徳川夢声の『話術』(新潮文庫)を読みました。
私の中では〈活弁士の人〉としか認識されておりませんでしたが、映画がトーキーの時代を迎えてからも、漫談家・俳優・文筆家・司会など、マルチタレントとしてご活躍されていたんですネ?ちっとも知りませんでした(泣)。
【座談十五戒】を説いており、中で〈第8戒 自慢屋たるなかれ〉と云うのがあり…
「他人の不幸を喜ぶ本能は、他人の幸福を嫌う本能です。
しかも、他人の不幸を喜ぶ本能より、他人の幸福を嫌う本能の方がおおむね強いようです」
…と云うのは、超絶真理かと。
落語についても詳しく、かの橘家圓喬を生で聴いており…
「私が、今日まで六十二年の生涯に、これほど優れた話術を聞いたのは、あるいはこの人、一人だったかもしれません」
からの…
「私が主として聞いたのは、いわゆる人情話でしたが、普通の落語も名人だったらしく、私の耳にも彼の鮮やかな『たらちね』が残っています」
と…前座噺の『たらちね』で夢声に名人を感じさせたのですから凄いです。
圓喬の『牡丹灯籠』について夢声は具体的に書いているんですが、それを読んだだけで、圓喬の凄さのみならず、筆で語っている夢声の名人芸をも感じました。
ラジオで吉川英治の『宮本武蔵』を朗読する事をライフワークにされていたんですが「眼で読む文章を、耳で聞く文章にかえる」事に腐心された様が書かれており、大変勉強になります。
全体的にサクサク読めるんですが、本書のしまいにある『話道の泉』は、是非とも読んで頂きたいものかと…
30ページ弱しか無いんですが、エピソードのひとつひとつにパンチ力があり、芥川龍之介の箴言集『侏儒の言葉』に匹敵するくらい、タメになります。
特筆すべきは、黒田官兵衛が死ぬひと月くらい前から、諸臣を罵倒侮辱しまくり、乱心したフリをしたのが、息子の長政の為だったと云うもの。
「早くくたばってくれ!そうすれば息子の代になるのに…」って、諸臣が思うようになるから☆
あと、何代目かの観世太夫が弟子と宿屋へ泊まった時、隣りの部屋から謡(うたい)が聞こえてきたので、逆に謡ってピタリと止めさせたそうな…
数日後、別の宿屋でまた隣りから謡が聞こえてきたので、弟子が「また謡って止めさせてみますか?」と云うと…
「いや、今夜のは、自分の謡で止めさせるわけに行かない。
なぜなら、先夜の人は中々の達人であったから、自分の謡より上手なのが聞えたから、驚いて止めたのである。
今夜の人はまだそこまで行っていない。
他人の巧拙を聞きわけるところまで行っていない。
だから、うっかり謡い出すと、なおさら、負けない気になって声を張り上げてやるに違いない」
…と答えたそうな。何と、素晴らしき逸話。
本書を読んだ今、夢声の『宮本武蔵』を拝聴しております♪皆さん、是非ご一読を☆