「ほんとうにすばらしい方ね」と、彼女はいった。「勇気があって、どんなことが
あっても後へは退かないし、わずかばかりの報酬で生命がけの仕事をするのね。
頭を殴られて、咽喉を絞められても、顎を潰されて、からだをモルヒネだらけに
されても、相手がへとへとになって音をあげるまで、タックルとエンドのあいだを
何度でも突破しようとするのね。ほんとにすばらしい人だわ」
「わかったよ」と、私は大きな声でどなった。「ほめているのか、からかっている
のか?」
アン・リアードンはおちついた声でいった。「わかんないの?あたし、接吻して
もらいたいのよ」
レイモンド・チャンドラー 作 清水俊二 訳 『さらば愛しき女よ』
読んですなおに痛快さを楽しめる作品というのは、こういうジャンルのものです。
作り手も、まさにそれを意図しているでしょうし、読み手からしても、はなからそれ
を求めているのは、間違いありません。
マーロウの周囲には(いい)女がいなくては、絵になりません。ハードボイルドと
銘打ったジャンルですが、主人公が『冷徹・頑固』にふるまうだけでは、話にも
何もならないはずです。
女の極めつけの科白は、主人公に自己を投影させている読者に対して、すこぶ
る効果があります。そのせいか、映画でのマーロウはR.ミッチャムが演じていま
すが、ハードボイルドな男と、愛しい女のイメージが、どうしてもカサブランカの
男女に重なってしまいます。
どっちを向いても、歳相応ということでしょうか。
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さらば愛しき女よ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-2))
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