文章をあれするための、あれ。 -12ページ目

文章をあれするための、あれ。

日々気づいたこと、考えること、知りたいこと、など。

ついにこのときが来た。

はじめての投票。

お酒、仕事、税金手続きにつづき
第4の大人へのステップ 投票。

この日を20歳になったときからもう1年近く待っていた。
あの噂のアタッシュケースを
改造したみたいな箱に投票用紙をすとんといれるんだ。

なんて随分楽しみにしていたものの
実際に行ってみればあっけなく終わった。
「大人へのステップ」なんてことはなく
逆に「投票慣れ」してないことを悟られまいと
終始ぶっきらぼうに投票をした。
「嫌な大人になりつつある自分」に気づいた。

どうせならお年玉を握りしめて
ローソンで初めて「りぼん」を買ったときみたいに
胸の高鳴りがそのまま目のキラキラにあらわれていた
子どものままでいたい。
日曜日、社会人が泣き叫ぶ日曜日。

大学に入ってから週休3日以上で生きてきた
私には久しぶりの「悲しい日曜日」。

社会人体験をしている私としては
この日曜日、どう使うかで低俗な生活をしているかどうかは決まる。
余裕のある社会人として
有意義な1日にしたい。いや、するのだ。

朝、心を奮い立たせベッドから出る。
最近教わった腹筋を鍛える簡単なトレーニングをする。
朝ごはんはベーグルにフランスの手づくりジャム。
オレンジジュースを飲んだら
洗濯物を片付け、掃除機をかける。
メールをチェックしてひと段落。

やらなきゃいけないことを一気に片付けて
「有意義な日曜日」のスタートは上々である。

その後、明日からの仕事で使うフランス語の予習もかねて
フランス映画をみて、図書館へ。

気分にあわせて幾つかの本を選んだり
新聞を読んだりしてその後は公園へ。

ここまで完璧である。完璧な「有意義な日曜日」である。

ここから少し曇ってくる。

公園へ行く前に喉が渇いたのでコンビニへ寄った。
飲み物コーナーの前で
社会人としてセンスの良いチョイスは
何だろうと考えていると
野球少年が2人話しながら近づいてくる。

年上っぽい男子「どれやと思う?」
年下っぽい男子「これ!」(ミックスジュースを手に取る)
年上っぽい男子「せや、これ、やばいからな、
こっちはソーダ」(上にあるミックスジュースソーダを指差す)
年下っぽい男子(ミックスジュースをとろうとする)
年上っぽい男子「奥の取れ!奥の!よう冷えてるから」
年下っぽい男子(奥から取り出す)

そうして彼らは滞在時間15秒で去っていった。

ペットボトルのミックスジュース。
普段なら絶対買わない。
甘すぎるし、本当のミックスジュースにはどうやっても勝てないからだ。
唯一許せるのは銭湯で飲む瓶タイプだけだ。

でも野球少年たちはさも、
このミックスジュースが衝撃的に美味しくて
年上っぽい男子の方が年下っぽい男子に
かねてより勧めていたようにみえた。
しかも奥のを取れなんて
私も知らない人生教訓まで出してきた。大人だ。

どうしても試してみたくなって、
前から3本目のそれを、手を伸ばして取った。

野球少年の真似なんかして、
なんて子どもなんだろう、私。

社会人体験は難しい。

公園へいくと、そこにはたくさんの人がいた。
ほとんどが高校生カップルや家族連れだ。

簡素な遊具で500%楽しむ子どもをみて、
社会人はあの遊具で5%も楽しめないんじゃないだろうかと涙ぐみ、
五日間働いた後日曜日に子どもと遊ぶお父さん達をみて涙した。

昔は家族サービスなんて当たり前だと思っていたが
五日間働いたあと、他人のために時間が使えることはすごいことだといまは思う。
社会人体験をしている。

公園で本を読んでいたら
夕方になり今日のビッグイベント
「父と食事」が近づく。

ここまで多少未熟感ありつつも、
「社会人有意義な日曜日」は完璧に近い。

なかなか連絡がないの父にメールすると
「もしかして日にち勘違いしてる?」との返信。
今日だと思っていた父との会合は
一ヶ月後だった。

ここへきて大転倒。
社会人としてあるまじきスケジュールミス。

しかも私は予定していたことが
できないのが大嫌いである。
完璧なプランに穴が開く。

穴が開いた心と共に本屋に置きっ放しにしていた
自転車を迎えにいくと、
おしゃれな自転車に乗ったおじいさんが到着。

本屋へ入るおじいさんを横目で見届け
自転車に近づく。

おしゃれだ。

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この平行を保った傘がポイントとなって
この自転車のおしゃれ度を増やす。

