
「もし実力テストで平均80点以上とったらナイキのスニーカー買ってあげる」と
当時私が毎日考えるほど欲しがっていたものでつってくれたのだ。
実力テストまで私はナイキのスニーカーを頭に浮かべながら勉強しまくった。
結果良い点をとり、ナイキのスニーカー(ちょっと派手)をゲットしたのだ!!
梅田のStepに買いに行った日の光景は今でも覚えている。
次に、今でも理解できないと、何度も思い出してしまうこと。
姉と私の合格祝いの差について、姉がケチをつけないことだ。
私の高校祝いは、まず合格発表された夕方にお菓子パーティをし、
後日、日本料理屋でなんちゃら御膳を食べた。
そして大学祝いも同様、蒸し屋さんの美味しい蒸し料理を食べた。
これに対し!私の姉(6歳上)の合格祝いといえば
高校は近所のジョリーパスタ、大学は近所のピザ(しかも安売りだったからという理由)。
どちらも安いイタリアンである。
梅田の蒸し料理と、家から徒歩30秒ほどのピザ。
妹のほうがこんなに祝われていていいのか!差がひどくないか!と妹である私の方が叫びたくなってしまうが
姉はこれについて一度もコメントしたことはない。気にしていないのだろう。
たぶん彼女は成果型人間ではない。顔も似ていないが中身も似つかない姉妹である。
そして現在も完全成果型人間の私は
地元の店への取材1件2000円というバイトへ行く途中、
「これが終わると計1万4000円、、!」などと思いながら目的の店へ向かって自転車をこいでいる。
こんな風に成果が出ることが大好きな私、むしろそれがないとやってらんねえよな私なのだが
あくまでも成果が好きなのであって、お金が好きなのではない。
もらったお金をすぐ使うなんてことはしないし、通帳記入が趣味なわけでもない。
きり丸はリスペクトしているが好きなのは乱太郎のほうだ。
お金は必要なのだが、もらうものは別にお金でなくてもいい。
私にとって価値があるものならいい。おいしい讃岐うどんでもおいしいサラミでもいい。がんばれる。
ただ全く欲しくないサマンサタバサのかばんなんかはもらっても困るし別に頑張れない。
また、重要なのは頑張った結果、その褒美に何かがもらえることであって、
いきなり理由もなくポンと何かをもらうのも違う。
頑張った証がほしいのだ。
私がPitapaをなかなか作らないのは、無くす不安のほかにもう1つ理由がある。
時期定期券でなければ後ろに 22 23 23 みたいに使用した日にちがつかないからだ。
数字がたまっていくのを見ては「あぁ、こんなに学校行って、頑張ってるなぁ~私」と思うのが好きなのである。
頑張ったな~と思うのは好きだがその経緯、どんなふうに頑張ったのかは忘れている。
じっさい実力テストも受験もどれほど勉強したか、しんどかったのか、とかは覚えていない。
結果よければすべてよしなのだ!
そんなわけで私は小学生のときからこういう考えで、
ずっと皆こんな風だとおもってきたけれど
他の人は本当はどんなとき頑張れるのだろう。
今もっとも気になることのひとつだ。