『己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友
と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物
の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥
心との所為である。己の珠に非ざることを懼れるが故に、敢て刻苦して磨こう
ともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍するこ
とも出来なかった。』
中島 敦 作 『山月記』
人外の獣へと化身した男の、自分の過去に対する盛大な反省・慙愧の物語
であります。
我々の身近にも、この男のような人物は、たくさん埋もれているに違いありま
せん。物事をシンプルに割り切って生きていくことのできない人、いろいろと
考えすぎるインテリタイプが陥る、時間と労力を空費するお話と受け取ります。
日本的に云い回せば、『はたち過ぎればただの人』になりますが、猛獣になっ
てしまうところに、中国古典の活劇的なレコードタイプを感じます。これはこれ
で十分楽しめるものであります。
中島敦の作品は、まことに少ないです。全集も2巻ほどであったはずです。
中国古典に深く滲透した環境で育ち、わずかの期間だけ活動し、そして不遇
といってよい人生を終えた若い才能を味わいましょう。
![]() |
李陵・山月記 (新潮文庫)
432円
Amazon |