これはうちの弟の話なので、弟の主観も入っているであろうし僕が勝手に補った想像も混じっていることだろう。
しかし書くのだ。書くともさ。
他に書くことがないだけだろ、と思ったあなた! ご名答! しょんぼり。
数年前。弟が彼女と同棲していたころの話。
そのころ彼は彼女とのみ同棲しているのではなかった。他に二人……というか二匹の、猫と同居していた。
日曜の午前中、ピンポン、とインタフォンが鳴ったのは、まだ早朝といっていい時間帯のことであった。
彼女はぴくりともせず寝たままだったので彼は、限りなくパジャマに近い格好、いや、パジャマそのもので起き出し、こんな早くから誰だよ、と思いながらインタフォンに出た。
「はい」
相手は、大家であった。
話したいと大家は言った。当然、「なにを?」となる。ところがこの大家というのが、気に障るといっていいほどの早口、それも、猛ダッシュでここまで走ってきたんですかと言いたいくらいの掠れ気味の口調しかも小声であったので、その言っている内容を理解するまでに、「なんですって?」を二回告げなければならなかった。
ようやく大家の発言内容を理解すると彼は、ドアを開けて訊き返した。
「どういうことです?」
それは、インタフォン越しの会話では済まされないような話だった。
大家は言ったのだ。
「出て行ってほしいのです」
つまり、この部屋を明け渡せという話だったのだ。
ある晴れた日曜の朝、予告もなく『出て行け』と言われるようなことを、したつもりはなかった。
家賃は自動引き落とし、滞納したことなんて一度もない。ゴミの出し方のルールも守っている。
近隣の住民とトラブルを起こしたことだってまるでなかった。夜中に騒いだり飛び跳ねたりといった迷惑行為も、天に誓ってやった記憶がないのだ。
二匹の猫はまったく外に出したことがないし、そもそもこの部屋は、『ペット可』という条件で探して見つけた物件だ。
築二年目のマンションである。まさか取り壊しということも考えられない。
じゃあ、どうして?
わけがわからず気が動転してしまったのだが、この大家という中年男性はもっと動転しているらしかった。まさかドアを開けられるとは思わなかったのか、やたらとびくびく、おどおどしている。殴るつもりなんてもちろんないのに、身長の低さに由来する上目づかいで「殴らないで!」と必死でアピールしているようにも見受けられた。「出て行け」などと大胆なことを言う割には小心な印象だ。なんだか気の毒な気もしてきた。
しかし、立ち退き要求とはやぶさかではない。
狐につままれたような印象のまま問うた。
「何か問題でも……?」
「ペットが……」
意外な回答である。
「ペット可、のマンションでは?」
すると大家は、ますます消え入りそうな声で、
「でもペット……」
と例の、掠れ早口で言うのだった。小学二年生くらいの男の子が、おもらししてしまったところを先生に見つかったような顔つきである。怒るべきところなのかもしれないが、ここで声を荒げるとひょっとしたら、本当に大家は粗相をしてしまうのではないか……と変な危惧をした。
「だからペットが、何かしたんですか?」
するとなぜか、大家は黙りこくってしまった。
理不尽な要求をしているのは大家のはずである。なのに、なぜか絵面は、住民のこちらが大家に理不尽な問いを発し、腕尽くで回答を迫っている――というような光景になってしまっている。
いたたまれない気持ちになってきたところで、ようやく大家は口を開いた。
「猫……」
たしかに、ペットは猫二匹だ。
「ええ、たしかにうちのペットは猫ですけど」
「猫……」
「そうですが?」
「犬だと思ったのに……」
「いえ、猫です」
「……」
また、押し黙ってしまった。もしかしたらこの人は、大家という職業に向いていないのかもしれない。
時刻はそろそろ午前七時にさしかかろうというところ。
季節は冬、寒いは話は遅いわでもうどうしようかという気分だ。
ここまで結構な時間をかけたやりとりの結果、どうやら大家(中年の小男)は、猫を飼っていることが気に入らないらしいということまでは判った。念のために言っておくと、マンションの入居条件は『ペット可』であって、『犬のみ可』ではない。
いい加減イライラしてきたので、多少語気を強めて問い直した。
「猫だったら何か悪いんですか」
大家はまた、失禁露呈風スタイル&掠れる声で何か言ったが、よく聞こえなかったので問い直した。
ようやくこの男が告げた内容は……!
次回、衝撃の結末があなたを襲う!
※衝撃の結末でない場合があります。
※衝撃の結末であっても、襲わない場合があります。