「は?公使館付になるのでありますか」
「気の毒だが、違う」
束の間、悦びにとどろいた小一郎の胸は、たちまち鎮静した。
「試験にパスしたのが不運なのだ」
「自分が、なんの試験にパスしたのでありますか」
「わしの試験にだ。今朝からすでに四人落第した。仙石大尉は、語学力は十分だ
・・・十分に資格ありと、わしは判定した」
「閣下、なんの資格でありますか」
「特別諜報謀略将校としての資格だ」
南條範夫 作 『参謀本部の密使』
話の出だしから、読む者を明治後期の日本とロシアの地政学的関係の渦の中に
巻き込んで行きます。
この本を読むまでは、帝政ロシアを弱体化させるために、旧帝国陸軍がロシアの
共産主義者を側面援助していたことなど、知る由もありませんでした。
当時欧州で活躍していた明石大佐の名前ぐらいは知っていましたが、実際にロシア
の中枢に入り込み、スパイ活動をしていた、名もない日本人がいたであろうことは、
想像に難くありません。
日ロ戦争の話でありながら、実はロシア革命の背景として日ロ戦争もあったという
ことを知り、明治期の世界観が変わるきっかけとなった作品です。
参謀本部の密使 (徳間文庫)
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