『暮色を帯びた町はずれの踏切りと、小鳥のように声を挙げた三人の子供たちと、
そうしてそのうえに乱落する鮮な蜜柑の色と―すべては汽車の窓の外に、瞬く暇
もなく通り過ぎた。が、私の心の上には、切ない程はっきりと、この光景が焼きつ
けられた。そうしてそこから、或得体の知れない朗な心もちが湧き上って来るのを
意識した。』
芥川龍之介 作 『蜜柑』
芥川としてはめずらしく、一人称で自身の心理状態や感動を具体的に記述
しています。
芥川の作品は、古典を題材にした教訓的な内容のものが多いのですが、
読み進むにつれ、ある種のパターン的な感覚が自分の中に生まれて、除々に
「だるさ」のようなものを感じてしまいます。しかし『蜜柑』を読むと、突然たたき
起こされたような感触になりました。
遠く奉公に出る姉と見送る弟たち。お互いに対する愛情が、最も稚拙に、最も
犯しがたく顕された一瞬に、作者同様、読み手の私も表現しずらい衝撃を受け
ます。大人には真似のできない、純粋な感情の発露!
芥川の短編中で、この作品は異色な存在といえます。
![]() |
蜘蛛の糸・杜子春 (新潮文庫)
346円
Amazon |