もっと観察してみると
奇跡みたいな言葉がみつかった。

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SUNDAY LOVELY 

たった一つの予定がくるっただけで
心に穴が開いてしまっていた私に
根本的なことを思い出させてくれた。

今回の日曜日はラブリーだった。
いや、すべての日曜日はラブリーなんだ。

有意義なんてどうでもいい、
ラブリーなサンデーを愛そう。
通勤ラッシュの満員電車から降りる
他人と自分。
大量に降りる人がいるから
みんな肩を狭くしてチビチビと歩く。
この動き、何かに似ていると思ったら
そうだポムポムプリンだ。
正確にはポムポムプリンの着ぐるみだ。

そんなことに気づいてププっとなった。
そして、レベルの低い生活に陥入りそうになっていた自分に希望の光がみえた。

3日ほど前からあるオフィスでアルバイトを始めた。

アルバイトとは言っても、
事務作業を9時から18時過ぎまで行う。
片道1時間半かけて通い、覚えることも多く、
私としてはもう新入社員みたいなもんだ。
半社会人生活がはじまっているみたいなもんだ。
真社会人には「そんな考え甘い!」なんて思われるかもしれないが
2ヶ月前からチョイチョイとバイトをしつつ
ずっと夏休みだった私からしたらそうなのだ。

そんな生活が3日目にして思うのは
社会人でゆたかな生活をしている人、
ほんとにすごい。
ユーキャンやったり、毎日ごはんつくったり、
仕事のあとにぼーっとする以外のことができる人は本当にすごいなぁと思う。

数日前にセール時の総菜屋に並ぶ大人達は
低俗な生活をしていると罵ったところだが
仕事のあとに料理なんか作る気になれないよそりゃあと思う、今となっては。
実家で母が料理を用意してくれているのが本当にありがたい。

帰宅して、ごはんを食べて、お風呂に入って、寝る。
できるだけ頭を使いたくないから本も読みたくない。

このままじゃ私が罵っていた
レベルの低い生活に陥ってしまう。

ささやかでも抵抗をしなければ。
そんななか気づいたのが
満員電車から降りる人々ポムポムプリン説だ。

心さえ死ななければ低俗な生活には堕ちない、
しょうもないことでプププとできていたら
まだ堕ちていないのだ。


(注・仕事自体はおもしろいです)

歩くのが好きだ、と歩きながら思った。

御堂筋本町のバイト先に行った後、
友達と待ち合わせをしている心斎橋まで
歩いていた時に思った。

とても楽しいと思いながら歩いて
ふと気づく。
でも散歩のときってここまで楽しくない。

なんでだ?なにが違う?

散歩と違って今日の歩きは
合理的なのだ。

駅から駅まで歩く。
交通費が浮く上に軽い運動になる。

合理的な駅から駅までウォーキングは
散歩よりたのしい!

散歩好きな人にそう言うと
「合理性だけを考えるのはあぶない」と。

確かにそうだ。
合理性だけを考えて生きるのはあぶない。
それだけになると人だってころしてしまえる。
人のこころをわすれちゃいかん。

かくいう駅から駅までウォーキングも
本質はあたたかい。

このウォーキングの1番の醍醐味は
普段歩かないところを歩くことによって
普段見れないものを見れることだ。

例えば 逆さまのおかしな看板だったり、
夕礼するトラックの運転手さん達だったり、
今の時代にそばを手に持ち自転車で配達するお兄さん、など
見慣れない景色に はっと心を動かされる。
それがこのウォーキングの目的だったりする。

これは普段よく歩く地元で
散歩して得られるものではない、
その上合理的!

合理性は愛しているけど目的ではなく
あくまでオプション。

もっと底の、基本のところは
合理的でもなんでもない、
変なものをずっと探していたい。


「1億人のプチ狂気」という本を読んでいる。

ネットサイトの投稿コーナーで、
人に言えない性癖や行動、余計な心配事を
一般人がカミングアウトしたものが
一冊の本になっている。

例えば「公共の場でまとまったスペースをみると
側転せずにいられない」人や
「人の目をみるとき右目か左目、
どちらを見ればいいのかわからず混乱し、
話の内容がわからなくなる」人など
さまざまな人の「プチ狂気」が載っている。

「えぇぇえ!?」というものや「あ~わかる」というもの、
いろいろあるのだが読んでいて
思い出したのが私が子供の頃の「プチ狂気」

おえかきをする時、
必ず顔から足までかかないと
その描かれた人物は天国に行けないと思って、
必ず全身描いていた。

私の中では「おえかき帳ヘブン」なるものがあり、
人やキャラクターたちは描かれると
そこに行くのだ。

しかし、全身描かれなかったら地獄へいく。

そのため、飽き性の私でも、
顔がイマイチうまく描けなかったときも、
足まで書くことは一種の義務だった。

描き始めたからには天国に連れていかなければならなかった。

何度か、もう「顔だけでいいや」と
おえかきをする手を止めようとしたこともあったが、
そのたび、頭だけのマンガ顔少女が
地獄で私を恨む姿が見え、
おびえながら全身を描くのだった。