少し前にこんな記事が話題になっていました。
保護者のリアルな声として、多くの共感と議論を呼んでいたように思います。いずれにせよ注意喚起しておかなければならない内容ですし、私も記事を書く良い機会をいただきました。
本件について私が思うところ、まず以下簡単に要点をまとめます。
■分からんかったら動画見る、は致命的欠陥のある学習法
■テキスト全問解説!という便利なサービスが親として有難い気持ちも分かるしそれにつけ込んで塾などがこぞって提供する気持ちも分かる
■だがしかし、提供する側のモラルを感じない
■動画見れば「思考」しなくても宿題終わらせられるよ、というまるで麻薬を配るかのようなサービスはクソ
■受け取る方にも問題がある
■活用法にどう注意を払うか、をやはり「考える」ことが重要
「分からんかったら動画見る」の致命的欠陥
まず、私は動画サービス自体を否定しているわけではありません。声を大にして否定したいのは、テキストの全問解説だとか、入試問題過去問の全問解説だとかで、そういった「考える」ことから逃げる手助けをする解説動画サービスがクソだと思っています。みなさんの家庭学習をサポートするという名目でアヘンをばら撒く提供側の姿勢、モラルを問いたいですし、それを有難がって喜んで欲する気持ちを自制、制御できない受け取り側にも問題があると思っています。
「分からんかったら動画見る」という極めて受動的な動画視聴は
●学習した「気」になる
●定着した「気」になる
●分かった「気」になる
●出来るようになった「気」になる
●賢くなった「気」になる
という「気」を得るにはとても長けていると思います。志望校合格という苦難の末に得られる結果ではなく、日常の中で学習がスムーズに進捗しているかのような心地よい錯覚、まさにバブルのような「気配」が欲しいという人ほど、受動的な動画視聴に陥りやすいように思います。
学びの定着に必要なこと
学びの定着に必要なことは、「分からない」という状態に耐えて思考や作業の経験を積むこと、であるはずなのに、一部の動画配信サービスはあろうことかここをすっ飛ばすことを手助けするサービスになってしまっています。サービス提供側のモラルを問う、と前述したのはまさにこの点について。
時には立ち止まることも必要だし、自分の思考の癖に合わせたアプローチ法を探求したり、図で整理したり、再度イチから構成し直してみたり、自分の感覚を研ぎ澄ましていく貴重な機会をこういったサービスが奪うことになってしまっていては本末転倒です。
受動的で消極的な情報受け取りスタイルで解説動画を視聴していては、ただただアウトプットの機会が奪われ、自分の言葉で言語化できない応用もできない、といった状況に陥ってしまうのは至極当然、ということになります。
能動的な活用をしないとダメ絶対!
では、サービス受け取り側はどういう姿勢でいないといけないのでしょうか。
とにかく重要なのは「能動性」「主体性」です。
この動画をこういうふうに使うのだという目的意識があるかないかで、理解度吸収度が大幅に変わります。
●自分は小5全分野の基礎理解が不十分だからこの動画を利用して基礎土台を固めるぞ!
●自分は数分野、場合の数分野が苦手だから、この動画を利用して苦手克服しよう!
●超頻出の図形分野を強化するため、手筋のバリエーションをもっと増やすためにこの動画を活用するぞ!
解説動画を利用するときは、まずはこのような主体的な目的意識があるかどうかを確認してください。
分からない問題に出くわしたら動画見て解決すればいいや、という姿勢では、このような主体性能動性は生まれません。
●動画を適宜止めて、あくまで自分の思考を中心に、メモやノートを取りながら視聴する
●見た内容を自分の言葉で説明、アウトプットしてみる
●少し時間をおいて、自力で再現できるかどうか解いて確認する
このような、記憶や理解の深みに拍車をかける行動は、主体性能動性があってこそなせる業です。
便利なツールだからこそ、利用の仕方には注意しなければなりませんし、見るだけ聞くだけの受け身の姿勢になってしまうとせっかくの学びの場が全て無駄になってしまいます。
実力の裏付けがないまま「うまくいっている風の安心感」を得ても仕方ありませんし、幻想や錯覚を求めてはいけません。
必ず能動的に使いこなそうという姿勢を持って、地道な思考の積み重ねでもって確かな思考力を養わなければなりません。
サービス提供側のあるべき姿勢
また、サービス提供側も、視聴者が「分かった気」になるように、「すごいことを知った気」になるように見せ方ばかりに注力し、いかに課金させるか、というモラル無きインセンティブに振り回されてはいけません。
本当に学びの定着に必要なのは「不快な時間」に耐えることであるとサービス提供側も実は知っていますよね?
