人の心って、脆いもんだなぁ
ドラマでしか見たことないが、極度のショックから、記憶喪失になったりとか。
見てはいけないものが、目に入り、極度のショックから、言葉を発する事が出来なくなった子どもとか。
子どもを亡くして、気がふれてしまった母親とか。
身近な人だと、極度のストレスで、電車に乗れなくなり、仕事を辞めて、ずっと無職でいる人がいる。その人は、家族の理解があり、心は回復している。
同い年の幼なじみは、心を病んで、長年引きこもっている。もう、長年会えないでいる。私は、会いたい。
前の会社で、ストレスに因り、突然耳が聴こえなくなり、幸い回復した、入ってきたばかりの同僚がいる。聴こえるようになって、良かったね。
繁華街で見掛けたが、おばあさんが、ベビーカーに人形を乗せて、押しているのを見た。この人は、けっこう有名で、私の知る限りは、30年近くはいるみたい。異様な雰囲気を持っていて、心を病んでいる人だなと分かる。若い頃、子どもさんを亡くしたんだろうか。
心と身体のバランスを崩す前に、何とかなれば良かったんだろうけど、身動き出来ない状況だったんだろうなぁ。
私も、自分で、限界かな?と思う位大変だったと思った時があった。
どんなに沢山の人に、頑張れと励まされても、逆に、これ以上どう頑張れというのかと、僻んでいたかも知れない。
でも、子どもがいたから頑張れた。心身共に成長していく子ども達に、どれだけ励まされたか。
大人になった今でも、私の宝です。
先日、義理の弟の帰省に合わせて、息子も、2日の休みを合わせて、帰ってきてくれた。
二人共、厳しい世界の職人で、同僚達が次々と辞めていく中で残り、頑張っている。
義理の弟は、指導する立場にもあり、辞めていく人達を沢山見ているので、息子の頑張りを、褒めてくれた。
でも、私は、
「限界だと思ったら、辞めてもいいんだよ。心身のバランスを崩したら、何にもならないからね。」
と言った。頑張れとは、言えなかった。息子は、
「大丈夫だよ。」
と言った。相変わらず、友達が沢山いて、自分の部屋が、友達の溜まり場になっているという。相変わらず、人が寄って来るんだなあ。まだ、独身の息子だから、
「遊ぶため、楽しむために、働くんだよ。」
と、おせっかいな母は言うのであった。言われなくても、そうしている。だから、きつい仕事にも拘わらず、いい顔してるんだなぁ。
「頑張る」という言葉は、まだ頑張れる余裕のある人に言えるのであって、もう限界と思ったら、リセットして、
「やーめたっ。」
と、逃げてもいいと思う。
仕事だったら、パッと辞める。
家族とか、自分自身の事だったら、回りの人に助けてもらうしかないね。
頑張れないのは、しょうがない。
出来れば、楽しみを見つけ、ストレスを上手く逃がして、元気でありたい。
自分が元気でないと、誰かを支えられないもんね。
なんてね。