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分からないことに出会う
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自分で試行錯誤する
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図に書いて整理する
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アプローチ方法を模索する
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自分なりの仮説を立て、検証していく
こうした「不快な時間」こそが思考力を鍛える最良の時間であると提供側も知っているくせに、モラルと責任と使命を失い、この“最も重要な過程”を省くことを売りにして顧客満足度を高め、教育の本質を失ったサービスを提供することに注力することに関しては大変遺憾に思いますし強く警鐘を鳴らしたいと思います。
実際に問題を解くときは無数の試行錯誤や苦労を伴った過程があるわけで、そこがまったく見えない解説動画を作ることに勤しむことはいいかげんやめて欲しい。
ただ解き方を教えるだけではなくて、どうやってその手筋にたどり着いたかを視聴者が深く学び知ることが出来るように工夫して作るように心掛けて欲しい。
ある解法に至る前に実はこんな選択肢があったんだよ、その選択肢が出てきた背景にはこんな試行錯誤があったんだよ、 といったことを示してくれる、ちゃんと学びが深まる動画作りに力を注いで欲しい。
だからこそ私は、宿題進めていくときに分からなかったら見てね、という目的のテキスト全問解説動画や、入試問題を抽出することなく〇〇中入試問題全問解説動画、などといった類の動画は、さんざん求められてはきましたが一切作っていません。
私が提供している配信講座は、明確な目的を持ち、能動的に活用しようとする人のみが受講できるよう、内容設計・導線設計にも配慮したものになっています。

まとめ総括-毒にも薬にもなる解説動画-
ここ数年特にコロナ禍以降、便利なツールとして受験生の間で注目されてきた「解説動画」。扱い方次第でむしろ非常に危険なツールになってしまい、学びどころかバカを促進させてしまいかねないというお話でした。解説動画を過大評価せず、見てるだけで力がつく、と思ってはいけません。「見せる」部分だけを見て、学んだ気になっていてはいけません。
実際に手を動かしたり、問題を解く過程で得られる自分なりの思考のスピード感、自分なりのアンテナの張り方で得られる直感力、が身についていないと、本番でいざ試験を受けるときに大きなギャップが生まれます。
手を動かさずに解説動画を見てるだけでは、問題の本質をじっくり考える機会になりません。
最終的に試験で自分の力を発揮できるかどうかは、実際に手を動かしながら解く経験をどれだけ積めるかです。それを補うツールとして解説動画を利用する、という主体的な意図をもって活用できるのであれば、どんどん利用して良いと思います。
入試本番の試験は、現状デジタルではなく紙に書いて問題を解く戦いですので、実際の試験で求められるのは、手を動かしながら問題を分析し、解き進めていく力です。普段から手を動かし、(手が動くということは脳も動いている!)脳や五感を使って、思考の「深さ」と「スピード」を養うことで、いざ本番で迷走したり焦ったりしてしまわずに自分の力を発揮できる結果を追い求めてほしいと思っています。
便利なツールも、使い方を誤るとただの時間の浪費、「学びのツール」どころか「思考停止のツール」に成り下がってしまいます。重要なのは受け身ではなく、能動的に学ぶ姿勢です。動画をただ見ているだけでは、結局は本番で使い物にならず息切れします。
受験生は試験に強くならなければいけない、試験で結果を出すために頑張っているのだという根源を忘れないようにしましょう。宿題を終わらせること、復習テストや模試で点数を取ってクラスを維持すること自体が目的では無いはずですよね?
「手を動かし、試行錯誤し、思考を重ね、実戦感覚を養う」
この普遍的な真理だけは、どんな時代になっても変わりません。
この記事が、今学びに向き合う皆さんの一助となれば幸いです。
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